第2話-1

「いやぁ~聖女様に立ち寄っていただけるなんて光栄です! どうぞお好きなだけ滞在していってください。そのあいだ、できれば護符やら土地への祈りやら、いろいろやっていただけますと助かるのですがぁ……」


 翌朝。両手を揉みながら笑顔でやってきたこの街の長に、ミーティアは思わず苦笑してしまった。下心満載まんさいどころか、それをはっきり口に出すところは、一周回ってもはやすがすがしい。


 どのみち滞在中にできるだけのことをやろうと思っていたミーティアは「もちろんです」と首肯しゅこうした。


「わたくしからも、騎士たちに便宜べんぎはかっていただけるようお願いいたします。食料となる芋や水などを持たせていただけると大変ありがたいわ」

「ええ、ええ、もちろんでございます。で、さっそく癒やしのほうをお願いしたいのですがぁ……」

「ええ、どうぞ、街のひとたちを集めてきてください」


 遠慮のない街長に笑いを漏らしながら、ミーティアは集まってきた街の人間一人一人に癒やしの力を与えていった。


 どうやらこの街は地方第四神殿に近いらしく、定期的にそちらに勤める聖女が癒やしの力を与えに回ってくるようだ。

 街を囲む壁には、等間隔に護符も貼られていた。


 さほど強力なものではないが、一ヶ月ごとに張り替えているという。このあたりには魔物の出没はまだないというから、状況を考えれば充分な守りになっていた。


(きちんとした聖女に守られている街のようね。それなら、わたくしはあまり出しゃばらないほうがいいかもしれない)


 だが結果的には、ミーティアの存在はその日の夜には街中に知れ渡っていた。


 最初こそ、街の人間の集まりはあまりよくなかった。今すぐ治してほしい怪我や病を抱えている者は出てきたが、そうでない者は「別にいい」という感じで、騎士が声をかけてもそっぽを向くばかりだったようだ。


 だが、ミーティアがあっという間にそれらを治した上、軽度の腹痛や頭痛なども治したと治癒を受けた人々が喧伝けんでんしたため、昼を過ぎる頃には多くの人間が詰めかけるようになったのである。


「お姉さんはすごい聖女さんなんだね! 神殿の聖女のおばさんは『痛みを取るだけで精一杯』って言ってたよ?」


 腹痛を治してやった女児が興奮気味にそう語った。


「だから神殿から聖女様がきても、もともと足腰が悪いひととか、怪我をしたひと以外はわざわざ診てもらわない感じだったのに」


 まるでいつもくる聖女に診てもらうのは意味がないと言わんばかりだ。ミーティアは苦笑して首を横に振った。


「痛みを取れるだけでも聖女としてはたいしたものなのよ? 護符もきちんと書いてくれているし、その聖女様はとても優秀な方だと思うわ」

「へぇ、そうなんだ」

「そうよ。一度、その聖女様にわたくしも会ってみたいわね」


 地方にそれだけの腕の聖女がいるというのは、うち捨てられた地方第五神殿を見たあとでは、ほっとできる事実である。


 聖女の力は二十代の半ばがピークで、その後はめっきり小さくなっていく。

 もしかしたら件の聖女は、昔は中央神殿勤めのエリートだったのかもしれない。

 子供たちが『おばさん』と言う年齢になってもそれだけの力があるなら、本当に優秀な方だったはずだ。


「おれたちも配属になったのが地方第四神殿あたりだったら、もうちょっと聖女に対して寛容かんような気持ちになれたかもな」


 横で話を聞いていたリオネルまでそんなことを言っていた。

 昨日のことがあるので、どうにもリオネルがそばにいると落ち着かないミーティアだ。


 しかしリオネルはいつも通りの様子で、時折やってきた部下たちに的確な指示を与える以外は、護衛よろしくミーティアのそばを動かずにいた。


「あなたもほかの騎士たちと一緒に見回りとかに行っていいのよ?」


 たまりかねたミーティアはさりげなく提案するが、リオネルはあっさり答える。


「それだと指示を仰ぎにくる部下たちが、おれを探さないといけなくなるだろう? 指示を飛ばす奴は一箇所に留まっていたほうが、部下としても助かるんだよ」


 もっともな言葉だけに、ミーティアもそれ以上はなにも言えなくなってしまった。


「おれがそばにいると不都合でも?」

「そんなことはないわ」

「ならいいだろう」


 むぅ、とミーティアはくちびるを引き結ぶ。おかげでリオネルがちょっと楽しげににやにやしているのには気づけなかった。

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