第1話-4

「弱みとか……そういうのではないの。誰しも今日日きょうび、話すのにためらう過去の一つや二つ、持っているものでしょう?」

「……まぁな」

「弱みと言うより……わたくしにとっては恥に近いものなのよ。だから口に出すのは……弱みをさらけ出すというより、単に自分が落ち込んでしまうから、いやだと思ってしまうわけなの」


 言葉を選びながら視線をさまよわせるミーティアと違い、リオネルはひたと彼女だけを見つめていた。


「おまえの言い分はわかる。だが、おまえがうなされているのを、毎度意味もわからず見ちまうおれとしては、やっぱりいい気分はしない。どういう夢を見るのか教えてもらっていれば、心配の気持ちも多少は減るかもしれないだろう?」

「……」

「おまえは『心配なんてしなくていい』と言うかもしれないが、そういうわけにはいかない。おまえはおれたちの隊に絶対的に必要な存在で、仲間で、同志だ。お互いを気遣うのは当然のことじゃないか?」

「……そうね」

「……前も言ったから、無理に話せとは言えないが……。話せないならせめて、心配しないでとは言わないでくれ。どうやったって心配しちまうからな」

「……世話焼き隊長さんらしいお言葉ね」


 あえてからかうようなことを言ってみたが、リオネルは「そういう性分なんでね」とさらりと返すだけだった。


「それに、心配するのは隊長だからっていうだけじゃない。個人的にも、おまえのことは気にかけている」

「リオネル……」

「天才っていうのは厄介なもんさ。そう簡単に弱みや愚痴を表に出せない。だからこそ、人生で一人くらい、なんでも言える相手を作るのは大事だぞ」

「……」

「じゃ、水を持ってくるから、まだ寝てろ」


 リオネルは言うだけ言うと、さっさと立ち上がって、立て付けの悪そうな扉から部屋を出て行った。


 残されたミーティアは呆然と扉を見つめてしまう。

 前回、同じような状況になったときは枕を投げつけたような記憶があるが……今はとてもそんな気にはなれない。


(というか『個人的に』って。……なによ、どういう意味なのよ)


 聞く人間によっては、それこそ勘違いしそうなせりふではないか。もちろん、本人にそんな意図はないのだろうけど……。


(ただ、言葉以上に心配してくれているのは確かよね)


 それだけに、話したくないと言ってしまったのは、単純に悪いことをしてしまったかもしれない。


(でも……)


 リオネルにも言ったとおり、体調が悪いときに見る悪夢については、やっぱり口に出して話すことは難しいのだ。

 自分でもそれを口に出すことで、どういう気持ちになるのかわからないところもある。とても恥ずかしくて情けない気持ちになるのは間違いないと思うが……。


 そう思ったら、リオネルの言葉がふと耳によみがえってきた。


『天才っていうのは厄介なもんさ。そう簡単に弱みや愚痴を表に出せない』


「……」


 きっと彼はミーティアの葛藤をとっくに見抜いて、そんなことを言ってきたのだろう。こちらの気持ちを軽くするためか、発破をかけるためかはわからないが……。


(今回に関しては、彼のほうが一枚も二枚も上手ね)


 ミーティアはふーっと息を吐いて、眉間みけんのあたりを指でもみほぐす。

 扉がノックされて、リオネルが戻ってきたのかと思ってハッと身をこわばらせるが……。


「あの……隊長さんからお水を持っていくように言われました。入っても大丈夫ですか?」


 という若い娘の声が聞こえて、ミーティアはたちまち脱力した。

 これもまたリオネルが上手だったなと苦笑しながら、ミーティアは「大丈夫よ、どうぞ」と聖女らしい声音で答えるのだった。

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