第5話-3

「生きてりゃあなんでもできるもんな。すべては命あっての物種ものだねだ」

「だからこそ、あんまり命を無駄にする方向で話し合うのはやめにしよう。国境警備を続けるにしても、中央に戻るにしても」

「だな」


 話し合いはさらに続き、最終的な結論が出る頃には、もう昼を回っていた。


「いずれにせよミーティアが起きなきゃ話にならないところもある。全員、警戒を続けると同時に、交代でしっかり休んで英気を養っておくこと。いつ出発になるかはミーティアの回復次第だが、いつでも出られるように、自分自身も、馬たちの調子も整えておいてくれ」

「はい!」


 リオネルがまとめた言葉に騎士たちはうなずき、それぞれ昼食の支度や馬の世話、魔鳩マバトの様子見に散っていった。




 ミーティアの様子を見ておこうと、【神樹しんじゅ】の皮入りの荷箱を担いだリオネルは客室へと向かった。


「あ、リオネル様。ずいぶんと長く話し込んでいましたね」


 部屋の中にはミーティアのほかにチューリがいた。どうやらずっと看病に当たってくれていたらしい。


「チューリ殿、朝方ちゃんと寝たのか?」

「ええ、あなたと違って、あれからちゃんと休みましたよ」


 含み笑いを向けられて、リオネルは思わずため息をついた。


「は~あ、騎士たちだけじゃなく聖女までおれを寝ないと言いはじめたか……。ミーティアの様子はどうだ?」

「朝よりずいぶん熱は下がったようよ。わたしもいくらか癒やしの力を送ったけれど、それでもやっぱり驚異的な快復力ね」


 チューリは感心を通り越してあきれた様子で肩をすくめた。


「うなされたりしていなかったか?」

「うなされたり……? いいえ、そういう様子はなかったわ。何度か目覚めたからお水を飲ませたけど、すぐまた眠ってしまわれたし、ずっと静かよ」


 ほら、とチューリが脇に避けたので、リオネルは寝台に歩み寄る。

 確かに、仰向けに横たわるミーティアは熱で少し赤い顔をしていたが、静かに眠っていた。


「夜に見たときはめちゃくちゃうなされていて、ほとんど叫んでいるみたいだったけどな」

「熱のせいで、なにか悪い夢でも見ていたのかしらね」


 チューリが気の毒そうにつぶやく。

 普通ならリオネルもそう思うところだが、熱を出すたび毎度毎度うなされている上、今回は特にひどかったので、彼としてはそれだけで済ませたくないところだ。


「騎士たちが昼食をこしらえている。チューリ殿も先に食事を取ってきてくれ。ミーティアはおれが見ているよ」

「いいの? あなたも少し休んだほうが……」

「飯を食ったあとで寝る。本当にちゃんと寝る。もういいかげん、あちこちから寝ろ寝ろ言われるのもいやになってきた」

「寝ないからいけないのよ。そういうことなら、先に昼食をいただいてくるわ」


 チューリは母親のように笑ってから客室を出て行った。


「まったく、どいつもこいつも」


 小さく毒づきながらも、リオネルは丸椅子を引っぱってきて座り込む。

 荷箱を寝台の脇に置くと、狭い部屋がよけいに狭くなった気がした。巡礼に訪れる者が使うための部屋だから、寝台と小さな机だけでいっぱいになるのはしかたないが、騎士装束だとよけいに窮屈きゅうくつだ。


「ま、寝台があるだけありがたいな。野営は疲れも溜まるし……」


 静かに眠るミーティアを見て、リオネルは「無理させちまったもんな」とぽつりとつぶやいた。


「早く起きて欲しい気持ちもあるけど、ゆっくり休んでほしい気持ちもある。おまえはおれ以上に働きすぎだよ、ミーティア。熱を出さなきゃ休めないなんて、過重労働もいいところだ」


 ――だからこそ、彼女をこのような環境に追いやった中央神殿に対する怒りは消えない。

 部下たちと話し合って決めたことに異を唱えるつもりは毛頭ないし、それが最善だとリオネルも思うのだが……。


「……こいつはもう充分によくやったよ。だから、これ以上の苦しみとか試練は、お願いだから与えないでくれよ、女神様」


 眠りに沈むミーティアを見つめながら、リオネルはぽつりと天上の女神に祈りを漏らすのだった。

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