第4話-3

 パタンと客室の扉を閉めて、リオネルはふぅっと息を吐き出す。そこからすぐには動かず、あごに手をやって考えに沈んだ。


(とりあえずミーティアが起きてくれたのはよかった。熱も下がっていたし、あの様子なら夕方には起きてこられるだろう)


 これから国境へ向かおうとしているだけに、かなめとなる彼女の回復が早いのはありがたいことだ。……しかし。


「いくらなんでも回復が早すぎやしないか……?」


 疑念が強すぎるあまり、つい本音が口から漏れた。


 中央神殿に仕える聖女たちとは何度も顔を合わせたことがある。リオネルは中央、つまりは王都の出身だ。幼い頃から聖女が怪我や病を治しているのを見たことがあるし、騎士になってからは彼女たちの癒やしの力に何度も世話になった。


 だからこそ、エリートと呼ばれる中央神殿の聖女がどの程度の力を持っているのか、正確に把握している。

 すなわち、どんなに腕のいい聖女でも、重症者を三人も見ると顔色が悪くなり、五人も見れば倒れて、その後二日は高熱にあえぐ――それがリオネルが見てきた聖女の限界であった。


(だがミーティアは三桁に上る人間の怪我や病を癒やした。確かに、今すぐ命に関わる重症者はいなかったが、それでもほぼ全員が栄養失調で、なんらかの病を発症していた)


 下痢げり湿疹しっしんなどが多かったが、いずれも長期間にわたって続いているものだけに、癒やすのは難しいとされている病だ。

 それを、ミーティアはことごとく癒やしてしまった。


 その上で護符を書いたり祈りを捧げたりしていたのだ。彼女一人で、中央神殿に仕えるエリート聖女、何十人ぶんもの働きをして見せたということになる。


(それだけやっても、せいぜい半日寝込んで回復するなんて。規格外にもほどがあるだろう)


 ミーティアに「強化人間ではないか?」と尋ねたのは別に冗談ではなく、本当にそう思ったからだった。

 だが、彼女は「そんなわけないでしょ」とあきれた様子で否定してきた。

 その表情にうそは見当たらなかった。だからこそ、より(では、どうして)という思いが募る。


(プライドが高い娘だ。聖職者の手を借りて強化していたなら、そう尋ねられた瞬間に激高していてもおかしくない。それをしなかったということは、本当に……彼女の言葉を借りれば、『生まれたまま』ということになる)


 にわかに信じがたいことだが、それ以上に説明できないのだから、納得するしかないのであろう。


 そのとき、廊下の向こうから街長まちおさの娘がやってきた。


「あ、騎士隊長様。聖女様のご様子はいかがですか?」

「ああ、ちょうどよかった。ついさっき目が覚めたところだから、着替えを用意してやってくれないか?」

「本当ですか!? ああ、よかった! すぐに準備しますね。父にも知らせないと」


 昨日の一件で、ミーティアはすっかり街の救世主となった。街長の娘もミーティアの癒やしの力で、ずっと悩まされていた腹痛と頭痛が解消されたため、文字通り弾むような足取りで街長のもとへ駆けて行く。


「……」


 街長の娘のような反応を見ていると、自分一人がミーティアのことをあれこれ考えているのもなんだか悪い気がして、ちょっと気まずくなるリオネルだ。

 湯を使ってさっぱりしたダークブラウンの髪をガシガシと掻き上げながら、彼はため息をついて客室から離れる。


 ミーティアの持つ異常な力に対しあれこれ考えをめぐらせたところで、一介の騎士でしかない自分が出せる結論などたかが知れている。それより、これから向かう国境について策をめぐらせたほうが効率的だろう。


(だがなぁ……)


 ミーティアが目覚める前につぶやいていた寝言が、少々気にかかる。

 彼女は苦しげに眉をひそめながら『わかっているから』とか『知っているから』などとつぶやいていた。

 あきれたような声音で言っているのではなかった。どちらかというと……親に叱られた子供が「ごめんなさい」とともに答えるような、そんな声音だった気がする。


(あの高慢ちき聖女が、そういう声を出すなんてな)


 目が覚めた彼女はいつもと変わらぬ様子だったので、特に言及げんきゅうすることなく出てきてしまったが……。


「ああ、やめやめ。この手のことは考えてもわからないし、おれの性に合わない」


 リオネルは再び頭を掻きむしって、みずからの思考を断ち切った。


(そもそも王国騎士の本分は、【神樹しんじゅ】が守るこの神聖国の防衛と、治安・環境の維持だ。ミーティアのことは頼もしい仲間と割り切って、国境の魔物について考えるか)


 早いところ進軍できればいいが、ミーティアと自分の連名で出した、王都への物資支援要求の返事が届くのを待つ必要もある。

 待つのは苦手なんだよなぁと思いながら、リオネルは畑仕事に回っている騎士たちの様子を見に、外へ出て行くのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る