第1話-2

「どうした?」

「こういう経験でもしないと、白湯さゆをありがたいと考えることもなかっただろうなと思ってね」

「まぁ……そうだろうな」

「あなたは『若い娘』が『過酷な状況にある』ことに胸を痛めているみたいだけど、わたくし自身はそれなりに楽しめているわ。だからあんまり心配しなくて大丈夫よ」

「……」

「ただ、気遣ってくださったことは素直に嬉しく思うわ。どうもありがとう」


 しかし、礼を言われたはずのリオネルは不機嫌そうにくちびるを引き結んでしまった。


「どうかして?」

「いや、そういう甘いせりふをほかの男には吐くなよ、と思って」

「は?」


 目を丸くするミーティアに対し、リオネルは腕組みしながら真面目に|諭《さと

》した。


「おれもそうだが、おまえも大概顔いい。阿呆な男なら、おまえのそのせりふを聞いただけで、コロッと惚れ込んじまうだろう。そういう勘違い野郎を生み出さないためにも、甘い言葉と可愛い笑顔は、おれが相手のとき以外は引っ込めておけよ」

「はあ?」


 ミーティアは思い切り「はあ?」という顔をしたのち、やれやれと盛大なため息をついた。


「あなたも顔いいんだから、そういう勘違いを生むようなせりふはやめたほうがいいと思うわよ」

「失礼な。大真面目に忠告してやったのに」

「なおのことタチが悪いわ」


 ミーティアはふんと鼻を鳴らして、白湯を口に含む。リオネルも「可愛くねぇ奴」と言いながらワインをあおっていた。


 そんな二人の周りでは騎士たちが黙々もくもくと野営の支度をしている。

 いつもは和気藹々わきあいあいとした会話で満ちているのに、今日は驚くほど皆だんまりだ。

 ほぼ全員がミーティアとリオネルのやりとりを聞いていた上で、


(タチが悪いのは、あんたらのその空気だよ……)

(なにその甘酸っぱい感じのやりとり……)

(無自覚っぽいのが、なお腹立たしいわぁ……)


 と胸中で突っ込んでいたからなのだが、肝心の二人がそれに気づくことは、ついぞなかったのであった。




 翌日、翌々日もまた【くい】をめぐってひたすら歩いた。

 だが、やはりミーティアの疲労は蓄積ちくせきしていたのだろう。十七本目となる【杭】に応急処置を施し終えた途端に、膝から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「気持ち悪い……」

「そうだろうな。そろそろ限界だろうと思っていたから、別に驚きやしねぇよ。おい、誰かおけを持ってきてやれ」


 あきれ顔のリオネルの指示により、騎士がすぐに桶を持ってくる。

 ミーティアはいつ戻してもいいように桶を抱きながら、騎士たちによって馬の上に押し上げられた。


「南下したところに街があるのも朝のうちに確認済みだ。今から行けばちょうど夕方には到着できる。移動するぞ」

「はい!」


 リオネルのみならず、ほかの騎士たちもミーティアの様子に気を配っていたのだろう。驚くほどてきぱきと移動の支度を終えて、さっさと小走りに動き出した。


「なんだかわたくしよりも騎士たちのほうが、わたくしの体調に敏感な気がするわ……」

「こういうのは客観的に見たほうが気づけることが多いからな。それでなくてもひどい顔色だし、隈もくっきり浮いているぞ」


 目の下をとんとんと示しながら言われて、いつかあったことと逆になっていると気づいたミーティアはくちびるを尖らせた。


「わたくしがこちらにやってきたときは、あなたたちのほうがよっぽどひどい顔色をしていたのに……」

「天才聖女様のおかげで今やすっかり健康体だ。だからこそ、おれたちも聖女様の健康には留意りゅういして差し上げるのさ」


 嫌味な言い方をするわね、と文句を言いたくなったが、吐き気が込み上げてきたのでおとなしく口をつぐむ。

 結局、戻すことはなかったものの、途中から意識が朦朧もうろうとしてしまった。


 気づけば、ミーティアはどこぞの街の一角に寝かしつけられていた。

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