第四章

第1話-1

 結局、三本目の【くい】も先の二本同様、ひどい有様で発見された。

 ちょうど日も暮れたのでその日の探索は打ち切り、翌早朝からまた国境沿いを歩いて行って、ミーティアは合計で十三本の【杭】に応急処置を施した。


 彼女について歩くかたわら、騎士たちは周辺の村跡や集落跡へ足を運んだ。

 そして魔物たちがそこをねぐらにしているのを見つけるや否や、即座に攻め入って、片っ端から退治していった。


 国境の探索をはじめて四日目の夜。野営の支度をしながら、騎士たちは「それにしても……」と口々につぶやいた。


「国内のかなりの広範囲が、魔物たちに乗っ取られていた感じだな」

「聖女様がきてくれるまで、出会であがしらの魔物を倒すだけで精一杯で、まさか魔物がこんな内側まで入り込んでいるとは思ってもみなかったよ」

「とはいえ地方神殿がぶっ壊されていたくらいだからな。ちょっと考えればそれに思い当たることもできただろうが……」

「しかたないさ。目の前の魔物に対処するだけで精一杯だったんだから」


 ひとりの騎士の言葉に、話を聞いていたらしいリオネルも「その通りだ」とうなずいた。


「あ、隊長!」

「ヨークの言うとおり、当時のおれたちにとってはあれが精一杯だった。逆に言えば、できる限りのことをしてきたということだ。へこまず、むしろ胸を張っていいくらいだぞ」

「た、隊長~……!」

「そしてミーティアのおかげで余裕ができたからこそ、ロイジャの言うように『ちょっと考えると』ということができるようになったんだ。今後はいろいろ考えつつ動いていこう。みんな、明日からも頼むぞ!」

「はい!」


 威勢のいい返事を響かせた騎士たちは全員生き生きとした表情だ。


 部下の心を掴むのが上手いのねと、離れたところで一部始終を見ていたミーティアは素直に感心した。

 そんな彼がくるっとこちらを振り返ったので、ミーティアはとっさに視線を逸らして、さも護符の整理をしていましたという感じを装う。


「今、思いきり目を逸らさなかったか?」

「そう? 気のせいじゃない?」

「ふぅん? まぁ、そういうことにしておこう。ほら、そんなことはおれたちがやっておくから、おまえは火に当たって休め。顔色がよくない」

「そう……?」


 ミーティアは思わず頬に手をやる。リオネルは真面目な面持ちでうなずいた。


「連日あっちこっちに出歩く上に、おれたちを癒やしたり護符を書いたり、忙しいからな。快適な寝床と美味い食事があれば違うだろうが、こういう環境だけに、ただ進むだけでも若い娘には過酷だ」


(言われてみれば、確かに……)


 食事はともかく、眠るのは確かに大変だった。毛布を身体に何枚も巻き付けても、やはり床や地面に横になるのは硬いし冷たいし、不快なのは否めない。

 騎士たちも同じ環境なのだからと思っていたが、野営に対応できる訓練を受けてきた彼らと、神殿の奥で衣食住に困らず過ごした自分とでは対応力の差は明らかだ。


 【杭】の応急処置も、確かに気力と体力を要するものだ。自分で思っている以上に疲れが顔に出ているのかもしれない。


(さすが、世話焼き隊長はひとの顔色を見るのも得意なのね)


 嫌味ではなく心からそう思って、ミーティアは「ありがとう」と素直に礼を述べた。


「部下の心身を気にかけるのも隊長の仕事だからな」

「わたくしはあなたの部下ではなくってよ」

「言葉の綾だって。そういう返事ができるうちはまだ大丈夫だろうけどさ」


 言いながら、リオネルは手ずから水を汲み、火に鍋をかけて白湯さゆを作ってくれた。


「温かいもののほうがいい。おれたちも疲れたときはワインを温めて飲む」

「確かに……カップを持っているだけでも落ち着くわね」


 ミーティアはくすりとほほ笑んだ。

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