第4話-6

(国王陛下宛に祝福代わりの護符を送付します、とでも書いておく? でもボランゾンがちゃっかり自分のものにしちゃいそうだし……)


 うーん、と悩むミーティアを見て「いや悪い、無理なことを言った」とリオネルがあわてて声をかけてきた。


「その手のことは聖女の領分じゃないもんな。……しかたない、あの手を使うか」

「あの手?」


 ああ、とリオネルは少し気乗りしないという顔をしつつもうなずいた。


「現状、それが一番いい方法だ」

「どんな方法か聞いても?」

「簡単さ。おれの名前を使う」


 ミーティアはかすかに眉を上げた。


「それはつまり、騎士隊長としての名前ではなく、いいお育ちのボンボンとしてのお名前をってこと?」

「言い方がムカつくが、まぁそういうことだ。普段は使いたくない名前だが、この際そんなこと言ってられないからな」


 むっと不機嫌な顔になりつつ、リオネルは理知的な声音で言う。


 実力主義の彼にとって、家柄を笠に着るやり方は一番やりたくないことなのだろう。

 それをあえてやると言っているのだから、その気持ちこそ尊重すべきだ。ミーティアは「助かるわ」とうなずいた。


「わたくしがあれこれできればよかったのだけど」

「おまえは充分すぎるほどよくやってくれている。これ以上あれこれできると……言い方は悪くなるが、便利になりすぎる。過ぎた便利さは慢心まんしん怠惰たいだいを生むからな。おれは多少不自由なくらいのほうが好きだ」

「……あなたのその考え方は、きらいじゃないわ」


 慢心や怠惰は生きてく上での難敵だ。一度そちらに気持ちが傾くと、禁欲的ストイックな生活にはなかなか戻れなくなる。

 それでなくてもリオネルの場合、魔物相手に戦う騎士として、油断大敵が骨のずいまで染みついているのだろう。


「さて、話しているうちにそろそろ国境に戻ってきたぞ。国境沿いに歩いてくればもっと早く【くい】を巡れただろうが、周辺の村跡やらに魔物がめちゃくちゃみ着いていたから、どうしても遠回りになったな」

「別にかまわないわ。国内に入り込んで棲み着いた魔物も、結局は退治しないといけないわけだし」


 なにせ国境に沿って護符を貼ってしまったから、中に棲み着いた魔物も国外へ出るに出られなくなってしまったのだ。そうなると彼らが食料を求めて向かう先は、国のさらに内側となっていく。

 先日歓待してくれた街も魔物の行動範囲内に悠々ゆうゆうと入ってくるであろう距離だけに、国内で見つけた魔物はすみやかに討ち取る必要があった。


「魔物はおれたち騎士がなんとかする。それだけに、神殿にはさっさと【杭】をどうにかしてほしいよ」


 リオネルの嘆きともとれるつぶやきに、ミーティアもうなずく。


 中央神殿を追放されたときは、悔しさとあきれの気持ちはあれど、これで国境の様子を見に行けるという気持ちも少なからずあったのだ。

 だが実際に目にした国境付近はひどい有様だった。それだけに一刻も早くこの苦境を改善したい。


(でも、地方へ出てしまったからこそ、現在の中央神殿がどうなっているかわからない。わたくしがいなくなったことで、治癒に回される聖女たちが過労で倒れていなければいいけれど……)


 それだけは心配だと思って、ミーティアもつい深々とため息をついてしまった。

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