第2話-6

(それにしても……)


 本当に瘴気しょうきがひどいわね……とミーティアは杖を軽く振って、周囲の空気を浄化する。

 騎士たちの周りの空気も払うと、彼らもほっとした様子で息をついた。


「ああ、息をするのが楽になりました。ありがとうございます、聖女様」

「これくらいはなんでもないわ。でも……あなた方もこんなところに長くいては、身体がつらいでしょう」


 リオネルの部下である騎士たちは「そうなんですよねぇ」と苦笑した。


「でも、おれたちがここで踏ん張って魔物を止めなきゃ、奴ら中央に行っちまいますから」

「中央には家族がいますからね」


 危険な任務に就く彼らだが、そう口にするまなざしはまっすぐだ。ミーティアはひとつうなずいた。


「ならば、あなた方のご家族が、息子や夫の死体を前に泣き崩れることがないように、わたくしがしっかり護符を仕込んでおきましょう」

「ありがとうございまーす!」


 騎士たちが揃って礼を言うのに、隊長のリオネルは「単純な奴らだな」とため息をついた。しかしその口元はほころんでいたので、まんざらでもないのだろう。


(それにしても、本当に瘴気による汚染がひどい。ここは国境の内側のはずなのに)


 ミーティアは中央と呼ばれる王都の方角へ顔を向ける。

 かなり距離があるため、うっすらとしか見えないが、もやの向こうには雲に届くほどの高さがある巨大な木がそびえているのだ。


 あの巨木こそ、【神樹しんじゅ】と言われる我がサータリアン神聖国の守り神だ。

 魔物がうごめくこの大陸において、【神樹】は神が人間に与えた唯一の救いとも言われている。

 根っこから幹から枝から、生い茂る葉まで真っ白な【神樹】は、根から清らかな水を生みだし、葉から清浄な空気を放出している。【神樹】の力の及ぶ範囲であれば、人間は瘴気に冒されることもなく、きれいな水を飲み、肥えた土地で畑を耕すこともできるのだ。


 それだけでなく【神樹】の皮には強い浄化作用があり、それは特に魔物に対して威力を発揮する。

 基本的に【神樹】は傷つけることが禁じられていて、少しの皮を剥ぐだけでも、万全を期した上で慎重に行う必要があった。


 その手間をかけて取ってきた皮を練り込んだ宝石こそ――リオネルの腰にある、剣のつばに埋め込まれたものである。

 魔物をある程度弱らせ、反撃できない状況に追い込めれば、リオネルがしたように魔物の瘴気を取り込んで封印することができるのだ。


 とても稀少きしょうなので、騎士の中でも本当に腕のいい一部の人間にしか与えられないものだ。

 それを剣の鍔に埋め込んで持ち歩いているのだから、リオネルがどれほど優秀な騎士かは推して知るべしである。


(そういう優秀な騎士は中央の警備や、神殿のお抱え騎士になるのが普通だけど、こうして瘴気のひどい国境にくる物好きもいるのね)


 ミーティアも似たようなものであるが、それは脇に置いておく。

 とにかく、そんなリオネルと彼の率いる騎士とともに、ミーティアは周辺に護符を貼り終える作業を終えた。


 神殿に戻ると、ミーティアたちが出向いたのとは反対方向に護符を張りに行っていた騎士たちも、ちょうど戻ってきたところだった。


「三日前はまだ建物がさほど壊れていなかった村が、半分くらい壊されていました。あそこも魔物の通り道になっているようです」

「五日前に無事だった井戸の水ももう駄目です。汚染が広がっていました」


 騎士たちの口から出てくるのは憂鬱になるような報告ばかりだ。リオネルも難しい顔でうなずいていた。


「井戸が使えなくなったなら、やはり拠点をもう少し中央寄りに移すしかないな。幸い、近辺には護符を貼ったから魔物も近づいてこないだろうし」

「そうするしかないですね」


 ミーティアは少しためらったが、思い切って前に出た。


「水を確保できたら、国境に向かいたいのだけど難しいかしら」

「国境に?」


 ミーティアはしっかりうなずいた。 


「【杭】の状況を確認したいの。【杭】がきちんと機能していれば、人間が住んでいた土地に魔物が入り込むことはそもそもないはずだもの」


 ミーティアの指摘に、騎士たちは「確かに……」と顔を見合わせうなずき合う。

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