第2話-5

 二週間前まで、ここは二十人ほどが住まう村だったというが、今はすっかり廃墟だらけだ。空気はにごっていて、薄い紫色の瘴気しょうきが立ちこめていた。

 井戸が残っていたが、汲み上げた水はリオネルが言っていた通り腐っていた。油のようなものが浮いて、匂いもきつい。瘴気を吸った水は湧かしたり濾過ろかしたりしても毒素が残ってしまうため、飲むどころか、身体を洗ったり洗濯に使うこともできないのだ。


(水が瘴気に冒されているから、地面も同じように毒されている。植物も枯れているし、地面から這い出した毒素で建物の跡すら腐食ふしょくがはじまっているし……)


 本来ならこうして歩くのも危険なのだ。長靴の中敷きの下に護符を仕込んでいるから、かろうじて無事でいられるだけで。


「そういえば、あなたたちの装備にも、護符はちゃんと縫いつけられているわよね?」

「一応は。だが王都を出たときに受け取ったものだから、三ヶ月前のものになる」

「それなら、そろそろ貼り直したほうがいいわね」


 護符も、一度貼ったら安泰というわけではない。護符が苦手な聖女が描くものは一ヶ月程度しか効果がないし、並みの聖女が描いたものでも三ヶ月保てばいいほうだ。


「神殿に戻ったら新しく描くわね」

「助かる。おれはとにかく、部下たちは生身だからよけいにな」


 生身とはおもしろい表現だ。同時に、リオネルが常人離れした脚力の持ち主であることを思いだした。


「そういうあなたは強化人間なのかしら、隊長さん?」

「そう聞くってことは見当はついているんだろう?」

「まあね」


 ――リオネルはおそらく、聖職者によってなんらかの術を施された強化人間だ。

 なにかを癒やしたり守ったりする力は聖女のほうが強いが、なにかを改良したり呪ったりという力は聖職者のほうが強い。

 リオネルのように常人離れした身体能力を得るためには、聖職者に【強化術】を施してもらう必要がある。


 だが【強化術】は本人のなにかを犠牲にしてなり立つものなので、彼がなにを犠牲にして今の身体を手に入れたのかは気になった。


(とはいえ、見た目は普通の人間に見えるし、どこか悪いということもなさそう。シリアスなことだけに下手に聞くのはやめるべきね)


 ミーティアは胸中でそう結論づけた。


「聖女にとって、強化人間はあんまり褒められた存在じゃないだろうからな……」


 黙りこくったミーティアになにを思ってか、リオネルがぽつりとそう言った。


「あら、聖女の誰かにそう言われたの?」

「そういうわけじゃないが……」

「確かに、持って生まれた身体を術でどうこうするのをいやがる人間は多いけど……あんな家並みの魔物を相手に戦うんですもの。安全策として身体を強化しておくのは悪いことじゃないと思うわ」


 先ほど倒した羽のある魔物も、彼が上に乗って剣でグサグサやらなかったら、もっと手間取っていたことだろう。


「合理的な考えをするよな、おまえって」


 魔物が近寄ってこないか周囲を警戒しつつ、リオネルは興味を引かれた様子でミーティアをちらっと見てきた。


「褒め言葉として受け取っておくわ」

「ああ、褒めてる。聖女だろうと関係なく、年頃の娘ってのは感情的になってぎゃあぎゃあわめくもんだと思っていた。そうじゃない奴もいるんだな」


 ――その理屈で言うなら、ミーティアもリオネルに対して似たようなことを思っていた。

 これまで怪我を治してきた騎士はどこか横柄おうへいで「さっさと治せ!」と怒鳴りつけてくる輩もいれば、治った途端に「お茶でもどう?」などとふざけたことを抜かす輩もいた。


 それに比べ、リオネルは素直だ。少々口は悪いが、思ったことをまっすぐ伝えてくるだけに話していて疲労感を覚えない。魔物に対し先陣切って飛び込んでいく姿も好感が持てた。


(聖女にもいろいろいるように、騎士にもいろいろいるということね)


 当たり前のことだが、彼との出会いでそれを確認できたことは思いがけない収穫だった。

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