第2話-5
「いったい誰だ、おまえを殴り殺そうとした奴は」
「……
あえて軽い口調で言うが、リオネルは難しい顔のままだ。
「よくあることであっても、あること自体を正当化していいわけじゃないだろ」
「……それはそうね。まぁ、とにかく、継母との折り合いが悪くて」
「折り合いが悪い程度で殺されそうになるか?」
「……まぁ、そうなんだけど」
リオネルが想像以上に怒っているのを見て、ミーティアはやっぱり話さなければよかったと少し後悔した。
「おまえには別に怒っていないぞ? ……いや、訂正。やっぱり怒ってるかも。もっと早く話せよな、そういうことは」
「話して気持ちいいものではないもの」
「話すだけで楽になることもあるって言っただろうが。毎度夢に見てうなされるくらいに苦しいことには間違いなんだから、とっとと話して楽になればよかったものを」
強情だよなぁ、とリオネルはあきれた様子で両足を投げ出し、ため息をついた。
「わたくし自身が話したくなかったのよ」
「弱みを見せることになるから?」
「……そうかもしれないわ」
「素直にうなずけるようになっただけ、成長だな。継母は、なんだ、育ての親的な?」
「そうなるかしらね……。わたくしの実母は赤ん坊の頃に亡くなってしまって、父の後妻として入ってきたのが継母だったの。前妻の子ゆえに
「それ以上に?」
「……継母は、子供ができにくい体質だったみたいで。前妻が結婚後すぐに身ごもったのに比べて、嫁いで何年経っても継母は子供に恵まれなかった。そのことで父にずいぶん責められていたみたい」
これもまたプライベートな内容だけに、話すことがためらわれた理由の一つだ。これにはリオネルも「ああ……」と複雑な表情を浮かべていた。
「……要は、不妊によるストレスをぶつけられていたってことか」
「そんなところ。でも継母のいらだちもわかるの。父は浮気性で、愛人をとっかえひっかえしていたし」
「クズだな。そいつもまとめて殴っておいてやるよ」
「……ありがとう。でも父はとにかく、継母のほうはやめたほうがいいわ。殴っても、正直なにも感じないだろうし」
「……どういうことだ?」
ミーティアは自分の膝に目を落とし、『
「……父の横暴に耐えられなくなっていたのか、わたくしが十歳を迎える頃には、継母は心身ともに不安定になっていたの。その日もいやな夢だか幻覚を見たようで、わたくしに対して当たり散らした挙げ句……そばにあった椅子を振り上げて、わたくしに叩きつけようとしたのよ」
――その頃に限らず、家を仕切る継母に嫌われたミーティアは、物心ついたときにはすでに『この家の娘』という扱いは受けていなかった。
寝床は厨房のかまどのそばで、食事は使用人たちの食べ残しか、腐って捨てられた食材のみ、病気になっても聖女に診てもらうどころか、熱があろうとなんだろうと、用事を言いつけられて下級使用人のごとく働かされた。
もちろん家の娘として人前に出ることもあり、そういったときはきれいに着飾って挨拶をさせられたりした。だが、その後は決まって継母に呼び出され、礼がなっていないだの客人に媚びを売っただのと、あることないこと責め立てられた。
そうしてミーティアを責めているうち、継母はどんどんヒステリックになって、だいたい同じことを言い出すのだ。
『あんたなんて生まれてこなければよかったのよ! あんたがいるせいで、なにもかも上手くいかない! なんであんたは生きてるのよ!?』
ミーティア自身、不思議だった。なぜ自分は生きているのだろうと。
父は家庭に無関心で、娘は跡取りになれないこともあり、ミーティアのこともどうでもいいと思っていた。
継母はミーティアの存在自体を嫌悪していて、前妻がこいつを産んだせいでより自分が夫から責められるのだと思い込んでいたし、そのストレスをすべてミーティアにぶつけていた。
家を仕切る奥方がそんな様子では、使用人も誰もミーティアを助けてくれない。継母がミーティアに明らかな暴力を振るっているときでも、見て見ぬフリを決め込んだ。
そんな状態だっただけに、なぜ自分は生きているのだろうと、ミーティア自身疑問に思ってばかりだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます