第2話-6

 いっそのこと死んでしまおうかと思ったこともあったが、血相を変えた使用人たちに止められた。

 関心のない存在とはいえ、この家の娘が死んだとなれば悪評が広がる。そうなれば使用人たちの監督不行き届きとして、自分たちが罰を受けることになるからと。


 ――なるほど、使用人がクビにならないために自分は生きている必要があるのか。

 理屈はわかったし納得もできたが、感情的にはそういうわけにはいかない。結局、誰も彼も自分が大事というわけだ。


 そしてあの運命の日を迎えることになる。生きている意味がわからないなら、死んでもかまわないとは思っていたとはいえ、だからといって痛いのも苦しいのもいやだった。


 だからこそ、振り上げられた椅子を見て、もう駄目だという気持ちが広がると同時に、痛いのはいやだという強い気持ちも湧いてきた。

 その感情と呼応こおうしたのかどうなのか、それはまったくわからない。


 だが、椅子がまさに自分の頭に振り落とされようとしたその瞬間――ミーティアの頭に、厳かな女神の『神託しんたく』が響いてきたのだ。


 ――『助けよう。ゆえに、そなたも、助けよ』


 そのときだ。自分の両手から、恐ろしいほどのまばゆい光があふれ出した。

 光だけでなく恐ろしいほどの衝撃も生みだし、継母ままははの身体を吹き飛ばした。椅子も、そばに合った机も棚も、突風にあおられたようにすべて倒れ、壁に打ちつけられて崩れ落ちる。


『ぎゃああああああああああ!』


 両手を突き出して唖然あぜんとするミーティアの前で、継母が両目を覆って床を転げ回っていた。『目が、目が……!』と大騒ぎする継母に、ミーティアは大混乱におちいる。


 やがて物音を聞きつけた使用人が部屋に飛び込んできて、その惨状さんじょうを見て言葉を失っていた。


 継母はすぐに中央神殿へ連れて行かれて、聖女の治療を受けさせようとしたのだが、ずっとわめきちらすばかりで診察にもならなかった。

 継母はその後も『ああああ、助けて!』『目がぁ! 目がけるぅ……!』とわめき散らし、半日も暴れ続けた。その挙げ句に泡を吹いて気絶し、昏睡状態となった。


 報せはすぐに父へ届けられた。父は継母の変わり様を見て恐れを成し、その日のうちに妻を郊外へ追いやってしまう。

 そして、妻が錯乱さくらんしたときにそばにいたという娘に対し手を上げてきた。


『あいつがあんな風になったのは、おまえがなにかしたからだろう!』


 ミーティアはとっさに頭をかばおうと手を動かしたが、またあの光が炸裂さくれつしたらと恐怖し、とっさに身体を丸め腕をぎゅっと押さえ込んだ。

 だが腕を押さえ込んでも、異変は起きた。


 ミーティアを叩こうとした途端に、父は『ぎゃあああー……!』と叫び声を上げて腰を抜かしたのだ。

 そしてあわあわと真っ青になって震えながら、ミーティアに対し妙なことを口走っていた。


『お、お、お許しを、どうかお許しを! どうか哀れなわたしを許し……うわあああ!』


 継母だけでなく父まですっかりおかしくなってしまって、ミーティアのみならずそばにいた使用人たちも真っ青になってしまった。


 母と違い昏睡状態になることこそなかったものの、なぜかすっかりミーティアにおびえてしまった父は、彼女を着飾らせると、中央神殿へとうやうやしく連れて行った。


 そしてミーティアを聖女に託しながら、まるで女神に祈るように、両手を組んでひたすら慈悲じひを乞うていたのだ。


『おっしゃるとおり神殿につれてまいりました。ですからどうか、どうかお許しください。もう決して関わりませんゆえ……!』


 そうして父はミーティアが神殿に入っていくのを見るなり、全速力で馬車を走らせ帰って行ったのだ。

 その後、父は郊外に引っ越したと聞いた。ミーティアとの交流を希望しなかったこともあり、手紙などのやりとりもまったくなかった。今、どこでどうしているかも定かではない。生きているかどうかでさえ。


「……今だからわかるけれど、きっと父はわたくしではなく、わたくしの中に一時的に宿った女神様に畏怖いふしていたのだと思う。わたくしが出したあの光も、きっと女神様のお力そのものだったのよ」

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