第二章

第1話-1

 書かれた護符を貼って回っているだけで、あっという間に夜になった。


 ミーティアは草が生えはじめている神殿の床に持参した紙を広げ、手のひら大の大きさに切り分けると、驚くべき速さで守りの呪文を書きつけていく。

 書き上がる頃には立派な護符のできあがりで、彼女は「はい、あなたのぶんね」と騎士たち一人一人にそれを渡していった。


「ありがたいなぁ。新品の護符なんて何ヶ月ぶりだろう」

「しかも書かれた文字がきらきらしてる。こんな強力な護符を身につけるのは生まれて初めてかも」


 リオネルの部下の騎士たちは安堵あんどとわくわくの入り交じった表情で、自身のマントや長靴ブーツを脱ぎ、その内側に護符をぺたりと貼り付けていった。


 リオネルも新たな護符を受け取り、彼らと同じように身につけるものすべてに護符を貼っていく。

 これを身につけておけば、魔物に毒を投げつけられようが、高いところから叩きつけられようが、瘴気しょうきだらけの場所にいようが、なんとか無事でいられるのだ。


(本当に、見れば見るほど精度のいい護符だ)


 マントの裏に仕込んだ護符をしげしげ見つめながら、リオネルはたいしたものだと聖女ミーティアを見やった。

 護符を書き終わった彼女は休む間もなく、騎士たちを一人一人呼びつけ、怪我や調子の悪いところはないかと聞き取りをはじめる。


 国境守備の任務に就いてから一年近くになるだけに、どの騎士もそれぞれ不調を抱えていた。

 ミーティアは見える怪我も見えない病も、聖女の証である杖を軽く振ることで、あっという間に治してしまった。


「ここ数ヶ月なかったほどに身体が軽い……!」

「聖女様、本当にありがとうございます!」


 感激した騎士たちは口々に礼を述べるが、当のミーティアは当然だという顔でうなずくのみだ。


「この程度の怪我ならいつでも治してあげるわ。なにかあったらすぐに声をかけてちょうだい」

「聖女様、頼もしすぎます……!」


 おかげで騎士たちは嬉し涙まで浮かべはじめている。満足な支援物資も届かないこの辺境においては、天才を自称する(そしてそれだけの実力がある)聖女の存在は、まさに救いそのものであろう。


(それだけに、これからの戦闘では彼女を守る人員も一人二人は必要だな)


 今後の配置を考えて、リオネルはふむとあごをなでる。

 とはいえ、彼女は魔物の毒をもはじき飛ばす強力な結界を張る力すら備わっている。下手な護衛は逆に足手まといになりかねないな、とも思えた。


「本当にすばらしい聖女のようですね、ミーティア殿は」

「そうだな。あれだけの実力を見せられたあとじゃ、とても否定はできない」


 水と固形食料を手にやってきた副隊長の言葉に、リオネルはうなずいた。

 口ひげを生やした副隊長セギンは、にこにことミーティアのほうを見やる。


「中央神殿の聖女と聖職者なんて、【神の恩寵おんちょう】持ちなのをいいことに威張いばり散らしていると思っていましたから、彼女のような聖女がいたと知れただけでもほっとするところですよ」

「……その気持ちもわかる。本当に、中央にもああいう奴がいたんだな」


 リオネルもミーティアを見ながら、ゆっくりうなずいた。


 ――【神樹しんじゅ】に守られたこのサータリアン神聖国には、【神の恩寵】と呼ばれる不思議な力を持つ者が、だいたい五百人に一人の割合で生まれるとされている。


 この【神の恩寵】と呼ばれる力には、主に怪我や病を治す癒やしの力、我が身や対象物を害から守る結界を張る力、守りの力を封じた護符を書く力、身体を強化する力というものがある。

 そしてそれらの力を持つ者を、男性なら【聖職者】、女性なら【聖女】と呼びならわすのだ。

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