第4話-2(最終話)

「行ってらっしゃいませ、ミーティア様」

「ええ、行ってきます」

「……報告もねて一ヶ月に一度は中央に戻られるんですよね? そのときは必ず中央神殿にも寄ってくださいね」

「【神樹しんじゅ】もミーティア様に祈ってもらえたら嬉しいでしょうから」

「ええ、必ずそうするわ」


 ほかの聖女や聖職者たちの言葉にもしっかりうなずいて、ミーティアはリオネルのもとへ向かう。


 リオネルのほうも、やはり見送りにきていた家族の挨拶を受けていた。


「じゃあね、身体に気をつけてね、風邪を引かないように」

「お袋、おれはもう五歳の子供じゃないんだから……」

「なに言ってるの。何歳になったっておまえは生意気で病弱なわたくしの子よ」


 王妃は動じることなく言いきった。国王も「母親の言うことは聞いておけ」としたり顔でうなずく。


 唯一、王太子殿下は、つつつ……とミーティアの隣にやってきた。


「改めて感謝を伝えるよ、ミーティア殿。……あと、二週間前はすまなかったね。ここで君に無礼なことを言っちゃっただろう?」

「無礼なこと? ……ああっ」


 そういえば、地方から中央に戻ってきたあの日、やぐらに乗って王国騎士たちの指揮を執っていたのは、王太子であるこのひとだった。

 言われてみれば、命令口調でなにか言われたような覚えがある。


「気にしていませんわ。非常事態でしたし、殿下のお気持ちもわかりますし」

「そう言ってもらえると助かる。……で、君、我が弟はどういう関係なの?」


 さらに身を寄せて王太子がコソコソと尋ねてきた。


「どういうって……同じ任務に就く仲間、でしょうか」

「そういうことじゃなくて。端的に言うと、付き合っているの? 異性として意識し合っているの? どうなの?」


 ミーティアは大きく目を見開き、それからちょっと苦笑した。


「あいにく、そういう感じではなくて。それに……彼にとって、わたくしはまだまだ子供みたいなものではないでしょうか」


 すると今度は王太子が大きく目を見開き、手のひらで目元を覆って深くため息をついた。


「なんと。女の子にこんなことを言わせるなんて、我が弟ながら情けないね」


 そして盗み聞きしていたらしい周囲の騎士たちも、同じような面持ちでやれやれと首を振っていた。


「隊長ってば、この手のことに関してはボンクラだったのか」

「地方にいる段階で、すでにいい雰囲気にはなっていたはずなのになぁ」

「こっちのほうはヘタレだったか~! ミーティア様が気の毒すぎる」


 一方で「くぅっ」とこぶしを握り、涙をにじませる騎士たちもいた。


「むしろ健気にほほ笑むミーティア様が可愛いすぎる……! 聖女としては天才なのに、女の子としては……って感じの表情を見せられたら、もう!」

「おれも同じ気持ちだ! ミーティア様が乙女! 可愛い!」

「おれ、もう一生ミーティア様のことしていくわ……!」


(推す……?)


 耳慣れない言葉に首をかしげながらも、ミーティアはとりあえず「ありがとう?」と答えておいた。


「おーい、そこ、なにやってんだ。出発するぞ!」

「あ、はーい!」


 リオネルの号令に全員が返事を返す。本人には聞こえないように「隊長がヘタレなせいじゃん」「なぁ~」と、ぶつぶつつぶやいていたが。


「じゃ、おれとミーティアは魔鳩マバトで一気に国境まで先行する。おまえたちは地方第四神殿を目指してくれ。いいな!」

「はい!」


 騎士たちがおのおの馬にまたがる。


 王族や見送りに出てきた騎士、民、聖女たちが「お気をつけてー!」と叫ぶ中、真っ白な魔鳩の背にまたがったリオネルは、ミーティアに手を差し伸べてきた。


「よし、じゃあ行くぞ」

「ええ!」


 ミーティアも元気よく答えて、新調した聖女の杖を手に、リオネルの前に乗り込む。

 魔鳩には専用に作られたくらが取り付けられているため、今度は移動も楽しそうだ。


「魔鳩ちゃんもよろしくね」

『クックー!』


 魔鳩も元気に返事をして、真っ白な羽をバサッと広げた。


「よし! 出発――ッ!」

「おお――ッ!」


 リオネルの号令に騎士たちが拳を突き上げて応じる。魔鳩はバサバサと大きく羽ばたき、北へと一直線へ飛び出した。


 寒さよけのための結界を展開しつつ、ミーティアは全身を包む風に心地よく髪を踊らせる。

 彼女が飛ばないようしっかり身体を押さえながら、リオネルは軽快に手綱を操った。


 【神樹しんじゅ】の枝葉が風に揺れて、きらきらとした光をまき散らす。

 若者たちの旅立ちを祝福するように、空はどこまでも青く澄み渡っていた。

 

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