第1話-3

「傷よ、癒えよ……」


 彼女がそう唱えると同時に、傷跡がぼうっとあたたかな光に包まれる。次のときには、ミミズ腫れはきれいに引いてなくなっていた。


「こりゃあ、たまげた……。聖女殿、あなたに癒やせない傷はないんじゃありませんか?」


 ふくらはぎをさすりながら感心した面持ちで言うセギンに、ミーティアは軽く肩をすくめて答えた。


「そんなことはないわ。命に関わるものであったら完全には治せないもの。聖女の力も万能ではないと、一般の人間であっても知っているところでしょう?」

「まぁ、そうですが。そう言っちゃうには、聖女殿のお力は桁違けたちがいですから」

「そうね。わたくしが才能あふれる最高の聖女であることは間違いないから」


 自分で言うのか、と横で聞いていたリオネルは思わずあきれる。確かに、そう言いたくなるほどの腕があるのは間違いないが、もう少し謙遜けんそんを覚えてもいいのではないかと思ってしまった。


「さて、残るは隊長のあなただけよ」

「あいにくおれはどこも怪我していない。強化人間は並みの人間より全体的に強靱きょうじんだからな」

「それはわかるけど、目の下に隈が浮いているのは確かね。疲労が溜まっているのは間違いないでしょう?」


 自分の目の下あたりを指さしてミーティアは言う。リオネルは思わず目元に手をやった。


「疲労だけでも取るわね」


 ミーティアは杖を掲げると、リオネルが「はい」と言うより先に癒やしの言葉を唱えた。

 その瞬間、身体がふっと軽くなったのがわかってリオネルは息を呑む。ずっと肩にのしかかっていた重みが、一瞬にして消えたような感覚だった。


「……身体が軽くなった」

「それはよかった。疲労も溜まると怪我のもとになるから、どこも怪我していなくてもこまめに癒やしの力を受けておいてちょうだい」


 ミーティアはそう言うとゆっくり立ち上がる。

 だが、そんな彼女の足下が少しふらついたのに気づいて、今度はリオネルが彼女に手を差し伸べた。


「そういうおまえこそ疲れているだろうが。いくら天才だって言ったって、戦闘からこっち、ずっと動いていれば疲れるのは当然だ」

「それはどうも。……確かに、ちょっと疲れたわ」


 ミーティアはリオネルの手を振り払おうとはせずに、彼がすすめるまま敷物しきものの上に座った。


「すみません、聖女様。おれたち気が利かなくて」

「食事です。こんなもんしかないですけど……」


 ミーティアの様子に気づいて、おのおの食事をしたり休憩したりしていた騎士たちがあわてて近寄ってきた。


「ありがとう。でもそれはあなたがたのお食事でしょう? わたくしがいただくわけには……」

「自分で食事を持ってきているならそれでいいが、そうじゃないなら素直に受け取れ。おまえはもうおれたち騎士団の一員だ。隊長として、部下が空腹と疲労で倒れるのを見過ごすわけにはいかないんでね」

「誰があなたの部下なのよ」


 リオネルの言葉にミーティアは心底いやそうな顔をしたが、騎士たちが持ってきた食事と水は素直に受け取った。


「……恐ろしくまずいわね、この固形のなにか」

「おれたちも、できればもうちょっとマシな飯を出したいんだがね」

「分けてくださるだけありがたい状況だとわかっているわ。でも……やっぱりまずい」


 そもそも噛めないと顔をしかめるミーティアを見て、リオネルは思わず噴き出してしまう。天才を自称する聖女でも、食の好みは若い娘そのものなのかと思えたのだ。


「水を補充するついでに、ひとがいる街でも探そうか? 温かい食事にありつけるかもしれない」

「いいえ、それは【杭】を直してからの楽しみにとっておくわ。優先事項を見誤らないようにしないとね」

「……おまえ、心構えもかなり立派な聖女なんだな」


 リオネルがわりと心底から感心して言うと、ミーティアは「当たり前でしょう」と、ようやく一口分を噛みちぎりながら胸を張った。


「なにせわたくしは稀代の天才聖女。心持ちもそんじょそこらの聖女とは大きく違っていてよ」

「どうやらそうらしい。おれたちにとってはありがたいことだ」

「わたくしも、隊長のあなたがまあまあ話せる相手でよかったと思うわ」


 まあまあとは、また辛辣しんらつな評価だ……。リオネルは思わず苦笑する。

 だが彼女がいてくれて助かるのは本当だ。神殿回りに貼った護符のおかげで、魔物が近寄ってくる気配もない。


 その夜は何ヶ月かぶりに、騎士たちは朝までぐっすりと眠ることができたのであった。

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