第2話-1

 水を求めて近くの街へ移動するあいだ、魔物にいっさい遭遇しなかったのは驚きでしかなかった。

 これまでも地方神殿勤めの聖女が手がけた護符を身につけていたはずだが、貼ったその日でさえ、大型の魔物に普通に襲われた。

 中央神殿の聖女が手がけた護符でさえ、大型の魔物には効きが弱いと聞いていただけに、しかたないと割り切っていたが……。


(いざミーティアが手がけた護符を貼ったら、魔物に出くわさないんだもんなぁ……)


 つくづく、彼女の有能ぶりが際立つ結果に脱帽だつぼうするばかりである。


「おかげで一時間歩いただけで街に着くことができたな……」


 目の前に見えてきた街の様子に、リオネルはほっと息をつく。

 ここまでくると瘴気しょうきもずいぶんなりを潜めて、視界がはっきり開けてきた。部下たちも心なしか、ほっとした様子で歩を進めている。


「ミーティア、疲れていないか?」

「ええ。あなた方と違って、わたしは馬に乗せてもらっているから」


 隊列の真ん中くらいを進むミーティアが、軽く杖を掲げながら返事をした。

 行軍に慣れている騎士と違って、神殿から出ることが少ない聖女を歩かせるのは骨頂こっちょうだ。


 なにせ聖女は、自分が負った怪我や病を自分で治すことはできない。それだけに、足にマメでも作られたら面倒なのである。

 ミーティア自身もそれをわかっているのだろう。食事は一度は断った彼女だが、馬に乗せられるのはすんなり受け入れた。


 馬たちも、瘴気まみれで辟易へきえきしたところに彼女がきて癒やしてくれたから、体調も機嫌もすこぶるいい。普段なら気に入らない相手はことごとく振り落とすくせに、ミーティアのことはどの馬も「乗せたい!」というそぶりを見せたほどだ。


「あなたこそ、ずっと歩きで疲れないの?」

「足腰を強化してあるもんでね。並みの人間の十倍は動ける」


 ミーティアの問いにリオネルは自身の腿を軽く叩いて答えた。

 騎士たちは二人から三人でひと組になり、交代で馬にまたがって進んでいる。隊長であるリオネルはずっと馬にまたがっていてもおかしくない立場だが、単なる移動のときは馬は部下に譲って、自身は歩いていた。


「便利で結構ね」

「ああ。だが並外れているのはそこだけで、一時間も歩けば汗もかくし、腹も減る。あの街で水だけでなく食料も調達できればいいが……」


 水はもちろん食料も進軍には欠かせない物資だ。中央からの支援が途切れている今、固形食料だけで繋いで行くのも限界がある。


(中央へ連絡するための手段を得られればいいんだが……)


 だが、それらはすべて、これから訪れる街の人間が協力的かどうかでも変わってくる結果だ。どんなことになってもいいよう覚悟だけはしておこうと、リオネルはゆっくり息を吐き出すのだった。




「申し訳ありませんが、我々も自分たちが食べて行くだけで精一杯なのです。騎士様たちをもてなす余裕はありません。水だけは井戸から汲んでいただけて大丈夫ですが、その他はどうぞご容赦ください」


 深々と頭を下げながらもきっぱり告げた街長まちおさの言葉に、リオネルは内心で(やっぱりか)とため息をついた。


「無理は承知でお願いしている。水だけでなく、食料もわけてもらえないだろうか。芋だけでもいいんだ」


 リオネルだけでなく、副隊長のセギンも訴えるが、街長も折れるものかという口調で「無理です」と答えた。

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