第1話-2

 聖職者は主に呪いや強化が得意な者が多く、聖女は癒やしや守りが得意な者が多い。

 だが潜在的せんざいてきな力の大きさとしては、聖職者より聖女のほうが、はるかに強いとされていた。


 そして、聖職者と聖女の一番の仕事は、神聖国を支える守り神たる【神樹】への祈りを捧げることとされていた。

 そのため、力の強い聖職者や聖女は必然的に中央――または王都と呼ばれる、【神樹】を囲むように広がる都に駐在ちゅうざいすることが多いのだ。


 ただ聖職者にしろ聖女にしろ、年齢を三十歳も過ぎるとその力は衰えていく傾向にあるようだ。

 そのため、力が弱まりはじまった者、あるいは最初からあまり強くない者は、各地域に構えられた地方神殿へ赴任ふにんすることが定石じょうせきとされていた。


 力が強く優秀な聖職者や聖女ほど、中央からはまず出てこない。まして役職に『筆頭』やら『首席』やらがつく者は、中央神殿の奥深くに隠されて、民衆の前にも出てこないとされる存在なのだ。


 首席聖女であったミーティアも、実際にそういう生活をしていたらしい。治癒はもちろん、結界も護符も完璧なものを展開できる彼女であれば、一生を中央神殿で過ごしてもおかしくはないと思うのだが……。


(いくら彼女が反意を見せたとは言え、あれだけ優秀な聖女を地方に飛ばすなんて。中央神殿を牛耳ぎゅうじる聖職者たちはなにを考えているんだか)


 聖女のほうが強く【神の恩寵おんちょう】の力を持つとは言え、神殿の力関係で言えば男性である聖職者のほうが上だ。彼らは国王や貴族たちとは別に、【神樹】の管理における多くの権限を持ち、神殿の運営を任されている。


 気に入らない聖職者や聖女がいれば、地方に左遷させることなどお手のもの。

 とはいえ、ミーティアほどの聖女を中央から手放すのは、あまりに浅慮と言わざるを得ないのだが……。


(あえて地方に飛ばすことで、彼女自身が希望していた【くい】の強化を一人でやらせようという魂胆こんたんなのか?)


 そう好意的に解釈することも、できると言えばできるだろうが……それにしても、若い娘一人で、こんな瘴気しょうきまみれの辺境に向かわせるというのはやはり解せない。

 本当にただ左遷させられただけなのかどうか……どうにも気になるが、魔物だらけで情報も入ってこないこの辺境では、考えるにも限りがあった。


「あれほどの聖女がひょっこり一人でやってきて、なにか裏があるんじゃないかと疑いたくなる隊長のお気持ちはわかります」


 リオネルの表情からなにを考えているか察したのだろう。セギンが小さく苦笑した。


「たとえ裏があったとしても、別にいいじゃありませんか。今のところ彼女は我々に協力的で、国境の【杭】の修繕をしようと意気込んでいます。協力し合って損はありませんよ」

「……確かにな」

「それより、ほら、食事を取ってください。いくら強化人間ったって、ちょっと足腰が強いだけで、中身は我々と変わらないんですから」

「まあな」


 セギンが差し出した水を受け取り、今度はリオネルが苦笑した。


「どうせ強化人間になるなら、ついでに水も食べ物もいらない身体になれればよかったんだが」

「そんな悲しいこと言わないでくださいよ。食事能力すら犠牲にするなんて、人生の楽しみをみずから捨て去るようなもんです」

「そうなんだろうけど、肝心の食事がコレじゃな……」


 辺境を行く騎士の食事と言えば、油紙に包まれた固形の保存食だ。餅を固めたような代物で、硬くて噛みづらい上に味がうっすらとし感じられない。

 その味も美味しいかどうかと言われると、非常に微妙な代物だった。


「腹持ちがいいのは確かだけどな……」


 もそもそと噛みくだきながら、リオネルはついため息をついた。

 そのとき、騎士たちの手当てを終えたミーティアが杖を手にこちらに歩み寄ってきた。


「あと診ていないのはあなたたち二人だけよ。どこか悪いところはなくて?」

「おれは左足がちょっとやられてて。見苦しいかもしれませんが……」

「気にしないわ。診せてちょうだい」


 セギンが長靴ブーツを脱ぎ脚衣をまくると、ふくらはぎ部分にできた痛々しいミミズ腫れが露わになった。数日前の魔物との戦闘で、魔物の伸ばした触覚が巻き付いてできた傷だった。


「ひどいわね……。これでよく歩けたものだわ」


 若い娘は直視するだけでも顔を背けそうな傷だが、ミーティアは軽く眉をひそめただけで、すぐに杖を構えて癒やしの力を送った。

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