第3話-3

 和やかな晩餐ばんさんはその後も続き、終わる頃にはすっかり遅い時間になっていた。


「悪いがちょっと付き合ってくれないか」


 晩餐室を出てすぐリオネルに引き留められて、ミーティアはうなずいた。


 リオネルは三階にある広々としたバルコニーにミーティアを案内した。茶会も開けるほどに広いバルコニーからは、星がとてもよく見える。


 と言ってもここは【神樹しんじゅ】の膝元だけに、頭上は真っ白な枝葉で覆われている。夜空が見えるのは地平線近い、本当に一部の星だけだ。


「地方勤めで良かったことの一つは、星空がきれいに見えたことだな。ここはとにかく空が見えない。日の光とか月明かりは届くけどさ」

「そうね。でも、空気がとても美味しいわ」

「それは認める。瘴気しょうきまみれのところも多かったしな」


 大理石造りの手すりに寄りかかって、ミーティアは遠くに見える北の夜空を見やった。


「また辺境に赴任ふにんなのね」

「ああ、言われなくてもそのつもりだった。今回に限らず、身体が動く限りな。魔物退治に一生を捧げると決めているから」


 リオネルの瞳は揺るがない。

 デュランディクスがなにもしてこなくなったとしても、魔物は折にふれて国境を越えて、神聖国の中に入ってくるのだ。

 そういった存在をすべて駆逐くちくすることこそ、彼が生きる目的なのだろう。


「わたくしは……このあと、どうなるのかしら」

「順当に行けば、また首席聖女に任命されて、中央神殿で大切にされることになるだろうな。もうデュランディクスに国境の【くい】を破壊されることもない。つまり、魔物にやられて怪我する騎士も激減する。治癒に飛び回って寝不足になることはないだろう」


 ミーティアは静かにうなずく。たぶん、それが自分が選ぶべき道なのだろう。

 首席聖女として【神樹】に祈りを捧げながら、人々を癒やし、護符を書き、後進を育てる。それが自分にできる最善のことだと。


(でも……)


 ミーティアは深く息を吸い込む。冷たい手すりをぎゅっと握った彼女は、おもむろにリオネルに向き合った。


「わたくしも、あなたと一緒に行っては駄目かしら?」

「ミーティア?」


 リオネルがわずかに目を瞠る。


「……おいおい、本気か? 風呂も寝床も満足に用意できない辺境暮らしを、むさい騎士たちと再開するって?」

「ええ」


 ミーティアはしっかりうなずいた。


「また地方の村や町を回って、人々を癒やしていきたいの。国境の【杭】も全部わたくしが直すわ。地方第四神殿に【神樹】の皮が置かれたままでしょう?」

「ああ」

「それを利用して、わたくしが【杭】を直す。今のわたくしの力なら、たぶん一人でそれができるもの」


 ただでさえ規格外の力を持っていたミーティアだが、その力は自分の中で、より大きなものとなっている実感があるのだ。

 ボランゾンの言葉を借りれば、きっと『救国の聖女』として覚醒かくせいしたからなのだろう。


「北に限らず、すべての地方を回って【杭】を全部補強する。そして、すべての土地に祈りを捧げ、人々を癒やす。それが、わたくしが一番やりたいことなのよ」

「また、物好きな。中央神殿の奥でふんぞり返っていても誰も文句も言わないだろうに」

「だからこそよ。わたくしはわたくしのやりたいことをする。女神様も後押ししてくださったわ」


 頭に響いた『心のままに』という一言が、これからのミーティアの生きる指針だ。


「だから、わたくしは自分がやりたいことをやる。あなたと同じよ。自分の生き方くらい、自分で決める。それのなにが悪いのって話よ」


 にっこりというよりニヤリと笑うと、リオネルは「おまえには負けるよ」と同じような笑みを返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る