第3話-4


「――だが、そう言ってくれるとありがたい。おれも、おまえが一緒にきてくれればいいなと思っていた」

「本当に?」

「ああ。国境の【くい】を直すのも、腰が重い中央神殿に任せていたら何年かかるかわかんねぇと思っていたし、それならおれとおまえで、魔鳩マバトに乗って行ったほうが絶対早いと思っていたし」

「え、魔鳩?」


 首をかしげるミーティアを見て、リオネルが「あ、忘れてた」と、めずらしくあわてた様子を見せた。


「おまえが起きたら必ず知らせるって言っておいたのに。魔鳩の奴、きっとねてるぞ」

「ねぇ、その魔鳩ってまさか――」


 そのときだ。

 自分のうわさを聞きつけたのか知らないが、騎士団の馬が集められている厩舎きゅうしゃのほうから、なにかがゴーと飛んできた。


『クルッポ――!』

「――この鳴き声! やっぱり魔鳩ちゃん……って、えっ!?」


 風をうならせ、バルコニーにバサバサと羽を揺らしながら降りてきたのは、夜でもはっきりそうわかるほど、真っ白な体毛を持った魔鳩だった。


「白い! どうして?」

『クルッポー!』


 魔鳩は嬉しそうにミーティアの腹部に頭をぐりぐり押しつけてくる。

 この甘えぶりと鳴き声からして、間違いなく一緒に行動していたあの魔鳩なのだが……どうしてこんなに真っ白なのだろう?


「だ、脱色しちゃったの……?」

「そういうわけじゃないだろうが……。ほら、魔術師を退治したとき、そばにこの魔鳩も倒れていただろう? おまえの規格外の癒やしの力を間近で受けたせいで、生態系ごと変わっちまったんじゃないかって話なんだが」


 前例がないので憶測の域を出ないけど、とリオネルは歯切れ悪く説明した。


「生態系ごと?」

「ああ。なにせこいつ、色が変わっただけじゃなく、大量の食料を必要としないんだ」

「えっ! そうなの?」

「ああ。牛とか豚じゃなくて、それこそ馬と同じく、干し草とかで大丈夫になったらしい。肉を勧めても全然食おうとしないんだ」


 草がなくても、水を飲んでいれば生きていくぶんには問題ないようだ。だが草食動物になったかと言われれば、また違うらしい。


「おれの隊の奴が芋を食っているのを見て、欲しがってな。試しにやったら、上手そうに食べたんだと」

「雑食なのかしら……」


 とにかく、燃費がよくなったのは確かなようだ。


『ポッポー!』

「おまけに天性の人なつっこさだろう? 今じゃすっかり厩舎のアイドルになってやがる」

「はぁ……魔鳩ちゃん、出世したわね」

『クゥー!』


 魔鳩は嬉しそうに一鳴きした。


「特に害も加えないし、食事も必要ないから好きに生きろって言ったんだが、ミーティアのそばを離れる気がないみたいでさ。遠くへ放しても結局戻ってきたから、おまえのそばにいたいんだろう」

「まぁ、魔鳩ちゃん……」


 健気けなげな魔鳩の気持ちに胸がきゅんとする。

 猫や犬を飼う人間の心理が少しわかった気分だ。こんなふうになつかれたら、それは可愛いに決まっている。


「魔鳩に乗れば、国境の【杭】を直して回るのも、そんなに時間を食わないと思うし。だからおまえとおれで、また旅ができればいいなと思っていた」

「そうだったの」

「正直、おまえのほうからそう言い出してくれて嬉しい。……辺境の進軍は大変だっただろう? もう二度と行かないって言われても、しかたないと思っていたからさ」


 リオネルが鼻の頭をポリポリ掻きながらつぶやく。ミーティアはくすっとほほ笑んだ。


「確かに大変だったけど、楽しいこともあったわ。もちろん悲しいことも、悔しいことも、いろいろあった。でも……そのすべてがかけがえのないものだと思ってる」


 辺境での出来事を思い出し神妙しんみょうな気持ちに駆られつつも、ミーティアはしっかり顔を上げた。


「わたくしはあなたとともに行くわ、リオネル。一緒に行きたい」

「おれも、おまえと一緒に行きたい。おまえのこと好きだし」


 さらっと告白されて、ミーティアは一瞬息を止めた。


「……わたくしも、あなたが好きよ。人間的に」

「人間的に、か。――とにかく、これからも頼むよ、天才聖女様」


 右手を差し出され、ミーティアは笑顔でその手を握る。

 そういえばはじめて会ったときも、こんなふうに握手を交わしたのだっけ。


(またここから、はじまるんだわ)


 聖女としての新たな旅が。今度は与えられた使命ではなく、自分自身のやりたいことをやり遂げるために。


『ポッポーウ!』


 そのとき、魔鳩が二人に割り込むように、巨体をぎゅむっと繋いだ手の下にもぐり込ませてきた。


「魔鳩ちゃんったら。あなたもずっと一緒よ」

『クック~』

「……こいつ、わざと邪魔してきやがったな? ったく、甘え上手め」


 リオネルが振り払われた右手をぷらぷらさせながら毒づく。

 ミーティアは魔鳩のふかふかの身体をなでながら、大人げないリオネルの言葉につい笑ってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る