第1話-4

「北の隣国デュランディクスは、この新王国からは一番近いところにある国でね。昔から魔鳩マバトを使った交流もある国なの」


 街の中心にある広場のベンチに腰かけながら、ミーティアは集まった子供たち相手に説明する。子供たちは興味津々のまなざしでこちらをじっと見つめていた。


 中央神殿にいた頃に、見習いの幼い聖女たち相手にあれこれ教えていた日々が思い出されて懐かしい。ミーティアは自然と口元をほころばせながら話を続けた。


「デュランディクスには聖女も聖職者もいないわ。代わりに、魔術師と呼ばれる人々がいるの」

「まじゅつし?」

「ええ、そう。彼らも聖女のように不思議な力を使えるのですって」

「へ~!」


 子供たちが興奮の面持ちで顔を見合わせる。

 山を越えた向こうに自分たちとは違う暮らしを営む人間が住んでいるなんて、そうそう知らないことだけに、おとぎ話を聞いているような気分なのだろう。


「魔術師も聖女様みたいに怪我とか病気を治せるの?」

「わたくしも詳しいことはわからないの。でも水をきれいにしたり、土地に祈りのような力を込めて、人々の暮らしを助けているようだわ。そういう点では聖女ととても似ているわね」

「似てるね~」


 子供たちはわくわくと顔を見合わせた。


「【神樹しんじゅ】がない国があるなんて知らなかった。大人たちも全然話してくれないもん」

「大人でも知らないひとが多いから。どのみち魔鳩にでも乗らなければ、魔物だらけの場所を渡ることもできないからね。たいていのひとは自分が生まれた国以外のところへ行くことなく一生を終えるわ」

「ふーん」


 だからこそ、山の向こうのデュランディクスのことは、貴族であってもよく知らない者がほとんどだ。王族や、神殿の上層部の人間は違うのだろうが……。たまに魔鳩を飛ばして、それぞれの作物の種や苗を交換したり、現況を報告し合っているようだが、それも年に一度あるかないかのことである。


 基本的に、どの国も【神樹】や魔術師の力の及ぶ範囲内で生活しているため、国の外に出ていくことはない。国境から外へ出れば、そこは魔物の住む世界であり、人間が入っていくべき領域ではないのだ。


 子供たちには自慢げに「【神樹】は五つあって――」と語ったが、実際にそれを確認できた人間はいない。古くから伝わる神話をまとめた文献にそう書かれているから、そうなんだと思っているだけなのだ。


(もっと時代が進めば、魔鳩もさらに改良されて、さらに遠くへ行けるようになるかもしれないけれど……)


 同じ【神樹】をいただく国であっても、そこで過ごす人間が外からやってきた人間に好意的かどうかはわからないし、言葉が通じるのかも、同じような暮らしをしているのかもわからないのだ。そうそう外に出て行こうと考えることはないだろう。


(外に出ていく力があるなら、中の問題に目を向けていくべきでしょうしね)


 子供たちは癒やしの力ですっかり元気になっているが、栄養失調気味なのは代わらない。満足な食事が取れなければ、癒やしの力も半年保つかどうかというところだ。


 土地の祈りも、家々に配った護符も、効果があるのはだいたい一年くらいだ。

 その一年のあいだに状況が良くならなかったら、彼らはまた飢えて病気に見舞われることになる。


(ここにいる彼らを助け、守ることこそが聖女としての本分だわ)


 子供たちの細い腕を見つめて、ミーティアは決意を新たにする。

 脳裏に、高熱のときに見たいやな夢がふっと浮かんできた。


 ――『なんであんたは生きてるのよ!?』


 ヒステリックな声が心を締めつけてくる。

 ミーティアはあれこれ話しかけてくる子供たちに笑顔でうなずきながら、胸中でしっかり答えた。


 ――この子たちを、この国の民を救うために生きているのよ。


(そのために、わたくしは【神の恩寵おんちょう】の力を授かったのよ。誰にも、生まれてこなければよかったのになんて言わせないんだから)


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