第4話-3

「【神樹しんじゅ】は我が神聖国にとって、きれいな水と空気を作り出すのに欠かせない存在だ。当然、大切に扱われるべきもので、その皮をぐ場合は細心の注意を必要とする。剥ぐときもほんの少し、スプーン一杯分を削り出すのも慎重にやるものなんだ。それを……こんな……」


 荷箱に詰められた大量の皮を見て、リオネルはギリッと奥歯を噛みしめた。


「どう考えても雑に剥いだとしか思えないやり方で、無造作に荷箱に詰めているなんて、それだけで大罪もんだ。いったい、中央神殿の奴らは【神樹】になにをやっているんだ!」

「これ、皮を剥いでいるのは、やっぱり神殿に仕える聖女とか聖職者ですよね? 神殿には誰でも入れるけど、【神樹】にさわれるような最奥には【神の恩寵おんちょう】持ちしか行けないですもん」

「そう考えるのが妥当だろうな」


 部下の怖々とした指摘に、リオネルもうなずいた。


「罰当たりもいいところだ! いったい中央の聖職者たちはなにを考えてやがる!」

「まったくだ!」


 騎士たちが大声でののしる中、一人がそっと手を上げた。


「隊長、それに関連するかはわからないんですが……」


 手を上げた騎士は、魔鳩マバトが降り立ったときからそのそばにいて、【神樹】の皮をかき集めていた人間だ。


「うん、なにかあったか?」

「皮を拾うとき、一緒にこいつを回収したんです」

「布……?」


 騎士が差し出したのは顔ほどの大きさの白い布だった。木綿製で、別になにが書いてあるわけでも、縫い止められているわけでもない。


「なんで布……?」

「いや、こっちが聞きたいですよ。とにかく散らばった中にそいつも入っていて、なにかあるのかなぁと思って、取っておいたんですが」


 リオネルの突っ込みに彼はもっともな答えを返す。

 そのとき、「ほほほ~い」という陽気な声が聞こえて、廊下に続く扉からロードバンが顔を出した。


「あ、確か、ここの神殿のおさでしたっけ」

「ああ、神殿長しんでんおさのロードバン殿」


 とまどう部下たちにリオネルは端的に説明した。


「朝の散歩が終わったから、こっちに寄ってみたんじゃよ。いやぁ~広間いっぱいに男が寝そべっている光景は、むさ苦しくてうるわしくないのぅ」

「ほっとけ」

「して、騎士隊長よ、手に持っているそれはなんじゃ?」


 なんじゃ? と聞きながら、ロードバンはさっとリオネルの手から布をかすめ取っていた。


「あっ、またひとから取りやがって」

「ほうほうほう、これはこれは……。聖職者が使う伝言じゃな」


 こぶしを握ったリオネルだが、ロードバンの言葉に思わず「えっ」と声を上げた。


「ただの布じゃないのか?」

「うむうむ、じゃが、わしの力では解読は無理じゃ。ポポじいさんを呼ばにゃ」

「ポポ爺さん?」


 聞けば、この神殿に駐在するもう一人の聖職者の名らしい。チューリが「お昼寝ばかりしている」と言っていた日和見ひよりみのジジイか。


「じゃあすぐ呼んできてくれ。【神樹】の皮がたっぷり詰まった荷箱に入っていた奴なんだ。絶対なんかあるだろ」

「は? 【神樹】の皮じゃと? ……ひょえええー!」


 ようやく荷箱の中身に気づいたらしく、さしものロードバンも跳び上がって腰を抜かしそうになっていた。


「どおりで! むさい男ばかりの広間なのに、清涼な空気が流れているなと思ったわけじゃ!」

「――うるせぇ! とにかく、そのなんとかってジジイを起こしてこい!」


 いらだちと焦りのあまり、リオネルはとうとう叫んでしまった。

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