第4話-1

「あなたは誰」


 ミーティアは鋭い口調でくり返す。しかし、祭壇に立つボランゾンは答えようとしなかった。

 代わりにふぅっといらだちと疲れのにじむため息を吐き出し、忌々しそうにミーティアをにらみつける。


「小娘が出しゃばりおって……。やはりあの強化した魔物で、そなたを殺せなかったのは痛手だったな。あそこで力尽きて死んでおけばよかったものを」

「――っ」


 ミーティアは思わず目を見開く。言葉の内容に、というより、ボランゾンの声がなんだか二重に聞こえたせいだ。

 本来のボランゾンの声とともに、誰か知らない男の声が重なって聞こえてくる。


「――あなたは誰! ボランゾン様になにをしたの?」

「なにも。ただ身体を借りているだけよ」


(身体を……借りる?)


 ミーティアはますます混乱する。そんな技は聖女にも聖職者でもあり得ない。そうなると……。


「誰だか知らないけれど……どうやらその身体を借りているあなたは、デュランディクスの魔術師みたいね。そうでしょう?」


 ボランゾンは答えなかったが、その口元がほんの少しほほ笑んだように見えた。


「消去法を使えば、その答えにはすぐ行き着くであろうな」

「デュランディクスの魔術師が、我が国の筆頭聖職者の身体を乗っ取って、いったいなにをたくらんでいるの。【神樹しんじゅ】の皮を剥いでデュランディクスに運ばせていたのも、どうせあなたの考えでしょう?」


 ミーティアはさりげなく杖を構えた。


「ふん、このわたしと戦うつもりか、小娘」

「さっき、わたくしに『死んでいればよかったのに』と言っていたでしょう? つまり、あなたにとってわたくしは厄介な敵になりうるということ。さっき魔鳩を撃ってきたのもそういう理由からでしょ? 戦う前に始末したかったのよね」


 残念でした、とミーティアは軽く両足を開き、腰を落とす。


「この通り、わたくしはピンピンしていてよ。もくろみが外れて、実は追い詰められているのではなくて?」

「……言わせておけば!」


 急にカッとなったようで、ボランゾン(を乗っ取る誰か)は大きく腕を振ってきた。

 なにか見えない波動のようなものを感じて、ミーティアは結界を展開する。キィン! と音を立てて、見えないなにかは弾かれた。


(弾ける! これなら戦える)


 ミーティアは高まる緊張をなだめるように息を吐き、注意深く杖を構え直した。


「その程度の攻撃は効かないわ」

「……小癪こしゃくな。この計画の最大の誤算であり最大の障害は、おまえの言うとおり、おまえ自身なのだよ。『神託しんたく』持ちの『救国の聖女』め」

「……なんですって?」


 ミーティアは思わず真顔で問い返した。


「なぜ『神託』のことを知っているの。それに、わたくしが『救国の聖女』……?」


 言葉自体は知っていたが、自分がそれに該当がいとうするとは思わなかった。

 とまどうミーティアに、ボランゾンは馬鹿にしたように笑う。


「当の本人が知り得ぬとはな。この筆頭聖職者はそれも知っていたというのに」

「……なぜそう言えるの。わたくしは『神託』のことは一度も口にしていない……っ……」


 そのとき、ミーティアの脳裏を地方第四神殿のポポじいのことがよぎった。

 彼は自身を『見える』聖職者なのだと告げていた。ミーティアがなにも言わないうちから『神託』持ちであることを見抜き、なんなら『神託』の内容まで見抜いていた口ぶりだった。


(もしかしてボランゾン様も『見える』タイプの聖職者だった?)


 ボランゾンが筆頭聖職者になったのは六年前だと言われている。その評価は可もなく不可もなくという感じで、単に一番年長の聖職だからから筆頭に選ばれたという感じだった。

 そもそも筆頭聖職者は普段そう簡単に聖女たちの前に姿を見せない。単純に神聖国のトップとして忙しいせいだ。


 ミーティアもはじめて顔を合わせたのは首席聖女に任命されたときだったと思う。

 そのときも「どこにでもいるおじいさん」という感じのひとで、特にこれという印象は覚えなかった。


 ミーティアの追放を決定したとき、全員を集めて物々しく言い渡したときのほうが、異常と言えば異常だったのだろう。


「この身体に馴染んだことで、ボランゾンの知識や能力も手に入れられたからな。この男はそなたが『神託』持ちであることをいち早く見抜いていた。だがそなたの安全を考え、あえて口には出さなかったのだ」

「……そんなことが……」

「そして『神託』を得た聖女が、例外なく『救国の聖女』として活躍してきた歴史も知っていた。中央神殿に仕える者たちの権威を上げるため、『救国の聖女』個人の名前はどの書物にも載っていない。だが歴代の筆頭聖職者にのみ受け継がれる書物には、そのことがはっきり書かれているのだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る