第2話-2

「ポポじいさんが言うには『聖女ミーティアに助力を請う、【神樹しんじゅ】に危機が迫っているため早急に中央神殿に帰還せよ』ということが書かれているそうです」

「【神樹】に危機ですって?」


 そこでミーティアはハッと、魔鳩マバトの背中から滑り落ちた荷箱のことを思い出した。


「そういえば、あの荷箱は……?」

「隊長が常に担いでそばに置いています。今も隊長が寝ている寝台の下にありますよ。中身はなんとかかき集めて、保管している状態です」

「確かに……あれだけの皮をがれた【神樹】に異常が生じないということはあり得ないわね」


 だが【神樹】の皮を剥ぐことができるのは、現状では聖職者のみだ。

 なんの目的で守るべき【神樹】を傷つけているかは、まったくわからない。


 傷つけた張本人たちが『助力を請う、帰還せよ』と言ってくるのは、もっとわけがわからない。むしろ支離滅裂しりめつれつもいいところだ。


「聖女様はただでさえ中央神殿を不当に追放になったのでしょう? 自分たちで追い出しておきながら今度は戻ってこいとか、舐めてるのかって隊長もぶち切れていましたよ」

「そ、そうだったの」

「見ているほうが震え上がるほど怒ってましたね。……いずれにせよ、おれたちの隊に与えられた国境守備の任務も、難易度が上がりすぎて対処もそうそうできないし、中央にいる家族も心配だしってことで、どうしようか話し合いましてね。ミーティア様と隊長、そして隊の三分の一の騎士で中央に帰還するという話になりました」


 ミーティア様が寝ているあいだに決めちゃってすみません、とセギンは申し訳なさそうに頭を下げた。


「それはかまわなくてよ。あなた方と行動を共にする以上、隊の決定に異を唱えるつもりはないの。それに、確かに中央の様子は気にかかるわ。聖職者がなにを考えているのか、わたしも問いただしたいもの」


 特に【神樹】の皮については性急にどうにかしなければならない。皮を剥がれた【神樹】は、人間で言えば無理やり皮膚を剥がされたようなもので、当然ながら弱ってしまうし、本来の力を発揮できなくなる。


 そうなると、どうなるのか。


 【神樹】はきれいな水と空気を造り、魔物を寄せ付けない力を持っている。

 それらが弱るということは、すなわち、神聖国の安全が脅かされるということなのだ。


「人間はきれいな水と空気がなければ生きられない。魔物が入ってくれば瘴気しょうきが満ちて、水と土は毒になり、作物も育てられなくなる。人間が暮らせる範囲はどんどん狭くなって、生存のための争いがはじまってしまう」


 神聖国において、それは一番に避けなければならないことだ。とにかく傷ついた【神樹】を一刻も早く癒やし、助けなければならない。


(助ける……)


 頭に浮かんだ単語に、重々しい声が重なった。



 ――『助けよう。ゆえに、そなたも、助けよ』



(……あの声は『助けよ』と言うのみで、『なにを』とは指定していない)


 ミーティアは目を伏せ、ゆっくり息を吐き出した。


「とにかく、中央には命令がなくても向かわないといけないと、荷箱の中身を見たときから思っていたの。ただ、リオネルも一緒に中央に向かって大丈夫なの? 国境にいたほうがいいのでは……」


 ミーティアの心配に気づいたのだろう。セギンは「大丈夫ですよ」とうなずいた。


「普通の魔物相手なら、聖女様からいただいた護符と、今ある武器でなんとかできます」

「でも前みたいな巨大な魔物がきたら……」

「それなんですが、神殿長のロードバン氏曰く、魔物を巨大化させていたあの玉は、一朝一夕いっちょういっせきで作れるものじゃないっぽいんですよね」


 聖職者にして研究者のロードバンは、魔術師についても詳しいらしい。ロードバンいわく、魔術師の力自体は我が国の聖女より弱く、あれだけの代物を作るのにも、時間と力が不可欠ということだった。

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