第2話-3

「そう考えれば、巨大魔物が攻めてくるのはまだまだ先だろうということで。楽観的な考えであることは承知していますが、実際、ここにきてからは静かですからね。普通の魔物も入ってこない。……普通の魔物なら聖女様の護符に近寄れないから、応急処置した【くい】のあたりで歯がみしているんでしょうけど」


 セギンは少しおどけた調子で肩をすくめた。


「確かにそうね。魔術師がなにを考えて魔物を巨大化したかは知らないけれど……」


 こういうタイミングだけに、魔術師がぎ取られた【神樹しんじゅ】の皮に絡んでいる可能性も大いにある。


「あの魔鳩マバトもデュランディクスに向かうはずだったのなら、なおさらね」

「ですね。……あ、魔鳩と言えば。あの怪我して墜落した魔鳩、今は厩舎きゅうしゃの近くに繋いでいるんですが、食事を用意してやれてなくて……。あとで癒やしの力をかけてもらってもいいでしょうか?」

「ああ、そうね。さすがに牛や豚はこのあたりでは用意できないし……。食事が終わったらすぐに向かうわ」


 ミーティアは残りの芋を胃に収めて、杖を手に外へ出て行った。

 すっかり日が暮れてあたりは暗くなっていた。魔鳩は夜に溶けるように静かに眠っていたが、ミーティアが歩み寄ると気配を感じて、ピクッと目を覚ます。


『クー……!』

「あら、元気ね。わたくしのことを覚えていて?」

『クックー!』


 魔鳩は嬉しげに頭を動かすと、いそいそと立ち上がってミーティアの腹部に頭を擦りつけてきた。


「ふふ、お腹がすいているだろうに、おとなしく待っていていい子ね。今、癒やしの力を送ってあげるからね」


 杖を掲げて、魔鳩の空腹が収まるように念を込めると、魔鳩が『クー……』と気持ちよさそうな声を漏らした。


「しっかり食べさせてあげたいけれど、そうもいかなくて。ごめんなさいね」

『クー』


 わかっているよと言いたげに魔鳩がまたたく。本当に賢い子だ。

 それだけに、どうして怪我を負っていたのかも気にかかる。


(魔鳩は三回も羽ばたけば、どんな建物より高く飛び上がることができるわ。普通の鳥は魔鳩の大きさに恐れを成してまず近寄ってこないし、魔物より身体が軽くてより高いところを飛べるぶん、外敵に襲われる心配もない……)


 だから、この魔鳩が自然のなにかによって傷つけられた、というのは考えにくいのだ。それに……。


(羽が黒いからよく見えなかったけど……あの怪我は、剣かなにかで斬られたような傷に思えた)


 飛び上がる前に襲われたということだろうか?

 魔鳩は気性が荒く、なつくことも少ないが、人間を傷つけないよう徹底的に調教されている。

 そして魔鳩のほうも、人間が自分を傷つけることはないと思っている。それだけに、攻撃されたのはひどくショックなことだっただろう。


(そもそも魔鳩は荷物や人間を運搬するための存在だもの。傷つけていいわれはないのに)


 ましてこの魔鳩は信じられないほど人なつっこい。今もミーティアの腕を甘噛みし、頭を擦りつけてしきりに甘えている。

 こんな可愛い子を、どんな理由であれ傷つけようとするなんて……。


「いったい中央神殿でなにが起きているのかしら……追放したはずのわたくしを呼び戻さないといけないほどなんて」


 ――中央神殿を出て行くとき、ミーティアはわざと「呼び戻したりしないでくださいね、心の底からウザいので」という、決して褒められない言い方をしてきた。

 これ幸いと辺境の様子を見に行きたいと思っていたから、なにがあってもしばらくは呼び戻すなという牽制けんせいの意味で言ったのだ。


 まして、このような言い方をしていれば、ボランゾンでなくてもむかっとすることは間違いないので、誰があんな不良聖女を呼び戻すか! という雰囲気になることも期待していたのである。

 そして実際、今日ここに至るまで帰還要請が出ることはなかった。


 それをあえて呼び戻すのだから、皮が剥がれた【神樹】が聖女全員の祈りをもってしても調子を取り戻さないのかもしれないし、怪我人や病人であふれ返って大変になっているのかもしれない。……むしろ、その両方の可能性が高いだろう。


(ほかにも、もっと厄介なことがひそんでいる可能性もあるわね……)


 ただ怪我人が多いだけなら、運搬役の魔鳩が怪我を負わされることなんて起きるはずがないのだから。


『クルッポー?』


 ミーティアに「どうしたの?」と尋ねるように魔鳩が首をかしげてくる。ミーティアは苦笑して、魔鳩の首筋を優しく抱きしめた。


「おまえは本当に賢いのね。それにとても優しい子。……これからどうするべきなのかを考えていたの。わたくしには果たすべき使命があるものだから」



「――それは、昼間にポポじいさんが、おまえにぼそぼそ言っていたことと関係があるのか?」



 不意にうしろから声をかけられ、ミーティアは驚きのあまり飛び上がってしまった。

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