第2話-4

「リオネル……!」

「すっかり寝過ごしちまった。せいぜい二時間くらいの仮眠の予定だったんだが」


 誰も起こしにこないし寝台も久々だったからさぁ、と後頭部を掻きながらリオネルが歩み寄ってきた。


「だから逆に目が冴えちまった。お、魔鳩マバトも元気か?」

『クー!』


 魔鳩はリオネルにも頭をぐりぐりと押し当て、全力で甘えていた。


「本当に人なつっこい魔鳩だわ……」

「人間にこんなに好意的な奴はめずらしいよな。おれも驚いた。……まぁ、うちの隊の馬たちも、おまえの癒やしの力を受けてから態度がずいぶん軟化したし。癒やしの力にはそういうのもあるんじゃないか?」

「あまり意識したことはなかったけれど……」


 ミーティアはとまどいつつ魔鳩の黒々とした羽をなでた。

 リオネルも魔鳩の首あたりをひとしきりなでてから「この聖女とはちょっと話があるから、借りるな」と呼びかける。魔鳩はおとなしく『クー』と鳴いて、巨大な足を折りたたみ、くちばしを羽に突っ込んで眠る体勢を取った。


「昼間はずっと眠ったままだったみたいだぞ、この魔鳩。運動とかさせなくて大丈夫かと心配したんだが」

「たぶん体力の温存のためにみずから寝ているんだと思うわ。蓄える、っていうのかしら。動かなければお腹も空かないしね」

「そういうことも考えているのか。頭がいいんだな」


 リオネルはひとしきり感心してから、ミーティアを厩舎きゅうしゃの脇にあるベンチのほうへ手招いた。


 肩に担いでいた荷箱を椅子の下に置いて、リオネルはその荷箱を足の間にはさむようにして座る。そして隣をポンポンと示した。

 ミーティアは言われるまま彼の隣に腰かける。


「さっき言ってた『使命』ってやつ、おまえが毎度うなされている悪夢にも関係していたりするのか?」


 もったいぶることなくズバリ尋ねてくるリオネルに、ミーティアは苦笑した。


「その手のことは無理に聞かないとか、前に言っていなかったかしら?」

「言った。だが、あのときとは状況が変わった。今後のことを思うと、知らないことがあるっていう事実は、できれば少ないほうがいい」


 隊の方針では今後、リオネルはミーティアとともに中央へ向かうのだ。チームを組むと思えば、腹を割って話すこともまた大事ということだろう。


「……あなたの言い分はわかるわ。わたしも……あなたの過去をのぞき見た上で、自分のことは秘密にしたいというのは、フェアではないと思うし」

「いや、フェアとかそういうのは気にしなくてもいいけど……単純に、やっぱり気になるからさ。ポポじいさんもぼそぼそと話していたし、あとでなにについて話していたか聞いても、とぼけられるばっかりだったし」

「ああ……」


 その様子が容易よういに想像できて、ミーティアはつい笑ってしまった。


「笑い事じゃねぇって。おれ、あの手の爺さんの相手はあんまり得意じゃないんだ」

「そんな感じね」


 疲れ切ったリオネルに少し同情しつつ、ミーティアはなんとも言えない気持ちで星空を見上げる。

 瘴気しょうきも届いていない場所だからか、星がまたたくのがきれいに見えた。


「……『神託しんたく』を受けているのではないかと言われたの、ポポ様に」

「『神託』? なんだ、それ」

「文字通り『女神様からのお告げ』よ。わたくしは十歳のときに、おそらくそれを受けた。それまで聖女の力なんて欠片も存在しなかったのに、『神託』を受けたその瞬間から、今の天才的な力が顕現けんげんするようになったのよ」


 みずからの両手を見つめてミーティアはつぶやく。リオネルも真面目な顔になって姿勢を正した。


「『神託』ってどんなん? 聖職者とか聖女から伝えられたとか?」

「いいえ、頭の中に直接響いてきたの。人間とは思えない重々しい声……あれが『神託』であるなら、あの声は間違いなく、天上におわす女神様の声なのでしょうね」

「女神の声を聞いたっていうのか?」


 リオネルがぎょっとした様子で目を見開いた。


「な、なんて言われたんだよ」

「――『助けよう。ゆえに、そなたも、助けよ』」


 ミーティアははじめて、その言葉を自分のくちびるから誰かに告げた。

 告げることがあるとすれば、信頼できる聖女か聖職者だと思っていたから、騎士であるリオネルに言うことになるとは……未来とはわからないものだなと改めて感じられる。


 リオネルは「助けよう。ゆえに助けよ……」と『神託』の言葉をくり返していた。


「なにか……おまえ自身が助けを必要としていたことがあったのか?」

「ええ、あった。『神託』が聞こえたとき、ちょうど殴り殺されそうになっていて」

「……なんだって?」


 リオネルの声が急に低くヒヤッとしたものになる。ミーティアは「わたくし相手にすごまないでよ」と眉をひそめた。

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