第2話-1

 もう調子は戻っているように思えたが、チューリに「まだ寝ていなさい」と念を押されて、ミーティアはその後も寝台の住人となってしまった。


 とはいえ看病されていやなことばかりではない。チューリは騎士たちに頼んで大量の湯を沸かしてもらい、それをミーティアの部屋に運ばせた。

 大きなたらいを運び入れれば、沐浴もくよくの支度が完了だ。


「部屋が狭くて申し訳ないけれど、好きなだけゆっくりしていいからね。わたしは扉の前に立って見張っておくから」

「ありがとう、チューリ様」


 ミーティアはわくわくしながら衣服を脱ぎ、あたたかな湯が張られた盥の中に身を沈めた。


「あー……生き返るわ」


 寝台で眠れるのも嬉しいが、それ以上に沐浴は嬉しいことだった。地方にやってきてからも濡れたタオルで身体をくくらいのことはしたが、水自体が貴重なため、沐浴など夢のまた夢だったのだ。

 石けんも貸してもらえたため、髪も洗える。久々に全身がさっぱりして、疲れも吹き飛ぶようだった。


 騎士たちがまめまめしく新たな湯を運んでくれることもあり、気づけば一時間近く沐浴を楽しんでしまっていた。

 さすがに危機感が足りなすぎた……と着替える頃には反省しきりだったが、チューリも騎士たちも「たまの贅沢は必要だ」と理解を示してくれた。


「おれたちも嬉しいですよ。聖女様が沐浴できるくらい元気になってくれて」

「湯に浸かるのも、体力がある程度ないとできないからなぁ」

「そうそう。行軍の一番の功労者はミーティア様っすよ。お風呂くらい楽しんでも罰は当たりませんって」


 夕飯のために広間に向かうと、ミーティアを見つけた騎士たちが口々にそう言って「よかった、よかった」とほほ笑んでくれた。


「ありがとう。おかげですっかり元気になったわ」

「よかったです。隊長も喜びますよ」

「そういえばリオネルは?」


 彼の姿が広間にないため、ミーティアはきょろきょろ見回してしまう。


「さすがに疲れていたみたいで、まだ客室の一つで寝ていますよ」

「たぶん聖女様が元気になったから、緊張の糸が切れたんじゃないですかね」

「なんだかんだ、聖女様の容態を一番気にしていたのは隊長ですからね~」


 本人は言わないけどね~、と騎士たちはにやにやとした顔を見合わせる。

 ミーティアは気恥ずかしくなって「そう」とだけ答えておいた。


「聖女様、食欲あります? 芋のふかしたやつ、食べられますかね?」

「ありがとう、いただくわ」


 そうしてミーティアは騎士たちに混じって、わいわいと賑やかな食卓を囲んだ。


「よかった。思ったより顔色もいいし、食欲もあるみたいですね。正直、聖女様がひどく落ち込んでいるようなら、この後どうやって進軍していこうか悩むところだったので、不謹慎ふきんしんな言い方ですが非常に助かりました」


 食事も終盤にさしかかったところ、副隊長セギンがやってきてこそっと話しかけてきた。


「心配かけたわね。完全に大丈夫とは言えないけれど、それなりに折り合いはつけられたと思うわ」

「そうですか。隊長が、なんか励ましたりしてくれた感じですかね?」

「……そうね」

「それならよかった。隊長は隊のトップという立場ゆえ……いや、トップになる前から、あちこちで非難されたり罵られたりということがあった方です。ああいう文句がどれだけ心にくるか、身をもって知っている方ですから」


 知っているわ、とミーティアは胸中で答えながらそっとうなずく。

 ほんの一部をかいま見ただけでも、リオネルが多くの中傷ちゅうしょうにさいなまれて、まいっている様子はうかがえた。


 口が悪くどこか飄々ひょうひょうとしていながら、さりげなく優しい彼の気質は、こういう経験から得られたものなのだろう。

 それが良かったのか悪かったのかは、ミーティアには判断がつかないけれど。


「そんな隊長の言葉だからこそ、聞いている人間の心には響くんですよね。……あ、失礼、話がそれました。今後の進軍の予定なんですが」


 部下が勧めてきたワインのおかわりを断って、セギンは話を続ける。


魔鳩マバトが運んできた荷箱の中に、ミーティア様への帰還命令が書かれた布が入っていたんですよ」

「えっ?」

「これです」


 セギンが手渡したのは顔の大きさほどの木綿もめんの布だ。なにも書かれていないが、確かに、聖職者が使う術の名残のようなものを感じる。

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