第3話-4

 首をひねりながら記憶をたどると、チューリがうなずいた。


「ええ、現在の筆頭聖職者、つまりはこの国のトップに当たる方ね。中央からの連絡はだいたいボランゾン様のお名前でくるわ」

「……ってことは、そいつか。ミーティアを首席聖女の座から追放した奴は」


 リオネルは思いきり眉を寄せた。


「優秀な男が、ミーティアほどの聖女を都落ちさせるか? どう考えても阿呆あほう所業しょぎょうだと思うが」

「うーむ。わしが中央神殿でともに働いていたのも、三十年前の話じゃからなぁ……」


 ひげをなでながらロードバンは考え込むように目を伏せた。


「わしの知る限り、ボランゾンは優秀で慈悲深く、女神の教えを忠実に守る男じゃったぞ。権力や欲に目がくらむタイプとは思わなんだが……まぁ、人間、年を取ると変わる者も多いからのぅ」


 ボランゾンも変わってしまったということなのだろうが? いずれにせよ、あまりよい傾向とは思えない。


「とはいえ……この玉が国内のものじゃないってだけで、そうとうの緊急事態になっちまったな」


 手の中の玉をリオネルはポンポンと宙に投げる。

 信じられないほど軽く、表面がきらきらと輝いている黒い玉だ。それだけに滑りやすく、うっかりすると取り落としそうになる。

 だが表面の厚みも薄そうな割に、ロードバンが床に落としても叩きつけても、割れるどころかヒビ一つ入らなかったそうだ。。


「……いや、叩きつけるなよ! なにしてくれてんだジジイ!」

「いやぁ~、ものは試しにと思って」

「もし割れて、呪いとかなんかが出てきたらどうするんだよ!」

「大丈夫じゃ。もう特別な力は感じぬから。チューリもさわってごらんなさい」

「はぁ……。でも、魔術師が手がけたものなら、わたしたち聖女や聖職者がさわっても、なにも感じないのは当然なのでは……?」


 リオネルから玉を渡されたチューリは、怖々と手の中でそれを転がす。

 だがチューリの言葉にロードバンは「否」と答えた。


「我々【神の恩寵おんちょう】の力を持つ者は、女神様が残された【神樹しんじゅ】に危害を及ぼしそうなものに自然と反応できる力を持っておる。もはや本能と言うべきものじゃ。魔術師の力はこの国にないものだから、当然【神樹】に害を為すものではないかと本能が身構えるようになる。それがないということは、もうこの玉には効力がないということじゃ」

「そういうもんなのか」


【神の恩寵】に関してはさっぱりのリオネルには理解できない感覚である。

 だがチューリは納得できたようで「確かに、なにも感じませんね」と玉をリオネルに返した。


「なんにせよ、デュランディクスの魔術師が魔物に干渉していることも、その結果、巨大になった魔物が我が国の民を攻撃させることも、とんでもない事実だ。すぐに中央に報告を上げて対策を考えてもらわないとな。それに、デュランディクスと言えば……」


 リオネルは難しい顔で窓の外を見やる。

 いつの間にか夜明けが近くなっており、東の空はうっすら明るくなってきていた。


「……話をありがとう、チューリ殿、ロードバン殿。おれはちょっと魔鳩マバトの様子を見てくるよ」

「部下の方も言っていたけど、あなたも少しは寝たほうがいいわ、リオネル様。こちらにきてからもずっと動いていらしたし、夜はミーティア様につきっきりだったでしょう」

「部下たちが起きたら仮眠をとるさ。どのみちミーティアが回復しない限り動くこともできないし……いろいろ考える時間も欲しいな」


 もっとも悠長ゆうちょうに考えている時間はないかもしれないが。

 その一言はそっと胸に秘めて、リオネルは二人に礼を述べて応接室を出るのだった。

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