第2話-3

「もう半年も前から『国境の【くい】が壊れている、一人での修繕は不可能なので応援が欲しい』と中央神殿に手紙を書いておりましたが、誰一人訪れる様子がなく……。魔物もどんどん入ってきて、本当にどうしたものかと頭を抱えていたのです」

「半年も前から……? そんなに前から【杭】はあのような無惨な形に壊れていたのですか?」


 チューリは「そうなのです」と苦心に満ちた面持ちでうなずいた。


「最初に【杭】が壊されていることを発見したのは、地方第五神殿に勤めていた聖女です。そちらには力の強い聖女がいなかったので、わたしに連絡がきたのですわ。すぐにどうにかしてほしいと」


 チューリは大急ぎで地方第五神殿に向かい、ひとまずありったけの護符を書いて、【杭】の周辺に貼って回ったという。


「ですが、それをあざ笑うかのように、今度はその隣の【杭】が壊されたのです。そちらの処置を終えたら、また別のところが壊されて……。そのくり返しで処置が追いつかなくなってしまって、国境はどんどんおかされていったのです」

「つまり、効力のなくなった【杭】ごと国境の壁を壊して、魔物が入り放題の状態になってしまったと」


 会話に立ち会っていたリオネルが確認してくる。チューリは面目ないというふうにうつむいてしまった。


「国境にはすぐに護符を貼って回ったのですが、現役の頃ならまだしも、今のわたしの書く護符ではさほど効力もなく……。結果、おっしゃるとおり【杭】はどんどん壊され、国境の壁も破壊されてしまいました。地方第五神殿だけでなく、村もいくつか魔物にみ込まれることになって……」


 膝に置いていたチューリの手がぎゅっとこぶしの形になり、やがて小刻みに震え出す。その上に涙がぱたぱたと落ちたのはすぐのことだ。


「力及ばず、申し訳ないばかりです。村から避難するあいだも魔物に襲われ、少なくはない民が命を落としました。もっとわたしに力があれば……っ」


 ミーティアは腰かけていた椅子から立ち上がり、チューリをぎゅっと抱きしめた。


「チューリ様のせいではありません。チューリ様はできる限りのことを精一杯なさいました。絶対に、チューリ様のせいではありません」

「……うぅ……っ」


 悔しい気持ちを溜め込んでいたのだろう。チューリはこらえきれない様子で嗚咽おえつを漏らした。

 その背をなでながら、ミーティアも苦渋に満ちた顔でつぶやく。


「わたくしも同じ気持ちを抱いたので、チューリ様の悔しさはよくわかります。わたくしですら【杭】には応急処置を施すだけで精一杯でした。中央神殿に勤める聖女であっても、【杭】を一人でどうこうするのは不可能でしょう。たったお一人で、チューリ様は本当によく耐えてくださいました」

「そ、そう……言って、いただけると……救われる思いです……」


 鼻をすすったチューリはミーティアが差し出した手巾てきんで涙を拭うと、ぐっと顔を上げた。


「……お見苦しいところを失礼しました。とにかく、そんな事情でしたので、ミーティア様に応急処置をしていただけて本当に助かったのです」

「わたくしも聖女としてできる限りをしたまでですわ。それより、チューリ様が怪我をされたりしなくてよかった。そうなればこの街をはじめ、周辺に暮らす人々も大変なことになったでしょうから」

「もったいないお言葉ですわ」


 聖女たちがお互いの背をなでつつ言葉を交わす中、あごに手をやって考え込んでいたリオネルが低い声を漏らした。


「それにしても、中央神殿はいったいなにをやっているんだ。おれとミーティアが連名で手紙を出す前から、チューリ殿が何度も現状を知らせていたのに、それを無視するなんて……。【杭】が壊れたらどうなるかくらい、神殿勤めの者でなくても簡単に検討はつくっていうのに」

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