第2話-2

「はぁあああ――ッ!!」


 剣の切っ先を下に向けた彼は、全体重をかけて魔物の上にドゥッ! と降りる。

 剣先は深々と魔物の頭を刺し貫き、魔物はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げた。

 がむしゃらに羽ばたいた魔物だが、ほどなくバランスを失い、地面に真っ逆さまに落ちてくる。


「うわぁっ!」


 真下にいた騎士たちがあわてて横に跳んだ。

 ドォン! と地面を揺るがす音ともに落下してきた魔物は、頭からあごまで貫かれながらまだ身悶みもだえている。


 上にいた隊長は剣を思い切り引き抜くと、また上からドスドス! と何カ所をも突き刺した。


「おまえたちも加勢しろ!」


 呆然としていた騎士たちはハッとした面持ちで、あわてて弓を構え魔物の身体を撃っていく。

 魔物はより大きな悲鳴を上げて暴れ、突然、口からドバッと紫色の粘液を吐いた。


「うっ!」


 真正面にいた騎士が粘液を全身に浴び、崩れ落ちる。近くの騎士たちは悲鳴を上げて飛びのいた。


(いけない……!)


 一方のミーティアは粘液まみれの騎士に向けて転がるように走り出す。


「倒れた奴にかまうな! この魔物を仕留めるんだ!」


 魔物の上から隊長が叫ぶ。騎士たちは同僚を振り切って攻撃に転じた。

 誰からも見捨てられた粘液まみれの騎士に、ミーティアは杖を掲げて駆け寄る。


「癒やしの力よ……!」


 神経を杖に集中させると、手の中の杖がぼうっと熱くなる。彼女は杖先にまる宝石を倒れた騎士の身体に押し当てた。


「治れ……!」


 もはやピクリともしなくなった騎士に向け、全神経を集中させる。

 杖先の宝石がまばゆいほどの光を放った。同時に、紫の粘液が一瞬にして飛び散り、騎士の姿が見える。


「――げほっ!」


 粘液のせいで呼吸不全に陥っていた騎士は、大きく咳き込んで目を開いた。


「あ、ああ、なにが起きたんだ……!?」

「動かないで! 毒は完全に消えるまで時間がかかる!」


 ミーティアは目を白黒させる騎士をまたいで杖を構える。魔物が再びあの粘液を吐き出しそうなのを見て、杖を思い切り振った。


「展開!」


 ビシッと空気が張り詰め、見えない透明な壁がミーティアや他の騎士たちの前に現れる。

 魔物が吐き出した粘液はその壁に弾かれ、魔物自身に飛び散った。


『ギャァアアアアアアア!!』


 自身の粘液にまみれた魔物が悲鳴を上げる。

 上に乗っていた隊長が「おわっ」とバランスを崩しそうになるが、すぐに剣にすがって体勢を整えた。


「くそっ、攻撃再開だ! 撃て――!」


 彼の言葉で、あっけにとられていたほかの騎士たちがたちまち我に返り、矢を放つ。

 上に乗る隊長自身も、魔物の皮膚に剣を何度も突き立てた。


「いいかげんに……しろっ!!」


 皮膚をドスドスと傷つけた彼は、とどめとばかりに魔物の目に剣を突き刺す。

 魔物はまた『ギィイイイイイイ!!』と悲鳴を上げて暴れ回るが、ほどなく動きを止め、ぐったりと倒れ伏した。


「今だ! 封印……!」


 騎士が剣を点に掲げる。つばの部分に嵌まった宝石がキラリと光った。

 その途端に、魔物から発せられていた紫色のうっすらした瘴気しょうきが、みるみるうちにその光に吸い込まれる。

 すべての瘴気が吸い込まれた瞬間、魔物はざぁっと砂のように崩れて、ちり一つ残らず消えてしまった。


「……はぁ、はぁ、厄介な奴だった……」


 魔物が崩れる寸前に地面に飛び降りた騎士は、剣をしまいながら全員を見回した。


「怪我はないな?」

「は、はい、なんとか……でも……」


 全員の視線がミーティアに向けられる。彼女が助けた騎士もまた、怖々とこちらを見つめていた。

 隊長は部下たちの視線の意味を正しく理解して、ずかずかとミーティアに歩み寄ってくる。


「おまえ、さっき結界を展開していたな? それにそいつも、毒を被ったのにピンピンしている」


 開口一番、尋問じんもんだ。おまけに、気弱な人間なら怒られていると勘違いして半泣きになるほどに怖い声だ。

 しかし、ミーティアは乱れた髪をうしろへ払って、毅然きぜんと言い返した。


「そういうあなたも、ありえない脚力で魔物の上まで跳び上がっていらしたわね。ひとをただす前に、ご自身の特性を明かすのが礼儀ではなくって?」


 なんとも挑発的な言葉に、周りを囲む騎士たちがぎょっとした面持ちになる。彼らは今度は自分たちの隊長を怖々と見つめた。

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