第1話-5

「とりあえずあの枝葉のところまで飛んでくれ、魔鳩マバトよ」

『クルッポー!』


 魔鳩は「よしきた」とばかりに、一気に【神樹しんじゅ】へ突っ込む。背後でヨークとロイジャが「ぎゃああああ!」と懲りずに叫んでいた

 またたく間に【神樹】のかなり高いところまで接近する。もはや地上の人間が豆粒いかに見える高さだ。

 再び手綱を背後の部下に渡して、リオネルは「よし」と横向きに座り直す。


「この高さなら、あの一番大きな建物の天井をぶち破れるだろう」

「さすがに高過ぎじゃないっすか、隊長」

「ああ、怪我しないギリギリの高さだ。それだけに――」

「あっ!」

「――結構な広範囲をぶち破れるはずだ……!」


 リオネルの言葉は最後のほうはもう聞き取れなかった。言葉半ばで魔鳩の背から高く跳び上がった彼は、身体をぐるっとひねって回転を加えながら、真下の建物へ一直線へ降下する。その鋭さや、雷のようだ。


 そして、実際に雷が落ちたようなドゴオオン! という音が響き渡り、大広間がある建物の屋根に、民家ほどの大きさの穴が空いていた。


「……あ~あ。隊長、生きてるかな?」

「まぁ大丈夫だろう。隊長が下から行くなら、おれたちは上から門をどうにかするか」


 ヨークとロイジャの言葉に、ふとひらめいたミーティアは杖を構える。


「あなたたち二人、リオネルに続いて地上に降りてくれる? わたくしは魔鳩ちゃんと、ちょっと試してみたいことがあるわ」

「試してみたいこと?」

『ク?』


 魔鳩もなにそれという雰囲気で首をかしげる。とにかく下へ行ってとお願いすると、魔鳩は人間が落ちない程度の速度で下へ向かい、すっかり穴が空いてしまった天井を通って広間の真ん中に降り立った。


「うわぁ、でっかい広間。女神像が置いてあるから、王侯貴族の礼拝とか式典に使うところかな」


 周囲を見回してヨークが感心したようにつぶやく。


「悪いけど、あなたたちはここでリオネルと王国騎士のために動いてちょうだい。わたしは門をどうにかしてくる」

「なにをするかは知りませんが、無茶は厳禁ですよ、聖女様!」

「わかっているわ!」


 魔鳩の手綱を引いて、ミーティアはもう一度飛び上がるよう指示した。魔鳩は二度、三度と羽ばたいてすぐに天井からまた外へと出て、固く閉ざされた南門へ向き直る。


 神殿の内側から門をにらんだミーティアは、漂ってくる異様な力を感じて身震いした。


「……この妙な力……。聖職者がなにかしている感じではないわ。やっぱり、魔術師とか、そういう厄介な奴が絡んでいそうね」


 ――だったら、なおのこと手加減してやることはない。


「魔鳩ちゃん……今からちょっと無茶なお願いをするわ。あの門を突き破るほどの勢いで、一気に突進してほしいの」

『クルッポ!?』


 マジで? と言いたげな魔鳩の背を、ミーティアはよしよしとなでた。


「わたくしが全力で、真ん中をやじりみたいに鋭くした結界を、あなたの前に展開する。あなたの身体に沿う形でね。つまり、あなたはわたくしの結界をまとって突っ込むことになるの」


 魔鳩の最高速度は放たれた矢より速いのだ。その速度で突っ込めば、門は物理的に激しく壊れるはずだ。魔術師がかけたとおぼしき妙な力は、ミーティアの結界が吹っ飛ばす。


『クー……』

「わたくしのことが心配なの? ふふ、ありがとう。でも大丈夫よ。手綱をこうして、しっかり巻き付けておくし」


 手綱を命綱代わりに身体にしっかり巻いて、ミーティアは杖を手に、魔鳩の背に伏せるようにしてしがみつく。


「それに、不思議とできる気がするの。あの巨大魔物に比べれば、ただそこに建っているだけの門なんて、楽勝ではなくって?」

『クックー』


 それもそうかと思ったのか、魔鳩は一度近くの天井に降り立ち、距離を測るようにじっと門をにらみつける。

 その背をよしよしとなでて、ミーティアは杖をしっかり構えた。


「神殿に異常が起きているのはわかりきったことだもの。建物はまた直せるけど、傷ついた【神樹】はそうはいかない」


 だからこそ、神殿の異常を探るために一人でも多くの助けがほしい。


「――さぁ、魔鳩ちゃん、思い切り突っ込んで!」

『ク――ッ!!』


 バサッと飛び上がった魔物は、それこそ水中の獲物を狙うカササギのごとく、一直線に門に向かって飛んでいく。

 ミーティアはすばやく結界を展開し、魔鳩の身体の沿うように形を変形させた。


(結界を変形させるなんて芸当、はじめてやるわ。案外できるものね――!)


 思わずニヤッとしたときには、もう魔鳩は門に突っ込んでいた。

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