第4話-2

「それだけ疲労が溜まっていたってことだ。むしろ熱が半日で収まったほうが化け物じみている」

「強化人間に言われてもね」

「強化人間だからこそ、だ。聖女としては天才だろうと、普通の生身の娘が、こんなに早く回復するなんて信じられないことだからな」


 リオネルはじっとこちらを見据えてきた。


「なによ」

「おまえも実はどっか強化している人間じゃないかと思えてきた」

「おあいにく様。わたくしの力も身体も、全部生まれたまんまよ」

「そうだろうけどさ。おまえの力は……本当に、桁違いだから。そういう疑いを抱いちまうのは自然なことだろ?」

「……」


 今度はミーティアが苦笑して、かすかに肩をすくめた。


「わたくしの力を認めてくれたのは嬉しく思うわ」

「乱発はして欲しくないけどな。今は寝床もある街にいるわけだし、おれも……正直、おまえの力がどこまでのものか知りたくて、おまえが途中しんどそうにしているのを見ても、やめろとは言わなかった」

「……ああ、そういう意図があったのね」


 ミーティアは納得の思いでうなずいた。

 ミーティアが街の人々を癒やしたり土地や家畜に祈りを捧げているあいだ、リオネルは護衛よろしく、ずっと彼女のそばに待機していた。


 もしかしたら余力が残っている段階でやめろと言われるかもと思っていたが、彼はこちらがやることに、いっさいなにも言わなかった。ただミーティアがやることを見守って、助けが欲しいときは的確に補助してくれた。

 リオネルはリオネルで、ミーティアがどれほど力を振るえば限界に達するかを見極めようと思っていたということか。


「怒らないんだな。失礼な奴と言われるかと思っていた」


 意外そうに目を瞠るリオネルに、ミーティアはまた軽く肩をすくめる。


「お互いの力量を正確に知っておくのは、行動を共にする上では必要なことだと思うからね」

「おまえのその合理的な考え方はきらいじゃない。天才ゆえの鼻につく性格は微妙だけどな」

「それに対しては失礼ねと怒らせていただくわ」

「ま、その程度の怒りは甘んじて受けよう。それなりに眼福がんぷくなものも見せてもらえているし?」


 リオネルがミーティアの胸当たりを指す。

 いつの間にか着替えさせられたのだろう。ミーティアが身につけていたのは薄い寝間着だ。

 誰のものかわからないが、胸元が開きすぎている。おまけに発熱で汗をかいたのだろう。布が肌に張りついて、身体の線がはっきり見えていた。


「なにか羽織らせてくれてもよかったのではなくて? このスケベ騎士」


 真っ赤になったミーティアは思わず枕をぶん投げる。それなりに重たい枕はリオネルの顔に見事に当たった。


「ははは、そういう反応はまだまだ子供だな」

「はあ? ひとを子供扱いしないでくださる?」


 急いで毛布を胸元にかき集めながら、ミーティアは無礼な騎士をにらみつける。騎士のほうはにやりとしたまま立ち上がった。


「安心したよ。感情を排除した考え方や聖女としての優秀さは群を抜いているが、ちゃんと年頃の娘らしい恥じらいの気持ちもあるんだと思ってな」

「馬鹿にしないで、当然でしょう?」

「ああ、だからほっとした。おまえはちょっと……年の割に生き急いでいる感じがある。もっと自分の娘の部分を大事にしろよ」

「……」

「着替えを持ってきてもらえるように街長まちおさの娘に頼んでくる」


 リオネルはそう言い残すと、ひらひらと手を振って客室を出て行く。

 上手く転がされたような気がして、ミーティアはつい枕をもう一つ扉に投げつける。が、だるい身体では上手くいかず、枕はぼふんっと床を跳ねた。


「まったく、自分だって言うほど年上ってわけでもないくせに」


 とはいえ……気にかけてもらえたということはわかるので、ミーティアは悔しい気持ち半分、ちょっと嬉しいようなくすぐったい気持ち半分で、残った枕に再び頭を預ける。

 その口元には自然と笑みが浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る