第4話-1

 ――ああ、胸がざわざわする。


(無理なんてするものじゃないわね。熱を出して倒れると、決まってこの夢を見る……)


 ミーティアは思わず眉をひそめながら、眼前に広がる光景を見やる。

 そこには、鬼のような形相ぎょうそうおうぎを振るう貴婦人と、扇にぶたれうずくまる幼い少女の姿があった。

 貴婦人は何度も扇を振り下ろしながら、美しく整えていたはずの髪を振り乱して、狂気じみた声で叫ぶ。


『あんたなんて生まれてこなければよかったのよ! あんたがいるせいで、なにもかも上手くいかない! なんであんたは生きてるのよ!?』


 ヒステリックな叫びを聞いて、ミーティアは思わず「はぁ……」とため息をつく。

 大声でわめく貴婦人の前で、幼い少女は頭をかばいつつ、ただうずくまって嵐が過ぎるのを待っていた。

 ミーティアはその子を見ながらぽつりとつぶやく。


「そんなふうに怒鳴られても困るわよね。なぜ自分が生きているのかなんて、考えたところで答えがないんだもの」


 ――そのとき、頬になにか温かいものがふれた。

 思わず手を重ねると、ふれているものがゴツゴツした大きな手だとわかる。


『――おい、そろそろ起きろ』


 そんな声が頭上から聞こえてきた。なんだか不機嫌そうな男の声だ。

 その瞬間、ミーティアの身体はふわっと浮き上がり、闇に沈んでいた意識が一気に明るいところへ出て行くのを感じられた。




「ん……?」


 まぶしさを感じて目を開けると、ぬっと誰かの顔が視界に入り込んできた。


「お、起きたか。熱が下がってきたからそろそろだろうと思っていたけど、目が覚めたならよかった、よかった」


 のんびりした声で言ってきたのは、いつもよりつやのあるダークブラウンの髪をした、騎士隊長のリオネルだ。


「……目覚めてすぐに見るのが、あなたの顔とはね」

「なんだよ、不満か? これでも顔はいいほうだと自負しているが」

「そうね、確かに、ハンサムな部類に入る顔だと思うわよ」

「部類って」


 リオネルはいやそうに苦笑しつつも、ミーティアが身体を起こそうとしたのを見て、すかさず介助してくれた。


「ここは……?」

「街長の家の客室。滞在中は聖女様に自由に使っていただきたいだとさ」


 ほら、と水差しから注いだ水を手渡しながらリオネルが説明する。

 彼が積み上げてくれた枕に背を預けながら、ミーティアはありがたく水を飲んだ。


「あぁ、美味しい水ね……」

「このあたりはまだ【神樹しんじゅ】の加護が届いているらしいからな。それでも土地が痩せているのは、単純に気候の問題だったらしい。おまえの祈りのおかげで土が潤った感じがあるから、今年の収穫はきっと大丈夫だろう」


 リオネルの説明にミーティアはほっと息をつく。そして部屋をぐるりと見渡した。

 客室という室内には、寝台と応接用の机、長椅子、衣装棚が置かれていた。ミーティアの荷物は衣装棚のかたわらにまとめてある。護符を書くためのものだろう。羊皮紙などの紙が机にたくさん詰まれていた。


「紙は騎士たちに集めてもらった。国境の強化のために必要だろう? 半分以上、紙と言うより木の板とか皮とかになっているけど」

「見栄えさえ気にしなければ、それで充分だから大丈夫よ。持ち運ぶのが大変そうだけど」

「おれたち騎士が運ぶさ。……うん、会話もできるし、顔色も悪くないな。腹は減っていないか?」


 会話のあいだミーティアの様子をつぶさに見つめていたらしく、リオネルは少し安心したようにほほ笑んだ。

 思ったより心配をかけていたみたいだとわかって、ミーティアも少し反省する。


「……ありがとう。今は大丈夫。まだ少しだるいし」

「あれだけ力を使ったんだ。そりゃあそうだろう。それでなくても、昨日の夜に倒れてから今まで、まるまる十二時間も寝ていたわけだし」

「あら、じゃあ、もうお昼近い時間なのね」


 我ながらよく寝たなぁと少しびっくりしてしまった。

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