第3話-2

「大丈夫か? すぐに助けてやるからな!」

「おい、水を持ってきてやれ。かなり衰弱すいじゃくしているようだ」

「こっちに聖職者がいたぞー!」


 騎士たちの声がこだまする。それもあちこちから。

 それくらい、中央神殿に仕えるはずの聖職者も聖女も、二、三人の少ない単位で、方々に監禁かんきんされていたのである。


 騎士たちによって物置のような小部屋や、光も差さない牢から出された聖職者や聖女たちは、ほとんどの者が安堵あんどで泣きながら水や食糧を受け取っていた。

 気を失って倒れ込む者も少なからず存在した。特に聖女はだいたいが二十歳前後の若くたおやかな者ばかりで、過酷な環境に耐えきれず体調を崩している者は多かった。


 リオネルも足腰を行かして先行しながら、あやしいと感じたところを片っ端から引っぺがして、聖職者たちの救出に奔走ほんそうした。


「大丈夫か? 水を持ってきているぞ、飲めるか?」


 新しく助け出されたのは、両手両足を縛られて転がされていた聖職者だ。彼は一人で閉じ込められていた。おまけに猿ぐつわまで噛まされている。

 まずは口元を解放してやり、水を飲ませると、聖職者は「ありがとう」とかすれた声で感謝を述べた。


「いいって。あとで王国騎士がこっちにもくる。縄は解いてやるから、彼らに保護を頼んで――」

「わ、わたしのことはいい、それより、なんとかミーティア殿に連絡を取ることはできないか?」


 勢い込んで咳き込みながら、聖職者は必死に訴えた。


「ミーティア? 彼女がどうしたんだ? ここにくるまでも助けた聖女が、彼女ならボランゾンに話をつけられるとか言っていたけど……」


 だが聖職者は「話をつけるなんて段階じゃない」と激しく首を振った。


「先日も魔鳩マバトが【神樹しんじゅ】の皮を積んだ荷箱を運ぼうとしていたんだ。ボランゾンたちめ、この国を破滅させるつもりだぞ……!」

「どういうことだ? というかあんた、魔鳩が【神樹】の皮を運んでいたことを知っているんだな?」

「えっ、き、騎士殿もご存じで……?」


 リオネルは聖職者の縄を剣で切りながら名乗った。


「おれは王国騎士団第三師団、第二隊隊長のリオネル・アディッカンだ。北の辺境に詰めていて、途中から合流したミーティアとともに国境守備に当たっていた」

「……ああ! 確かミーティア様の追放先は地方第五神殿……ということは、あなたがミーティア様と一緒にいた隊の方だったのですね」


 聖職者は少しほっとした様子で相好そうごうを崩した。


「いくらミーティア様と言えど、魔物がうじゃうじゃいる北に行かせるのは……と思っていましたが、強化人間で、封印の宝石もお持ちのあなたと合流できれば、大丈夫かもしれないと皆で励まし合っていました」

「へぇ、それくらいミーティアが心配されていたと」

「そもそも、ミーティア様が追放されることは聖職者も聖女も誰も望んでいませんでしたよ」


 話し続けて疲れたのか、聖職者はそこでゲホゲホと咳き込んだ。


「大丈夫か? ほら、こっちに寄りかかって休んでいろ」

「申し訳ない……。まさかボランゾン様があんなふうになるとは思わず。グロリオーサが謹慎きんしんとなった時点で、おかしいと思っておくべきだったのに……」

「グロリオーサ? 誰だ、それ」

「ミーティア様が去られてから首席聖女となった、まだ十六歳の聖女です」


(……そういえばミーティアは、首席聖女をかけた試験で下位だったから追放されたとか言っていたな)


 その対戦相手が、そのグロリオーサという娘というわけか。


「グロリオーサは今どこに?」

「わかりません……。ただ、あの子はしきりにボランゾン様を止めなければと言っていました。同時にミーティア様を呼び戻して欲しいと。自分の手には負えないと……」


 どうやらそのグロリオーサにも話を聞くべきだ。だが現状、どこにいるかわからないとは。


(助けられた聖女の中に交ざっていればいいが、首席聖女という立場上、たぶんこの聖職者と同じく一人隔離かくりされていそうな気がする)


 聖職者はぜいぜいと息を荒らげながらも、再び水を飲み口を開いた。


「もしかして、三日前くらいに飛び立った魔鳩が、【神樹】の皮を運んでいるのを見ましたか……?」

「ああ、見た。というかその魔鳩、怪我をして、ちょうどおれたちがいたところに墜落してきた感じなんだ」

「ああ、告白し、懺悔ざんげします。魔鳩に傷をつけたのはこのわたしです」

「あんたが?」


 さしものリオネルも目を見開いて驚いてしまう。聖職者は無念そうに歯がみしながらうなずいた。


「もうこれ以上、国の外に【神樹】の皮を運ばせてなるものかと思って……。魔鳩には悪いことをしましたが、怪我を負わせれば途中で墜落して、どのみち国の外には出られないだろうと思ったのです」

「まぁ、もくろみ通りだったな。本当に褒められたやり方じゃないが」

「承知しています。それに、途中で落ちれば、上手くミーティア様と合流できるかもと思いました。ミーティア様に早くお戻りいただきたくて、伝言も記したのですが」

「――あの白い布か! あれもあんたが仕込んだ奴だったのか」


 リオネルの反応に聖職者は少しにやりとしながら「仕込んでいた甲斐かいがありました」とつぶやいた。


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