第2話-7

「『神託しんたく』にあった『助ける、ゆえに、そなたも助けよ』の、最初の『助ける』って、おまえを物理的な暴力から守ってやるっていう女神の言葉だったってわけか。……だとしても、やり方がエグすぎるだろう」


 十歳の子供のトラウマになるような方法を……とリオネルは至極いやそうな顔をして見せた。


「女神様の道理に、人間の倫理りんりは当てはまらないということでしょう」

「いや、そうかもしれないけど。振り切れすぎだって。そりゃあ女神なんだから、振り切れていて当然かもしれないけど……」


 やるせねぇえええ、とリオネルは頭をガシガシと掻き回した。


「まぁ、とにかく、そういう経緯でわたくしは中央神殿に引き取られて、聖女としての修行をはじめたというわけ。わたくしが持つ聖女としての力は、まさに『天』から与えられた『才』――天才ゆえのもの、ということなのよ」

「上手いことを言えと言った覚えはないぞ」

「ただ事実を述べただけよ」

「あいかわらず可愛くねぇな」


 とはいえ、思うところはあったようだ。「女神様って奴は残酷だな」とリオネルはぽつりとつぶやいた。


「おまえに与えられた力……というか『神託』は、【神の恩寵おんちょう】というよりは【呪い】に近いものがある気がする。おまえのことを助けるし、力も与えるから、助けろ――っていうのが『神託』の内容なわけだろう?」

「そうなるわね」

「助けろ、って、つまり女神のことを助けろってこと? ……地上住みのおれたちにとっちゃ、天上には死後の世界だ」

「その代わり、女神様は我々人間のために、地上にあるものを残した」

「それこそが、この神聖国の要である【神樹しんじゅ】ってわけなんだな」


 リオネルはぎゅっと眉をひそめた。


「つまり女神は【神樹】を助けろって、おまえに『神託』を下したわけか」

「現状を考えればそうなると思うわ。でもこうなる前は、わたくしは文字通り『人助けをしろ』という意味に受け取っていたの」


 八年に及ぶ聖女生活を振り返りながら、ミーティアはぽつぽつつぶやいた。


「わたくしの力の中でも、もっとも強いのは癒やしの力。だから、二百年ごとに現れていた力の強い聖女や、『救国の聖女』と同じように、人間を病や自然から助けろという意味だと受け取っていた……」


 力を与えられたからには、それを使っていかなければならない。

 不本意な形になったとはいえ、女神に命を助けられたのは事実なのだ。その女神が与えた力と使命があるなら、自分はそれをまっとうしなければならない。


 神殿にやってきたミーティアはその考えのもと、聖女としての修行に励んだ。

 ただ力が強いだけでは、また女神の力が暴走して誰かを傷つけてしまうかもしれない。


 わたくしはひとを傷つけるのではなく、助けなければならないのだ――。


「そうとう、努力したんだな。力を強くするというよりは、制御するために」


 リオネルがぽつりとつぶやく。


 ミーティアはいつも通り「そんなわけないでしょ」としれっと返そうと思った。天才たる自分にとって努力など無用の長物だと。

 だが――事情を洗いざらい話した彼相手に強がるなど愚の骨頂だ。ミーティアは素直に「ええ」とうなずいた。


「実技はともかく、座学ざがくは勉強しないことには首席を取ることなんてできないもの。治癒は習わなくてもできたけど、護符は書き方を覚えないとどうしようもないし。結界を張るのも、最初は下手くそだったわ。加減がわからず広範囲に展開しすぎて、力尽きて倒れてしまうことも、しょっちゅうだった」


 それに大きく強い力を使うことも恐ろしかった。また力が暴走して、あの光が出てきたらどうしようと思うだけで、心臓が重く鼓動を打って冷や汗が噴き出したものだ。


 今のこの実力を手に入れるまでに、陰で必死に努力を重ねてきたのだ。

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