第2話-9

「ひとの願いの数だけ星があるなんて言うけどさ、実際は星の数よかずっと多く、願いのほうが存在していると思ってる。おれだって願いというか欲望まみれだ。魔物を片っ端から倒したい、民を守りたい、部下たちにも……死んでほしくないし、怪我もしてほしくないんだよ」


 ぽつりとつぶやいて足下を見たのは、これまで守れなかった者たちに思いを馳せたからだろうか。

 助けられなかった命のぶんだけ、彼は深くうなだれているように感じられた。


「こういう仕事だけに、大局を優先して部下を見捨てる決断をしたことも何度かあった。ぶっちゃけ、誰かに人殺しとか言われるより、自分の意志で見殺しにすると決めたことのほうが、おれにとってはずーんと落ち込むことだ」

「……そうでしょうね」

「そういったことも、本当はなければいいのにと思うよ。贅沢な願いだから、普段は口には出さないけどさ」

「……そうね」

「どんな状況であれ、見殺しにしていい命なんて本当はない。……同じように、死んだほうがいい命っていうのも、この世には絶対にないと思ってる」


 顔を上げたリオネルはミーティアを振り返り、彼女と正面から向き合った。


「もし、おまえが『神託しんたく』とやらを受けなかったとして……天才的な聖女の力を得なかったとして、だ。それでもおまえには、生きていっていい価値がちゃんとあるんだよ、ミーティア」

「……」

「命は、生まれるだけで、そこにあるだけで価値がある。そうだろ? なんの力もない弱い人間は死ねなんて、普通は誰も思わない」

「……そうね」

「……おまえにとっちゃ、もしかしたら不本意な助かり方だったかもしれないが、それでもおれは、おまえが生きていてくれてよかった。こうして会えてよかったよ」

「……」


 ミーティアは思わず自分の膝に視線を落とした。


「……なんだか今生こんじょうの別れみたいじゃない。やめてよね、そういう言葉で泣かせようとするのは」

「なんだよ、泣いてるのか?」


 リオネルが近づいてきて、ミーティアの顔をのぞき込んでくる。

 泣いてなんかいないわよ、と言いたいのに……ミーティアの瞳は涙で潤んでいた。


「……妙な重荷を背負わされて、大変だったな。確かに、弱音も吐けなくなるわけだ」


 再びミーティアの隣に座ったリオネルは、彼女の肩を自分のほうに抱き寄せる。

 ミーティアは鼻をすすりながら、彼の肩に頭をもたせかけた。


「力を授かったなら使わなきゃいけない。それはわかる。けど……そうしなきゃ自分に生きている価値はない、とは考えるな。何度でも言うぞ。命っていうのは、ただ生きているだけ、存在しているだけで価値がある。ただそれだけで大正解。な?」


 ミーティアは無言のままこくりとうなずく。

 口を開けたらまた嗚咽おえつが出てきてしまいそうで、返事はできなかった。ただでさえ我慢できずに涙がこぼれていくというのに。


(わたくしも、会えてよかった)


 この、ちょっと口が悪くて飄々ひょうひょうとしていて、でも懐が大きく言葉を惜しまない騎士隊長に。


 彼が歩んできた道を思う。決して平坦ではなく、平穏も少なく、どちらかといえば茨道であっただろう。それでも彼は逃げることなくここまで歩いてきて、ミーティアのことを抱きしめてくれる。


 このぬくもりのそばにいたいと、ミーティアは自然と感じはじめた。


 リオネルがどう思っているかはわからないし、知りたいとも思わないが、もう少しの時間、ただこうして寄り添っていたい。

 そばには誰もいない。二人を見ているのは満天の星空だけだ。

 涙でにじんだこの夜空を、きっと忘れることはない。


 胸に芽生えたこの気持ちも、またたく星の光のように、ずっと消えることもないのだろうと思えた。

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