第3話-1

 翌日は日が昇ると同時にあわただしく支度がはじまった。


「もうちょっとゆっくりできるかと思ったけど、やっぱ無理だったな」

「そりゃあそうだ。おれたちに暇はないさ。丸一日たっぷり休めただけでも儲けもんって奴よ」


 旅立ちの支度をしながらも、騎士たちの顔は晴れやかだ。

 そもそも魔物退治に命を賭けてきた者たちである。安全な場所に留まってのんびりしているよりも、現場に出て戦ったほうが気が晴れるのだ。


 とはいえ中央に戻る部隊は、なにが待っているかわからない場所に向かうわけだし、ここに留まる者は、いつまたあの巨大魔物がやってくるかと戦々恐々とする日々を送ることになる。

 どちらに行こうと茨道。それでも、停滞するより動いたほうがいい。それが騎士たちの総意だった。


 騎士たちが支度を調えるあいだ、ミーティアもあちこちを回って護符を貼り、祈りを施した。水と土地にも祈りを捧げて、瘴気しょうきが遠ざかるよう手を尽くす。


「行ってしまうのね……。なんだかさみしくなるわ」


 ミーティアについて回っていたチューリが、いよいよ出発という時間になってぽつりとこぼした。


「わたしもさみしいです。チューリ様とお別れするのは」

「どうか気をつけてね。無事を祈っているから」

「ありがとうございます」


 二人の聖女はどちらともなく涙ぐみながら、ひしと抱き合って別れを惜しんだ。


「じゃあ爺さんたち、【神樹神樹】の皮入り荷箱のこと、よろしくな。――よし、魔鳩マバトの準備も完璧。ミーティア、そろそろ行くぞ」

「ええ」


 リオネルに声をかけられ、ミーティアは彼の隣へ移動した。


「じゃあ、おれたち中央組は今から出発する。セギン、あとを頼む」

「お任せを」


 こちらに残る部隊のリーダーとなる副隊長セギンは、頼もしい笑顔でうなずいた。


「隊長も無理せず。手紙でもなんでも、出せるときは必ず連絡をください」

「ああ」

「聖女様も、どうかお気をつけて。言われるまでもないとは思いますが、中央……特に神殿がどうなっているのか、見当もつきませんからね」

「不穏なことになっているのは間違いないだろうがな」


 リオネルの突っ込みに、ほかの騎士たちも「ですね~」と深くうなずいていた。


「【神樹】もそうだし、聖職者たちもなにを考えているのか……。本当に、本当に気をつけてね、ミーティア様」


 チューリも硬い表情で言葉を重ねる。チューリの隣にたたずむ二人の老聖職者たちも「気をつけてなぁ」と声をそろえる。

 ミーティアはしっかりうなずいた。


「よし、それでは出発! おれとミーティア、それとヨークとロイジャが魔鳩に乗っていく。残りの者は馬で必死に追いかけてこい!」

「はい!」

『クー!』


 雰囲気に当てられ魔鳩まで威勢のいい声を上げる。騎士たちは思わず笑ってしまうが、すぐにおのおのの位置に着いた。


「よし、ミーティア、こい」


 先に魔鳩の背にまたがったリオネルが手を差し伸べてくる。しっかりその手を握ったミーティアは、ほどなくリオネルの前に乗せられた。


 残り二人の騎士も怖々と魔鳩の背にまたがる。「羽がつるつるしてて落ちそうなんですけどー!」と死にそうな顔をしていたが、そこは魔鳩の運搬能力と、魔鳩を両足でしっかりはさむリオネルの足腰を信じるしかない。


「ほら、命綱いのちづなをつけて、おれの身体に巻き付けろ。安心しろ、おれの足腰ならこいつの身体をしっかり挟んで、おまえらのことも支えられるから」

「本当ですかぁ~……?」

「これで振り落とされたら、隊長のこと一生恨みますよ」


 騎士二人はぶつくさ言いながらも、しっかり命綱を腰に巻いて、リオネルの腰にもくくりつけた。ミーティアもリオネルに同じようにしてもらう。


「よし、準備いいな? じゃあ、出発!」


 即席で作った手綱をリオネルが引っぱる。魔鳩はバッと真っ黒な翼を広げ、大きく羽ばたいた。

 二、三回ほど羽ばたくだけで、あっという間に神殿の屋根より高いところへ上がる。おかげで背後の騎士二人が「ぎゃあああ!」と死にそうな声を上げていた。


「思い切り飛ばすぞ! おまえら二人、振り落とされるなよ!」

「えっ、ちょ、待っ、高すぎて無理……っ! うぎゃああああ――!」


 哀れな騎士たちの悲鳴など、どこ吹く風。


 久々に空を舞った魔鳩は嬉しそうに『クルッポー!』と鳴きながら、うっすら見える【神樹】に向けて猛スピードで飛んでいくのであった。

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