第51話 目覚めと謝罪①

 フレアさん達が帰ってからしばらく経ってそろそろ昼休みに突入する頃、一つの足音と共に扉がノックされた。



「ロゼリアだ、今大丈夫か?」


「はい、大丈夫ですよ」



 来訪者の正体はロゼリアさんで特に問題もないと思った俺はそのまま入室を促した。



「失礼する。少しだけ君と話がしたくてな。だがその前にお礼を言わせてくれ、君が居なければ我が学園にはもっと膨大な被害が出ていただろう。本当に感謝する」



 開口一番、感謝の気持ちを伝えてくるロゼリアさんに少し呆気に取られながらも俺は特に返答をしなかった。俺自身、ギルガイズとは自分のために戦ったので過剰に感謝される謂れはないが、この学園の生徒を救ったのもまた事実だ。



「俺はてっきり、初めに謝罪されると思ってました」



 なので、疑問に思ったことを口にして適当に会話を繋ぐことにする。

 


「そうだな、私も今回の件に対して罪悪感がないわけではない。もし私があの場に居れば死者を出さずに済んでいたと後悔もしている」



 一見、傲慢ごうまんとも取れる言葉だがロゼリアさんが言うのなら事実なのだろう。だからこそ、その後悔はよく分かる。助けられたはずの人間を死なせてしまう。それは騎士であるロゼリアさんにとってきっと辛いことなのだろう。



「だから、ギルガイズと戦った生徒会のメンバーやフレア達には謝罪をした」


「では、なんで俺にはないんですか?」


「それは、私が君を認めているからだ。私たちレベルになると霊人の領域に至ることで初めて戦闘が成立する。だからあいつらは半人前の守るべき生徒だ。だが、君は未完成とはいえ自力で霊人へと至って実際にギルガイズを退けることに成功している。なら、私が謝る必要はないだろう」



 それは、なんとも嬉しい言葉だった。ロゼリアさんからすれば俺なんて相手にすらならないだろう。それでも保護対象ではない一人前だと認めてくれているのだ。



「そういえば、ロゼリアさんに聞きたかったんですけど霊人ってなんですか?」



 だから俺はロゼリアさんに聞こうと思っていたことを聞くことにした。霊人になることが一人前の証ならまだ完全に霊人になれてない俺は半人前だ。そして、もし今後同じようなことが起きた時に俺がレイを守れる保証はない。少なくとも、ギルガイズがレイを狙いに来たのなら俺では守りきれない。



「そうだな、霊人とは霊装の根幹である願いを完全に引き出したもののことだ。それ故、霊人になるには幾つかの条件を満たす必要がある」


「その条件とは?」


「条件は二つ、まず一つ目が霊装の熟練度を最大限にすることだ。これに関しては霊装の強さによって最大値も変わるのでどうしても個人差が出てしまう。次に二つ目だがこれは霊装の根幹となる願いを完全に理解することだ。その願いを誰がどのようにしてどういう気持ちで願ったのか、感覚としてそれを理解し霊装自身に認めてもらう。この二つのことが出来てようやく霊人へと至ることが出来る」



 ロゼリアさんから提示されたその条件は一見、簡単なようでいてその難易度はかなり高い。まず、霊装の熟練度を最大にするということだがこれに関しては問題ない。要はどれだけ霊装を使いこなせるかなので時間が解決してくれるだろう。



 問題なのは二つ目の霊装に認めてもらうという所だ。霊装とは願いの結晶でありその願いの根源は千差万別で、例えばフレアさんの炎で言うのなら、温まりたい、全てを燃やし尽くす、暗闇を照らす、生肉を食べるために焼く、酸素を消す、放火願望、など炎で連想出来る願いなどいくらでも思い付く。そもそも、複数人の願いが集結した集合型や複数の違う願いが複合された融合型の霊装ではまた話が変わってくる。



「では、霊装解放とは何ですか?」



 取り敢えず、霊人へのなり方は分かったので俺は次に霊装解放について聞いてみることにした。霊装解放とはギルガイズが極重力球ブラックホールを使う前に言っていた単語で恐らくこれも霊人に関連するものだろう。



「そうだな、霊装解放とは霊人へと至った人間だけが使える霊装の願いの全てを引き出した技だ。願いの根源の具象化と言っても過言ではない。私の場合なら圧倒的な身体強化だし、ギルガイズは確かブラックホールを創り出すものだっただろう」



 改めて説明を受けるとなるほどと頷ける内容だった。恐らく、ギルガイズの場合は霊装の根源的な願いがブラックホールによる破滅でその副産物として重力操作系の霊装が使えるだけなのだろう。だが、そうなると俺の霊装の能力だけでは根源的な願いに辿り着くのが非常に困難になってしまう。



「俺の霊装は強化系ですけど、強くなろうとして霊人になれる気がまるでしないんですよね」


「まぁ、当たり前といえば当たり前だな。そもそも、霊人へと至れる人間はこの世界でも一握りだけだ。素質はかなり高いと思うがそれでも君の年齢でなれる人間など皆無だ」



 まぁ、世の中そんなに甘くはないか。でもなぁ〜、ベルリアとかマサムネなら霊人の情報さえ知っていればしれっと至ってる気がするんだよな。



「そういえば、ロゼリアさんはいつ霊人になったんですか?」


「私か?そうだな確か十四歳の頃だったか、友人が人身売買をしている組織に誘拐されてな、単身乗り込もうとしたのだが当時の騎士共に危ないからと止められて邪魔だったから霊人になって吹き飛ばしたというわけだ。因みに、霊装は六歳の頃にクマに襲われたことがあってな、

その時熊が自分を見下ろしてたのが気に食わなくて霊装に目覚めてその晩は熊鍋だった」



 どこか照れ臭そうに話すロゼリアさんを見て俺はもう考えるのをやめた。出てくる逸話がいちいち常識を逸脱してるのはどうかと思う。



「でも、そんなロゼリアさんと父さんはライバルだったんですよね」


「あぁ、そうだ。私は完全な力押しだったがロイドの霊装は技量に極振りしてたからな、あの当時、私とまともに戦いが成立していたのがロイドだけだったという話だ」



 どこか遠い目で懐かしむように話すロゼリアさんを見て俺も少しだけ昔のことを思い出す。でも、未だ超えられない壁として父さんがいてくれるのはありがたい。ギルガイズに傷を付けたこと然り、やはり今の俺では父さんを超えられない。



「さて、そろそろ昼休みになるな。昼飯は生徒会のメンバーが持ってくるだろうから話を聞いてやれよ」

 

「分かってます」


「そうだ、君が所持していた毒付きナイフと拳銃の件は伏せておくから安心してくれ。だが、いつか君から話してくれることを切に願っている」



 それだけを言い残してロゼリアさんは俺の部屋を後にする。俺は今後に起こるであろう面倒ごとに思いを馳せながら束の間の休息を楽しむのだった。




◇◆◇◆




 ロゼリアさんが俺の部屋を出てからしばらく、昼休みのチャイムが学園全体に鳴り響きお腹が空いたなぁと考えていると予想よりも早く部屋の扉がノックされる。



「すみませんレイドくん、ティア・リーベルです。昼食を持って来たのですが今大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ、遠慮せずに入ってきてください」



 その声はどこか怯えてるような、遠慮しているような声で普段のティア先輩からは想像できないものだった。でも、居留守を使うわけにもいかないので俺は入室を促す。



「「「失礼します」」」



 部屋に入って来たのはティア先輩、ラシア先輩、レオ先輩の生徒会メンバーの三人だったが仕事のせいか皆かなり疲れているようで特にティア先輩は俺より酷いのではないかと思うほどに疲れ切っている。



「えっと、取り敢えずティア先輩は大丈夫ですか?」


「あはは、やっぱりレイドくんもそういう反応するよね。もうさぁ、ティアったら自分のせいでレイドくんの腕がなくなったって言ってずっとこの調子なんだよ」



 努めて明るくティア先輩の様子を伝えてくれるラシア先輩だったがラシア先輩自身も相当疲労が溜まっているようで無理しているのが一目見て分かる。



「まぁ、結果論ですけど俺は死んでませんし左腕も戻って来たのでもう気にしなくて良いと思いますよ」


「そんなの!無理に決まってるじゃないですか!」


「おっと、」


「ティア!」



 ラシア先輩に乗っかり少し明るくそう言った俺だったが直後、まっすぐ走って来たティア先輩に正面から抱きしめられてしまう。



「どれだけ………人がどれだけ心配したと思ってるんですか!なんで不満を言ってくれないんですか!もっと、もっと自分を大切に出来ないんですか!!」



 普段の凛とした様子からは想像も出来ないほどに泣きそうな声で必死に訴えてくるティア先輩に俺は返す言葉が見つからない。たとえ左手を失おうとそれが自分の選んだ行動である以上自己責任なので他人に不満を言う気にはならないし、自分を大切にするのはもっと難しい。



 そう思っていると今度はラシア先輩にも後ろから抱きしめられてしまう。



「私も結構心配してたんですよ、レイドくん。」


「ラシア先輩?」


「守ってもらえたのは乙女として凄く嬉しかったですけど、もしレイドくんが死んでたら私はきっと人生を棒に振るっていた。そう思えるほど私はレイドくんのことが好きなんですよ」



 ラシア先輩からの突然の告白に俺は素直に感心する。俺のことを犯罪者の息子として認識しても尚、あの時の恋心が冷めていないのだからラシア先輩が俺を好きな気持ちはきっと本物なのだろう。でも、今回の一件で自分の弱さを知ってしまった以上俺はその気持ちに応えることは出来ない。



「ありがとうございます。お二人の気持ちは今後、大切にしていきます」



 本当に自分が嫌になる。一切の違和感なく笑顔と優しい口調を作りながらも俺の内心に二人の気持ちを取り入れるという考えは一切ない。自分が死ねば悲しむ人がいる、その事実を理解しても尚、自分が死ねば関係ないと思ってしまう。



「なんだか、レイドくんに抱き付いていると安心してしまいますね」


「確かに、レイドくんの背中って大きいよね」



 確か前に借りた本に異性に三十秒ハグされると心が落ち着き精神が安定するというものがあったがどうやら俺には適応されないらしい。人肌の温もりに何も感じることが出来ない。



「そうですね、こんな所誰かに見られたらまたヘイトが集まりそうです」



 今の俺の状態はまさに両手に花と言うのが相応しく、こんな所を誰かに見られでもしたらまた良からぬ噂が立つことだろう。



「そうですね、せっかく持って来た昼食が冷めてしまうので続きは放課後にしてください」



 どこか呆れた口調でそう声を掛けてくるレオ先輩に俺たち三人はバツが悪そうな顔をつくり振り返る。よく見るとレオ先輩の手には昼食のトレイが人数分乗っかっている。



「すみませんレオ、ついレイドくんに気を取られてしまって」


「いやぁ〜、素で忘れてた。本当にごめんねレオ」


「いつものことですのでお気になさらず。レイドくんも僕に出来ることがあったら言ってください。ギルガイズとの戦闘であまり役に立てなかったこと実は気にしているんです」



 うん、今の会話だけでもレオ先輩が苦労人だということはよく分かった。それはそれとして生徒会の三人の仲の良さはなんだか見ていて安心出来る。



「はい、もし困ったことがあれば頼らせてもらいます」



 その後は、生徒会の書類仕事の多さに対する愚痴や学園での俺の評価が変わったことなど楽しい話をしながら四人で昼食を食べることにした。あと、俺とあ〜んがやりたいが為に昼食のメニューを食べ難いステーキにしたラシア先輩にはレオ先輩から説教がされた。




◇◆◇◆




 レオ先輩達が帰ってから時間が経った放課後、俺はそろそろサクヤが帰って来る頃だと思いベットの上で正座をして待っていた。



「ただいま、レイド」


「おかえり、サクヤ」



 しばらく待つと案の定、サクヤが帰って来たのだが俺は部屋に入って来たサクヤの様子に違和感を抱いていた。それは、何かが変だという違和感ではなく寧ろその逆でサクヤの口調や態度がいつも通り過ぎることに対しての違和感だ。



「レイド、晩御飯はどうする?お味噌汁は決定だけど、筋力も落ちてるしお肉の方が良いかな?」


「いや、ちょっと待ってくれ。他にもっと何かないのか?心配したとか、俺の秘密を話す約束はどうしたとか」



 あまりにも自然に晩御飯の話をされたので俺は慌てて他に聞きたいことはないのかと問い返す。直前まで相手していたのがティア先輩だったせいか余計に違和感がある。



「そんなに心配して欲しいの?でもそうだね、ずっと心配だったし勝手に怪我して約束破って、僕だって怒ってはいるんだけどね。今のレイドに届く言葉を僕は持ち合わせていないからレイドの秘密を含めて今は見守ることにするよ」



 その全て分かっていますとでも言いたげな態度に俺は何故か死んだはずの母さんのことを思い出していた。確か、俺が手のマメを隠して家に帰った時の母さんも今のサクヤと同じような優しい顔をしていた。



「仕方ないから話そうじゃなくてさ、レイドが本心から僕のことを信用して話すつもりになってくれた時に僕は話を聞くよ」



 いつも思うけど、やっぱり俺はどこかサクヤには勝てないような気がする。精神的な部分で俺は何か決定的にサクヤに負けている気がする。



「なぁ、サクヤ。実は俺のクラスの友達とか生徒会のメンバーで俺の介護をするって話になってるんだけどどうしたら良いと思う」


「別に好きにしたらいいんじゃないの?僕は部屋に女子を何人連れ込もうと気にしないよ。というか、折角の学園生活なんだから恋人の一人でも作ったらどうなの?」



 これまた簡単に言ってくれるものだ。まぁ、作ろうと思えば簡単に作れるがやっぱり、そういうのは俺自身がもっと強くなってからだと思う。



「いや、当分は恋人はいらないかな。まだ探してる答えも見つかってないし」


「そうかな?もしかしたら恋人を作ることでレイドの探してる答えに辿り着くかもしれないよ」

 

「それはかなり魅力的だけど、流石にそんな理由で恋人は作りたくないな」


「だったら、しっかり誰かを好きになりなよ。僕もレイドの恋を応援するからね」



 それだけ話すと今度こそサクヤは鼻歌混じりにキッチンの方へと行ってしまう。その後、サクヤの作った手料理を食べたのだが不思議なことに、サクヤの作った味噌汁からは俺が人肌からは得られなかった温もりがたっぷりと感じ取れた。

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