第38話 愛弟子の想い

 俺の父さんが犯罪者であるロイドだと分かってから数日が経ち、すっかり剣舞祭での祝勝会の余韻よいんも無くなった頃、俺の学園生活は以前とは異なる様相を呈していた。 



 まず一番変わったことは学園の皆から感じる視線だろう。以前までなら皆が俺に向けてくる視線には畏怖いふや敬意、嫉妬といった感情が乗っかっていたのに対して、今は憎悪や軽蔑、嘲笑などが乗っかっている。



 もちろん、それ以外にも怒りや悲しみなど色々とあるが全てに共通しているのが負の感情が増えたと言うことだ。しかし、逆にリリムさんなんかは尊敬の念が強くなっていたり、マサムネからは同類が出来たとばかりに喜ばれたりしている。



 次に言動だが、これに関しては予想外なことにあまり変化はない。もちろん、遠目からの罵詈雑言はあるものの、子供の頃みたいに直接的な暴力や俗にイジメと呼ばれているようなものはない。



 その代わりに、以前なら良く話していたフレアさんは未だにご機嫌斜めみたいで最低限の用事の時しか話してくれないし、ソフィアさんには相変わらず朝の挨拶を無視されている。逆にリリムさんは以前より良く話しかけてくれるようになったりしている。



 他にも、生徒会の先輩方は普段と変わらずによく接してくれているし、バンス先生なんかも放任主義ではあるものの超えてはいけない一線だけは気をつけているようで少しだけ俺たちのことを良く観察するようにはなった。



 そうして、色々と環境の変化はあったものの実のところ俺の心情は一切変わっていなかったりする。まぁ、これに関しては俺自身ベルリアやマサムネとの戦いで感じてはいたのだが俺は自分に対する敵意に全くと言って良いほど興味がないのだ。



 それが環境のせいなのか生まれ付きなのかと問われれば恐らくは環境のせいなのだろう。



 父さんが処刑された直後は確かに自分が傷つくことに抵抗があった筈なのだ。しかし、今の俺はそれを感じることが出来ない。



 もちろん、俺とて機械ではないので信頼されて嬉しかったり、自分に出来ないことをする人には尊敬の念を抱くことだってある。それでも、決定的な部分で俺は壊れているのだろう。



 俺にとって敵と見なす相手は全てレイに害を与える存在であって、そうでない者なら大体は許容出来てしまう。それどころかレイを守る上で使えそうならば例え自分を殺しに来た暗殺者にだって心から笑顔を向けられる。



 まぁ、要するに優先順位として俺は自分の存在を底辺に置いているというだけの話だ。それなのに、いざ殺し合いになれば躊躇なく相手を殺せてしまうあたり自殺願望がある訳ではないのだと信じたい。



 と、そんな回想と思考をしているうちに俺は理事長室までやって来てしまっていた。そう、俺はまたもや放課後の呼び出しをくらい今度は理事長室にお呼ばれしていると言う訳だ。



「失礼します、レイドです」


「あぁ、わざわざ呼び出して済まない。入ってくれ」



 許可も得たことなので俺は特に遠慮することもなくロゼリアさんの待つ理事長室へと入っていく。



「良く来てくれた。折角の放課後なのにわざわざ済まないな」


「いえ、これと言って用事はありませんので気にしないでください」



 お互いに知らない中でもないので特に緊張なんかもなく軽い話に花を咲かせる。



「本当なら学園生活はどうだと聞いてやりたいところだが、聞くタイミングを逃してしまった。君が生徒会に入ってくれていることがまだ救いだよ」



 そう言うロゼリアさんは何処かいつものような元気がない。まぁ、当然と言えば当然だ。ロゼリアさんは父さんの真実を知っている数少ない人物の一人だ。そんな人間が今の俺の状況を見て何も思わない筈がない。



「本当ならこの状況を私がどうにかしてやりたいが理事長の立場がそれをさせてくれない。本当に、ロイドに合わせる顔がないな」



 それはきっと俺に向けられた言葉ではないのだろう。でも、父さんの代わりに俺がその答えを返してあげよう。



「死人に口なしなので分かりませんが、きっと父さんなら『お前のせいじゃないぞ』って笑ってると思いますよ。ついでに『俺の息子なら大丈夫だ』くらい言ってくれてれば良いんですけどね」


「ふふっ、生徒に慰められているようでは本当に合わせる顔がなくなるというものだな。やはり、君はあいつの息子だよ」


「それは、俺にとって最高の褒め言葉です」



 冗談めかして言う俺にロゼリアさんも少しは機嫌を直してくれたようでそんな褒め言葉が返ってくる。まぁ、褒め言葉とは言っても事実とは大分異なるし今更俺に父さんのような騎士を目指す理由はないんだけどね。



「それで、何故俺は呼び出されたのかそろそろ教えてもらえませんか?」



 流石にいつまでもこうして話している訳にもいかないので俺は早速本題を切り出してもらうことにする。



「あぁ、そうだったな。実は今日君をここに呼び出した目的は二つ、一つ目は私個人としてキミに謝罪がしたかったからだ」



 そう言ってロゼリアさんは座っていた椅子から立ち上がると俺に向けて頭を下げて来る。



「本当に済まなかった。こうして君に謝るのは二度目だが私はいつも遅れてくることしかできない。だが、どうかまだ見限らないでほしい。生徒たちもきっともっと時間を掛けて君のことを知っていけば君に対する対応だって変わる筈なんだ」



 それは謝罪というよりはお願いだった。普通なら聖騎士でありクルセイド騎士学園の理事長をしているロゼリアさんが俺のような一生徒に頭を下げるなどあり得ないだろう。だからこそ、ロゼリアさんのその想いが本物だと伝わってくる。



「そんなに心配しなくても俺は未だに知りたいことの答えは見つけられていませんよ。それに、ティア先輩たちにリリムさんやサクヤ、数こそ少ないものの俺のことを俺として見てくれる人だっています。意外と居心地良いんですよね、この学園」



 これは本心だ。正直、俺がこの学園に馴染んでいる気はしないし時折、俺みたいなのが居るべきではないと思うことだってある。それでも、俺はこの学園に来てから人間のみにくさだけでなく美しさを知れていると思う。



 騎士としてではなく一人の人間として尊敬出来る人間がこの学園には幾人も存在している。そういう人たちの成長や苦悩を見ているのも割と悪い気はしないのだ。



「それはそうだ、何せ私の作った学園なんだからな」


「そうでしたね」



 さっきまでの謝罪の雰囲気は何処へやら俺とロゼリアさんは再び気軽な会話を繰り返す。しかし、この謝罪は本題ではないのだろう。



「それで、二つ目は何なんですか?」


「あぁ、そうだったな。実は君にどうしても会って話がしたいという人物が居てな、君にその人物と話してほしいんだ。もちろん、その人物は君も良く知っている人だ」



 俺と話したい人物と聞いて俺が真っ先に思い浮かべたのはだった。



「何故話がしたいのかは分かりますか?」


「八年前のあの事件でその人の兄が亡くなっているんだ。そのことも踏まえて話がしたいそうだよ」



 それはまたなんとも言えない事実が浮上したものだ。仮にそれが本当だとしたら俺は斬られても文句が言えないな。



「まぁ、話し合いで済めば良いですけどね。それで、どこに行けばその人に会えるんですか」


「学園の校門前に馬車を待機させているそうだ。寮の門限は私がどうにかしておくから好きなだけ本音をぶつけ合ってくると良い」


「ありがとうございます」



 それだけ言って俺は理事長室を後にした。さて、結果がどう転ぶのかは分からないが彼女の剣がくもることが無いようにしないとな。そんなことを考えながら俺は馬車が停めてある校門を目指すのだった。




◇◆◇◆




「お待ちしておりましたレイド様。私はシリウス伯爵家の使用人をしておりますバイルと申します」



 校門へ着いてすぐ、他と比べても明らかに豪華な装飾が施されている馬車を見つけて俺がそこへ向かうとシリウス伯爵家の使用人の人が話しかけてくれる。



「俺はタロットさんの師匠をやらしてもらっているレイドと言います。タロットさんは中に?」


「はい、レイド様と話されるのを心待ちにしております。どうぞ中へお入りください」



 使用人の案内のもと俺が馬車の中へ入るとそこには俺の予想通りにセイクリット騎士学園の制服を着ているタロットの姿があった。



「どうぞ、入ってください。レイド師匠」



 そう言ってポンポンと自分の隣を叩くタロットに従って俺はタロットの隣の席へと座る。もっと怒っているものとばかり思っていたが俺の予想と反してタロットの声色は非常に穏やかだった。



 お互いに言葉のないまま馬車が動き始める。しばらく馬車に揺られながら静寂を持て余していたが初めに口を開いたのは俺の方だった。



「初めに断っておくと、俺はタロットに謝罪をする気は一切ない。文句なら聞くから好きに話してくれ」



 我ながら言葉選びを間違えた気もするが今回の件に関しては今更取りつくろう必要はない。俺が父さんのことを悪いと思っていない以上、タロットに形だけの謝罪をするのは違うだろう。



「私は生まれた頃から天才でした。既に三歳の頃に庭で落ちてくる木の葉を木剣で正確に切ったり五歳の頃にはそこら辺の大人には勝てるようになりました」



 そう言ってタロットが語り出したのは過去の思い出だった。その内容にツッコミたくなるのを抑えつつ俺は真剣にタロットの話を聞く。



「私は幼い頃からこの才能のせいか剣に関することなら大抵のことなら出来てしまいます。実は私の霊装、継承剣ロストブログはその在り方を変えながらも代々シリウス家の天才だけに受け継がれてきたものなんです。そのため、歴代でも最高の才能を持っていた私は当然継承剣ロストブログを所有していました」



 それはなんとも興味深い話だ。だがあり得ない話ではない。霊装とは願いの結晶であり、もしシリウス家の先祖が自分の技術を後世に託したいと死の間際に願ったのならそういう霊装だって作れるのだろう。



「ですが、幾ら才能があった私でもその霊装だけは発現させることが出来なかったんです。剣を振るのが楽しかったのでそれはそれで別に良かったんですけどね」



 そう言って笑うタロットはどこか悲しそうな表情をしていた。きっと、次に出る言葉がその原因なのだろう。



「そんな時です、私の兄セルト・シリウスが死んだのは。セルト兄さんは才能こそそこそこでしたが日々努力を欠かさずに私たち剣の一族にしては珍しくその剣で国民を守りたいと言っていました」



 確か、シリウス伯爵家は元々が剣の一族だったと前にフレアさんから聞いている。その中で純粋に国民を守りたいとはきっと優しい人だったのだろう。



「それでも、八年前のあの事件でレイド師匠のお父さんであるロイドさんによってセルト兄さんは殺されてしまいました」



 本当は父さんが殺したわけではないのだが、今の俺にそれを伝える術はない。



「その当時、私はとても荒れました。大好きなセルト兄さんが殺されて、怒りのあまり私はロイドさんの公開処刑の日に兄を返せと叫ぶためにその場に足を運んだくらいです」



 そこまで話してタロットは一度言葉を区切ると先ほどまでよりも一層真剣な声で衝撃的な言葉を口にした。



「少し変な話ですが、私はあの公開処刑の場で初めてロイドさんを見た時にカッコいいと思ってしまいました」



 それは本来ならあり得ないことだ。だってタロットは父さんの真実を知らない。その上で大切な家族を殺されたと思っている。それなのに何故カッコいいなんて思えるんだ?



「何故だ、タロットにとって俺の父さんは家族を殺した犯罪者だろ」


「はい、それは事実ですし私は確かにロイドさんの姿を見るまではロイドさんのことを恨んでいました。けど、あの姿を見て何か違うなって思ったんです」



「歩く姿、立つ姿、石を投げられている時でさえあの時のロイドさんからは凄まじい覚悟が感じ取れました。例えるなら子供を守る親ライオンのような、民を逃すために一人で敵の足止めをする騎士のような、本気で何かを守る人の覚悟と決意を私は感じ取りました」



 こればかりは俺も予想外だった。初めにタロットの姿を見て俺に敵意がないのは感じ取れていた。だからまた、サクヤやリリムさんのように俺を受け入れてくれるものだと思っていた。けど、タロットは俺の父さんを受け入れてくれたのだ。



「あの姿を見て私もあんな風になりたいと思った時、私は霊装に目覚めていました。それが何故かは分かりません。でも、確かに言えることは私は世間の声程度でレイド師匠の弟子を止めるつもりはありません。だから、元気を出してください。レイド師匠」



 真っ直ぐ俺の目を見てそう言ってくれるタロットに俺はどう返したら良いのか分からない。本当にこの真っ直ぐさと純粋さは絶対に俺には真似できないものだろう。でも、ここまで言ってくれる弟子に何もしない訳にもいかないな。



「タロット、夏休みに予定は空いてるか?タロットさえ良ければ稽古でもつけるぞ」


「本当ですか!もちろん空いてます、絶対に開けます。またレイド師匠の剣を見せてくれるんですか」


「あぁ、それとタロットになら俺の剣のルーツを教えても良いかもな」


「本当ですか!」


「あぁ、俺は愛弟子まなでしとの約束は守るからな」



 それからも、俺とタロットは夏休みの予定や互いの学園生活の話に花を咲かせながら楽しい時間を過ごすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る