第39話 イーストへの依頼と実験

 タロットと話をしてから数日、未だに俺の置かれている状況は変わっていなかった。いや、寧ろ悪化したと言っても過言ではない。



 俺の父さんが犯罪者であるロイドだと分かったことで生徒たちからの負の感情の篭った視線を向けられるのは変わらないが一部の生徒はそれだけでは飽き足らず署名活動までし始めている。



 可愛いものだと犯罪者の息子がAクラスに所属すべきではないとして、俺をBクラスに移籍させようというものがあった。まぁ、これに関しては俺と勝負したことのあるリリムさんやマサムネが仮にそうなったら自分達はそれ以下になると発言したことで丸く収まっている。



 実際問題として、彼らがいくら俺のことを下げようとも俺の実力や能力が変わるわけではないのだから、仮に俺がBクラスになれば彼らはBクラスの人間にすら勝てないAクラスとなってしまう。



 他には犯罪者の息子が生徒会に加入すべきではないとして抗議する声もあったがそれは既に生徒会の先輩方が対策を打っていたこともあって特に問題にはならず未だに署名活動だけが続けられている。



 酷いので言えば、そもそも犯罪者の息子がクルセイド騎士学園に在籍しているのがおかしいとして俺の退学を求める署名活動まであったりする。まぁ、これに関しても最終的な決定権がロゼリアさんにあるので俺からはなんとも言えない。



 全てのことに総じて言えるとするならば特に興味もないので好きにやってくれということくらいだろう。そんなことよりも俺にはやらないといけないことがある。



 その下準備のために俺は放課後となった現在、最上級のお土産を片手に図書室へとやって来ていた。



「うわぁ〜、なんでこんな所に」


「空気が悪くなるから来るなよ」


「勤勉アピールとかうざ」



 図書室に入るなり聞こえてきた暴言に特に反応することなく俺は真っ直ぐイースト先生の所へと向かう。いや、正確にいうのならわざわざ反応している余裕などないというのが正しいだろう。



 俺は今からイースト先生にある交渉を持ちかけようとしている。そして、正直なところ知識欲の権化であるイースト先生を相手に他のことを考えている暇はないのだ。下手すれば俺の持っている手札が根こそぎ持っていかれかねない。



「こんにちは、イースト先生。今お時間よろしいですか?」


「はい、レイドくんなら大歓迎です。また、人間関係の本をお探しですか」



 俺の声掛けに即座に反応して平常運転でそう返してくるイースト先生を見て俺は改めてこの人が狂人であることを再認識する。



 俺が犯罪者の息子だとバレてから皆対応は様々だったものの一応の反応は見せていた。大きくは否定や肯定で、バンス先生なんかは元から俺のことをロゼリアさん経由で知っていたようで何かあれば力になる程度ではあるがそれでも反応はしている。



 それに比べて目の前の女性からはそれが感じ取れない。俺が犯罪者の息子であることを否定するわけでもなく、ありのままの俺を肯定してくれるわけでもない。ただ、己の知識欲を満たすための存在として俺のことを認識しているのだ。



 つまり、肯定や否定以前にイースト先生からすれば他人は己の知識欲を満たせるかどうかでしか存在価値が認められていないのだ。



「いえ、今回は少しイースト先生に相談がありまして出来れば誰もいない二人きりになれる場所で話したいのですが」



 だからこそ好都合でもある。



「はい、もちろん構いません。レイドくんなら私の時間を使う価値があります」



 そう言ったイースト先生の瞳に一瞬だけ底知れない深淵しんえんが映り込んだのを俺は見逃さなかった。普段の会話の流れから外れて二人きりになれる場所を提案したことでイースト先生も察してくれたのだろう。



「こちらへどうぞ、防音対策もされている私の私室です」



 俺の提案を呑んでイースト先生が用意してくれた部屋は図書室に付随している本棚だらけの部屋だった。所々にゴミが散乱しているのに本だけが綺麗に纏まっているあたり良く性格が反映されている。



「どうぞ、座ってください」


「失礼します」



 勧められたアンティークの椅子に座って俺たちは互いに向かい合う。



「前に渡した本はどうでしたか?」


「えぇ、実に素晴らしかったです。特に『人体実験レポート』は最高でした。何せ、私の持つ伝手では犯罪に染まったものは基本的に手に入りませんからね。だからレイドくんには期待をしているんですよ、当然その袋の中身にもね」



 人体実験のレポートの本を嬉々として絶賛するイースト先生に苦笑いしつつも俺は得られた収穫に内心でガッツポーズを取る。この学園に居ることから予想してはいたが今の言葉で確信できた。恐らく、イースト先生が本を探すのに使っている伝手とは十中八九"聖騎士協会"のことだろう。



「それは良かったです。実は今日はイースト先生に依頼があって来ました。ロゼリアさんに頼んでも良かったんですけど、俺もついでに危険物を処理したかったのでイースト先生に頼もうかと」


「危険物とは禁忌書物の類ですね。ちなみに言っておくと私は二級禁忌書物なら『怨霊フィリップ』『翡翠の泉』『魔王の楽譜』、一級禁忌書物なら『輪廻転換の呪い』『邪神バルバラ』を持っていますので、それ以外でお願いします」



 危険物と言って真っ先に禁忌書物が出てくるあたり流石の本狂いだ。というか、禁忌書物とは騎士協会から読むことを禁止されている書物であり一級に関しては持っているだけで犯罪扱いになってしまう代物だ。そんなものを堂々と生徒相手に口にしても良いものなのか。



「そのコレクションには素直に感心しますけどそんなものを持っていることを俺に言っても良いんですか?」


「別に構いません。聖騎士協会の連中にも許可は取ってありますし、いくつか弱みも握っていますので私が捕まることはありません」



 淡々とそう語るイースト先生に俺はもう呆れる他ない。というか、聖騎士協会相手に弱みを握る時点でもう既にイースト先生のヤバさが滲み出ている。



「それはそうとレイドくんの依頼内容は何なんですか?対価にもよりますが、新しい知識がいただけるのなら私は何でもしますよ」



 何でものところに若干の危うさを覚えつつも俺は本題を口にすることにした。



「実は近々マサムネって言う生徒と学年首席の座を懸けて決闘することになったので、イースト先生には俺の技に耐えられる剣の調達を依頼したいんです。それも出来れば人造霊装クラスでお願いします」


「人造霊装とはレイドくんも大きく出ましたね」



 俺から出た人造霊装という言葉にイースト先生が少し驚いたのが分かった。人造霊装とは読んで字の如く人工的に作り上げた霊装のことで、鍛治系統に活かせる霊装を持った人間が何らかの能力を付与して作った武具のことを示している。



 その為、普通なら見つけることすら困難であり手に入れるなんてそれこそ、聖騎士協会に伝手でもない限りは出来ないだろう。



「確かに私に適任ですが、レイドくんも知っての通り人造霊装の入手難易度は困難の一言に尽きます。そもそも、仮に見つけたとしても相手が譲ってくれるかも分かりません。報酬は期待しても?」



 その言葉を待ってましたとばかりに俺は机に置いてあった紙袋の中から一冊の黒い本を取り出して見せた。



「これは?」


「やっぱりイースト先生でも実物を見るのは初めてですよね。いやぁ、俺もこんな物を手に入れた時は驚きましたよ。まぁ、内容の酷さにもっと驚きましたけど」



 本を取り出しながらも少しだけ戯けた態度で俺はそう言った。というか少しくらい愚痴らずにはいられなかった。それ程までにはこの本は酷い内容だった。



「この本の正体は最後に教えるとしてまずはレビューから入りましょうか。イースト先生は奴隷階級実験ってご存知ですか」


「ふふっ、焦らしてくるスタイルですか?それにしても無数の実験データを頭に入れている私でもそんな名前の実験は知りません。どんなお話なんですか?」



 初めからこの本の正体を話してしまうとまたイースト先生がトリップしかねないので俺はまずこの本のレビューから始めることにした。というか、割とこの本の内容を一人で抱え込みたくないという感情が大半を占めていたりする。



「人間の醜さを証明するための実験ですよ。この本に出てくる実験の中ではまだマシな方ですが、割と狂ってるので愚痴程度に聞いてください」


「ふふっ、あぁ、愚痴感覚で未知が知れるなんてレイドくんは本当に本当に本当に本当に本当に本当に良いですね!」



 意図せず俺の好感度が上がっているのが気になるが俺としてもイースト先生という生命体と話をするのは割と好きなので気にせず続きを話し始める。



「まずはお金を使ってそこらで売られている奴隷を十人買います」


「奴隷ですか、人体実験の定番ですね」


「そうですね。でもこれはあくまでも心理実験なので拷問や解剖はしません。買ってきた十人の奴隷たちにはそれぞれボロボロの服と最悪で過酷な重労働の職場を用意します」



 こういう話を割と平然と出来るあたり自分も大概だと思いつつ俺は話を続ける。



「そうしたら、奴隷たちの扱いを平等にして一ヶ月間様子を見ます。すると、奴隷の皆は同じ境遇ということもあってか一周間ですぐに仲良くなり徐々に仲間意識が芽生え始めました」



「しかし、無事一ヶ月間を経過した時に奴隷十人を集めて主人は言います。「三ヶ月後お前たちの中からリーダーを一人、副リーダーを一人決めることにする」と、もちろん、リーダーにはみんなよりも豪華な食事に重労働の免除、副リーダーも仕事量は半分で食事も少し豪華になります」



「この主人の言葉を受けて奴隷たちは一ヶ月間で育んだ絆を嘲笑うかのように蹴落とし合いを始めます。重労働に嫌気が刺した人間は他人の仕事を邪魔して、賢い人間は一人と手を組んで二人で他の八人を罠にめて、優しい人間はひたすら理不尽に耐えます」



「そして、運命の三ヶ月が経ちリーダーと副リーダーが決まりました。すると、せっかく蹴落とし合いの期間が終わったにも関わらずリーダーと副リーダーは他の八人の仕事をさらに邪魔し続けて理不尽で利己的な要求までするようになりました」



「そして、実験開始から五ヶ月が経った頃、奴隷十人のカーストが完璧に固まったところで主人は新しい奴隷をさらに十人加えることにしました。するとまた先輩後輩というカーストが作られ、優しい奴隷は後輩奴隷の面倒を見て、これまでの鬱憤うっぷんが溜まっていた奴隷は後輩奴隷を虐め始めます」



「それからも八ヶ月、十ヶ月、と奴隷を十人ずつ増やしていき実験開始から一年が経つ頃には完全に上下関係のピラミッドが確立された地獄のような職場が完成しました。この頃になると役職もリーダー、副リーダーだけでなく五人の班を作って班長を決めたり、特定の仕事の責任者を決めたりします。当然、役職にはそれぞれ特権や高待遇が与えられます」



「しかし、本当の実験はこれからです。ここまではまだ下準備に過ぎません。一年が経った節目として主人は気まぐれに奴隷たちに「これからは仕事の出来る奴により上位の役職をやる」と言います」



「当然、これまで上位の役職で仕事を免除されていた者と無理矢理仕事を押し付けられていた者では仕事をする早さも精度も違い、結果役職の総入れ替えが起こりました。そこからはもう地獄ですね。これまで虐げられていた者が皆権力を手にして復讐に打って出ます」



「これ以降は実験開始から二年が経過するまで奴隷を増やしつつ、毎月役職につける条件を変えていきます。例えば、マナーの出来る人とか、投票で選ばれた人とか、男女入り混じっていたこともあって力のある人って条件が一番悲惨でしたね」


「その後も、場所を変え、条件を変え、人を増やし、特殊な奴隷を入れ、そうして実験開始から三年間が過ぎた頃、奴隷の数も三百人の大台に乗り、奴隷の中にも主従関係や恋愛関係、友人関係、いろいろな秩序と派閥が出来て来ました」



「そして、最後には主人の「奴隷全員で殺し合い最後に生き残った一人だけを解放する」という言葉でこれまで築いてきた全てが無意味となり結果奴隷は全員死亡してしまいました」



 そこまで話し終えると俺は一度ため息を吐いてからイースト先生を見る。



「感想はどうでしたか?因みにこの本にはこの実験のもっと詳しい詳細も乗っています。本当にこれが序盤の方に平然と書いてあるんだから気が滅入ります」


「ふ、ふふっ、実に興味深いですね。この実験を考えた人間は本当に良い性格をしているようで、ますますその本が気になってしまいます。レイドくんは本当に本のレビューが上手ですね」



 まるで絵本を読み聞かせてもらった子供のような無邪気な笑みで俺のことを褒めてくるイースト先生にやはり狂人だなと改めて思いつつ俺は本題へと話を戻す。



「では、先生は俺の依頼を受けてくれるということでよろしいですか?」


「そうですね、それはその本の名前を聞いてからにします。ここまで焦らしておいてただの本である訳がありませんよね、レイドくん!」



 そう言うイースト先生の瞳には期待と狂気が入り混じっていて生半可なものでは許さないという意志が感じ取れる。



「本のタイトルは『メメント・モリ』、持っているだけで犯罪者扱いされる世界に未だ五つしか登録されていない特級禁忌書物の一つです」



「……………………………………………………………………………………………………………………‥………………………………………………‥………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………嘘、」



「本当です、とある知人から要らないゴミとして貰いました。因みに、俺なりに調べましたけどほぼ100%本物です」



 かなり長い沈黙の後に何故か否定されたので一応この本が本物であることを告げておく。



「あは、はっ、ははははははははっ!特級禁忌書物なんて誰が予想できるんだ!ねぇ、レイドくん?君はどうやってこれを手に入れたのかな?どうすればその知人を紹介してもらえるのかな?私は何を差し出せばもっと君から知識を得られる?ねぇ!ねぇ!ねぇ!君は後どれほどの引き出しを持っているのかなぁ?はっ、ははははっ、ははははははははははははははははははははははははっ!いや違う!手に入れるべきは君個人かなぁ?でもでもでもでもでもでもでも!レイドくんは泳がせてこそ私に知識を運んでくれるのではないか?あぁ、どうしよう!君の需要に応えられなくなった私は君から知識が得られなくなってしまうのかな?それは良くない!非常に良くない!ならばいっそ友達になって情を誘うのが良いかそれとも恩師として君に縋れば良いのか。未知の知識さえ手に入るのならいっそのこと君の奴隷にでもなろうか!あぁ、特級禁忌書物なんて夢だよ夢!?あははははははははははははははは!まさかこんないきなり『メメント・モリ』を手に入れてしまうなんてどうすれば良いんだろう!!!あぁ!そうだ!依頼はどうするべきなんだ?『メメント・モリ』に見合う剣なんてそれこそ今は行方不明の人逸剣エルヴァンスしかないじゃないか!レイドくんが満足するものは用意しないと最悪依頼失敗だ!あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、それはいけない!絶対にいけない!ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!でも目の前に特級禁忌書物だ!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!?!?!?」






 どうしよう、いや本当にどうしよう。目の前で狂ったように笑うイースト先生に対して俺はもはや言葉すら出なかった。まぁ、こうなるのが嫌で本のタイトルを先延ばしにした節は確かにあったがまさかここまで喜ぶとは流石の俺でも予想外だった。



 取り敢えず、今はまともに話すら出来そうにないのと、要件だけは一様伝えてあるので俺は足早にこの部屋を去るのだった。

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