第40話 霊脈剣シドロワンド

 イースト先生に依頼を出して半ば逃げるように部屋から出て行ったあの日から数日が経ち俺のメンタルも大分回復してきた頃、俺は依頼の進捗状況を聞くために再び図書室を訪れようとしていた。



「はぁ、最近ため息ばっかり吐いてる気がするな」



 しかし、その足取りは極めて重かった。その理由の大半を占めているのはもちろん、あのイースト先生の狂ったような独り言だった。



 いや、俺も別にイースト先生のあの悪癖をどうこう言うつもりはないし見ている分には面白くはある。だが、あのテンションで自分のことを話されると何というか心に来るものがあるのだ。



「また来てるよ」


「空気悪くなるから来るなよな」


「教室で本でも読んでろよ」



 うん、何というか普通の罵倒に安心感を覚えてる時点で俺はもう手遅れかもしれない。と、そんな茶番はさておき俺はゆっくりと受付カウンターに座っているイースト先生の元へと歩いて行く。



「よく来てくれましたねレイドくん。例のものはしっかりと用意させていただきましたよ」


「わざわざありがとうございます」



 軽い挨拶を交わしてから俺はイースト先生が通常モードに戻っていることに安堵しつつ、イースト先生の仕事の速さに驚いていた。人造霊装を依頼した以上は最低でも一週間は覚悟していたけど、これはイースト先生の持つ伝手の評価をもう数段階上げる必要があるかもしれない。



「では、こちらにどうぞ」



 心の中でそう考えつつも俺はイースト先生に促される形で前も訪れた私室まで足を運ぶ。部屋に入って初めに目についたのは机の上に置かれていた長方形の箱だった。恐らく、あれが俺の依頼した剣なのだろう。



「それが俺の依頼した人造霊装ですか?」


「ふふっ、そうですよ。私の伝手をフル活用して何とか一本手に入れることが出来ました。開けてみてください」



 イースト先生から許可が出たので俺は机の上の長方形の箱に手を伸ばしてそっと開封する。すると箱の中から出てきたのは刀身が全て水色で統一された一目見ただけで業物だと分かるほどの見事な剣だった。



「これは、」


「その剣の名前は霊脈剣シドロワンドと言います。かなり昔にある名工が作り上げた人造霊装で外部や使用者の霊力を纏うことで強度や切れ味を向上させる力を持っています。強度は折り紙付きですよ」



 そう言われて俺は霊脈剣シドロワンドの柄を握り霊眼を発動して霊力の流れを視認する。すると、確かに俺の霊力が霊脈剣シドロワンドの刀身に纏わり付きコーティングしている様子が視認出来た。



「どうですか?レイドくん。気に入ってもらえましたか?」


「はい、もちろんです。イースト先生に依頼をして良かったです」



 かなりの業物を手に入れたことで俺は少し上機嫌にそう返答する。正直、あのままのペースで行くと俺は後幾つ剣を折る羽目になっていたことか想像もしたくない。後はこの剣が俺の絶剣に耐えれることを祈るしかない。



「因みにこの剣を買ったときの代金は払った方が良いですか?これでもお金なら持ってはいますけど」


「いえ結構です。購入代金を含めても『メメント・モリ』は貰い過ぎたと思っています。私の方こそもっとサービスをしても良かったですね」



 どこかうっとりとした様子でそう言ったイースト先生に俺はこれ以上『メメント・モリ』について言及することを諦めた。というか、あの内容を嬉々として語られたら今度こそ俺の精神へのダメージが危険域に達しかねない。



「では、要件も済んだことなので俺はこのあたりで失礼します」



 これ以上ここに居る意味もないと判断した俺は霊脈剣シドロワンドを持って部屋を出ようとしたが突然イースト先生に後ろから抱きつかれたことで俺はその動きを停止させられてしまう。



「何かデジャブを感じるんですけど、いきなりどうしたんですか?」



 そう言えば、前にもこんなことがあったなぁと思いつつ俺はこの奇行の理由について尋ねてみる。



「君のことが知りたい。レイドくんは後どれだけの未知を所有しているのですか?ねぇ、他に特級禁忌書物を所有しているなんてことはありませんよねぇ」



 う〜んこの、君を知りたいで純粋さを滲ませてからの欲望への落差が酷い。でも、改めて考えてみると俺がイースト先生に対して提示できる手札と言われたら何があるのだろう。



 まず、破極流は確実にイースト先生に対する未知になり得る。他にも、ベルリア謹製きんせいの激毒だったり、俺の所有している幾つかの本も交渉材料にはなりそうではある。



「特級禁忌書物は今のところ『メメント・モリ』しか持っていませんでしたね。残念ながら未知はそうそう転がってはいませんよ」


「ふふっ、勘違いは良くありませんよレイドくん」



 耳元で突然そんなことを言われた俺は嫌な予感から背中に冷たい汗を流しながらも話の続きを促した。



「私は確かに君の知識にそれはそれは興味があります。でも、今回の一件でレイドくん自身にも未知が潜んでいることを理解しました」


「俺自身の未知ですか?」


「そうです。だって、すごいとは思いませんか?この私が知らない知識が貴方からは幾らでも出てくるなんて本当に理解できない。レイドくんのお願いを叶えれば私はまた一つ新しい知識を得ることが出来るんです。あぁ、レイドくんは私にとっては愛しい愛しい悪魔様なんです」



 恍惚こうこつとした表情で人を悪魔呼ばわりしてくる狂人に少し引きつつも俺は内心でガッツポーズを取る。そう、今この瞬間から彼女の中での俺の評価が明確に知識を得るための道具から知識を持っている未知の人間?へと変わったのだ。



 今後レイに何かトラブルがあったときのために聖騎士協会との繋がりがあり尚且つ俺に協力してくれる人間は是非とも欲しい。そして、その条件を最も満たしているのはイースト先生であり今後も彼女と良好な関係を築くためには俺の底を見せるわけにはいかないのだ。



 だから俺は喜んでこの茶番に付き合おう。



「好奇心は猫をも殺すと言いますし、次の対価は何か分かりませんよ?」


「ふふっ、ふふふっ、それでも君は私の元を訪れることになりますよ。聖騎士協会との伝手もたまには役に立ちますね」



 自分が欲しいものの為にお互いを利用し合う。それは、ある種の理想的な信頼関係なのかもしれない。そんなことを考えながらも今日この日、歪で利己的な知識の魔女と悪魔による盟約が交わされたのだった。




◇◆◇◆




「さてと、サクヤはしっかりと寝てるな」



 イースト先生から霊脈剣シドロワンドを受け取った日の夜、時刻はすっかり深夜の十二時に回り、学園中の生徒が寝静まっている時間帯に俺はそっとサクヤを起こさないように布団から起き上がる。



 何故、俺がこんな時間帯に起きたのかと言えばそれはもちろん、冒険者ブランとしての依頼をこなす為だ。



「流石に霊脈剣シドロワンドは身バレの危険があるな」



 一瞬自分の中で霊脈剣シドロワンドの性能テストをしたいという思いが湧いたが、流石に身バレの危険があったため、今回の依頼は予備のための鉄剣でこなすことにする。



「行ってきます」



 返事が返ってこないことを分かっていながらも俺は冒険者ブランとしての仕事袋を手に取り颯爽さっそうと学園を後にするのだった。



 学園の敷地内から出た俺は早速路地裏で服装を冒険者用のものに着替えていた。六年前からずっと愛用している仮面に中性的でやや女性寄りの変声機、白髪の髪を隠すための腰ほどまで伸びている黒髪のカツラに、夜に紛れやすいフード付きの外套がいとう



 幸いなことに俺は冒険者を始めてすぐの頃からずっと外套のフードと仮面で髪と顔を隠し続けていたこともあってか、長い付き合いになるレミアさんでさえ俺が男性か女性かの区別が付いていない。声で分かりそうなものだけど実はこの仮面、意外と声が中で篭ってしまい子供の声だと尚更性別の判断がつかなかったりするのだ。



 まぁ、そんな余談はさておき、仕事服に着替え終わった俺は身体強化を使用して今日の目的地であるお屋敷へと向かっていた。



 今回俺が受けた依頼は端的に言うならある富裕層の暗殺依頼だ。まぁ、今回のターゲットであるその富裕層の人間もだいぶんくずであることには変わりないが、それでも今回の依頼には見張りの騎士を含めた関係者全てを暗殺すると言う条件が付いている。



 その分報酬は高額ではあるのだが本当にこういう依頼はせめてベルリアあたりの暗殺者ギルドに出して欲しいものだ。この前なんか、そのせいで商売敵とか言って暗殺者ギルドの人間に狙われかけたりもしたのに。



 と、そんなことを考えていたらいつの間にか目的地であるお屋敷へと到着してしまっていた。



「見張りの騎士は正騎士クラスが二人、屋敷の中に二十三人、周りに人の気配はなし。これなら十分で終わるな」



 霊眼や聴覚強化を使い、周囲と屋敷の内部の状況を瞬時に把握した俺は一切の躊躇いもなく屋根の上から音も立てずに門の前で見張りをしていた騎士二人の背後に降り立つとそのまま一閃、一度の振り抜きで二人の首を落として見せる。



 舞う血飛沫ちしぶきとバタリという人が倒れる音を無視して俺は門を跳躍で乗り越えて屋敷の中へと侵入して行く。幸いなことに霊眼には熱源探知が含まれているので俺は何不自由なくターゲットを見つけては殺してを繰り返して行く。



「ここか」



 あらかた屋敷内の人間を殺し終えると俺は人の気配のあった恐らく今回の本命がいるであろう部屋へと入って行く。



「だ、誰だお前は、いやお前は冒険者ブランではないか!まさか私を殺しに」


「そうだと言ったら?」


「ま、待て、話をしよう。わしは金ならいくらでもあるのだ。お前を雇った奴の倍、いや3倍でお前を雇ってやる。どうだ私の方につけ」


「命令口調は好かん、死ね」



 ターゲットからの提案に端的に返事を返したところで、俺は一瞬でターゲットに近づき一振りで首をねた。もちろん、彼の最後の顔を忘れることはない。



「さて、後一人か」



 屋敷に居た二十三人の内二十二人を殺し終えた俺は少しテンションを下げた状態で最後の一人がいるであろう屋敷の地下へと向かう。



「金持ちの屋敷に地下室、全くもって良い予感がしない」



 これまでの依頼の経験則からそんなことを呟きながら地下室へと入った俺が目にしたのは予想よりは大分マシな薄汚い部屋とその壁に鎖で繋がれた少女の姿だった。



「誰ですか?また、酷いことするんですか?」



 俺の存在に鎖に繋がれている少女も気が付いたようでそんなことを聞いてくる。だが、その瞳に生気はない。辛いのが嫌で心を殺したのか、それとも早く飽きられる為に壊れたフリをしているのか、恐らく両方だろう。



「俺は依頼を受けた冒険者だ。お前はこの屋敷の主人の関係者なのか?」


「………違い、ます」



 その言葉を聞いて俺は少し安堵した。本来なら屋敷の中にいる以上この少女も殺すべきなのだろうが生憎と俺が受けた依頼内容は関係者全員の暗殺であってその条件にこの少女は含まれていないだろう。



「ヒッ」



 勝手にそう判断した俺は少女に近づき剣で鎖を切り裂いた。



「近くの孤児院までなら案内してやる。この先も生きる覚悟があるのならついて来い」



 本来ならこういう場面では優しい言葉を掛けるのが良いのだろうがそれは冒険者ブランの仕事ではない。これからこの子に出会う大人たちがその役目を担えば良いのだ。



「い、生きたい、です」


「そうか」


「あ、あの?」



 良い返答を聞けたところで俺は少女を抱き抱えるとそのまま身体強化を使い他の騎士が駆けつける前にさっさと屋敷を後にする。



 その後、目的地である孤児院まで来た俺は少女を抱えているため左手が塞がっているので右手で扉をノックして少し悪いと思いつつも中の人を起こすことにした。



「はぁ〜ぃ、こんな時間に来るってことはまた迷える子羊ちゃんの引き取りかなブランさん」


「俺が直接騎士に渡しに行くわけにも行かないからな。面倒だが今回も頼むよ、レミアさん」

 


 そう、この孤児院の主は誰あろう、賭け試合が行われている闘技場で受付嬢をしているレミアさんなのだ。曰く、レミアさんは元々子供好きなようで俺と出会った頃には既に孤児院を建てていたのだという。



 実はこの孤児院に住む身寄りのない子供の中には家庭の事情で仕方なく賭け試合に出場させられた子供も居たりする。そして、こうして俺が子供を見つける度に受け取ってくれる場所でもある。



「ふ〜ん、痣に裂傷、ボロボロの服に裸足、酷いものね。本当に騎士様は何をしているのかしら。え〜っと、貴方の名前はなんて言うのかな?」


「ナ、ナルミ、です」


「そっか、ナルミちゃんね。私はレミアって言うの、これからあなたのお母さんになる人よ」


「お、お母さんも、お父さんも、私にはいません」


「じゃあ、第二のお母さんに立候補します。だからこれからよろしくね。ナルミちゃん」


「は、はい?」



 うん、この分なら後はレミアさんに任せればどうにかしてくれるだろう。そう思い俺はナルミちゃんをレミアさんに渡した。



「ブランさんもありがとうございますね、ブランさんの安全を考えたら消した方が良い筈なのに私の我儘わがまま聞いてもらっちゃって」


「別に、俺だって殺したくて殺してるわけじゃない、預かってくれるならそれで良いし邪魔になるなら消すだけだ」


「はぁ、張本人がいる状況でそんなこと言わないでください。ほら、怯えてしまってますよ」


「心が死んでいないだけマシだな」



 それだけ言うと、俺はナルミちゃんに挨拶もなくさっさとその場を後にする。



 こんな対応、ラシア先輩にでも見られたら怒られてしまいそうだがこればかりは仕方がない。



『お、俺、ブランさんみたいな誰かを助けるカッコいい冒険者になります』


『そうか、なれるものならなってみろ。ケンジ』


『うん!俺絶対になるから』



 もう、冒険者ブランに憧れて道を踏み外して死ぬ子供は見たくないのだ。俺がナルミちゃんの恩人になる必要はない。あの子はレミアさんを見習って優しい子に育ってくれればそれで良いのだ。



「ケンジの命日にはガーベラでも持って行こうか」



 俺の独り言は夜闇に溶け込んで誰にも聞こえることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る