第41話 レイドVSマサムネ

 五月も終わりに差し迫ってきた頃、クルセイド騎士学園はその日、大きな賑わいを見せていた。



「うわぁ〜どっちも応援したくないな」


「ていうかさぁ〜、普通にしててもやっぱりレイド君だって首席の座欲しがってるんだ」


「でも、どっちかが負けるところは見たいよね」



 その原因はもちろん、俺とマサムネが首席の座を賭けて決闘するという噂が学園全体に広まったことにあった。



 実を言うと俺とマサムネの決闘自体は剣舞祭以前からやって欲しいと多くの生徒から待望されてはいた。その理由はずっと騎士を倒してサムライの強さを証明すると明言していたマサムネに誰一人勝てない現状から俺が勝つことで騎士の強さを示したいというものだった。



 だが、俺が犯罪者の息子だと分かった今、学園中の生徒たちは見事なまでに応援する相手を見失っているというわけだ。その結果がどちらかが負ける姿が見れるから決闘を観戦しようと考えるあたり、本当に騎士志望なのかを疑いたくなってしまう。



 もちろん中には生徒会の先輩方やリリムさん、サクヤのように普通に俺やマサムネを応援してくれる人もいるし、フレアさんやソフィアさんのように学べるものがあるからと観察しに来る人もいる。



 だが、そもそもの話として今回の決闘にはそれら観客の思惑などどうでも良い。言い方は悪いが外野がどれだけ騒ごうがレイの平穏が懸かっている以上俺が負けることはないのだから。



「それでは、これよりレイド対マサムネの学年首席の座を賭けた決闘を取り行う。今回は霊装使い同士の決闘ということと、双方が要求してきた条件のため私、ロゼリアが審判としてこの決闘を取り仕切らせてもらう。双方、闘技場まで上がってくれ」



 審判であるロゼリアさんの若干呆れの混じった声に従って、闘技場の入場口で待機していた俺とマサムネは互いに逆方向から闘技場の上へと上がっていく。



「どうせならレイド君が負けるところが見たいかも」


「俺はマサムネだな」


「どっちも応援したくないかな」



 普段なら盛り上がる筈の観客席からの半ば野次のような声を聞きつつ俺とマサムネは互いに闘技場の中央で向かい合う。正直な所、マサムネは決闘をする度に負けろコールを受けているし、俺も子供の頃から割と罵倒には慣れているのでこの程度の野次なら気にも留めない。



 というか、賭け試合の野次の方がこの百倍は酷いのだ。むしろこの程度可愛いまである、



「やっとこの時が来たねレイド」


「あぁ、俺もこの日のために準備をしてきたからな、絶対に負けないぞ。マサムネ」



 闘技場の中央で向かい合っている俺とマサムネは互いに不敵な笑みを浮かべながら言葉を交わし合う。



「それでは、これよりレイド対マサムネの学年首席の座を賭けた決闘を取り行う。今回の決闘では双方の合意のもと、特殊なルールが設けられているのでまずはそれについて説明する。まず、今回の決闘に関しては原則として殺人行為を許可するものとする。また、どちらかが死亡してももう一方の選手と学園は一切の責任を負わないものとする。これに合意するのであれば双方、宣誓せんせいを行なってくれ」



 ロゼリアさんの宣言で今まで野次を飛ばしていた観客席から悲鳴に近い驚きが次々と聞こえてくる。まぁ、それもそうだろう。本来の決闘は殺人行為は禁止の上、フレアさんとソフィアさんがやらかしそうになった時に実際にそれを止めたのは俺なのだ。



 そんな俺の出る決闘でまさか合法的な殺人の許可が出るなんて思いもしないだろう。まぁ、このルールを持ち掛けてきたのはマサムネの方なので後でロゼリアさんから説教をされる時はなんとか被害者面に徹しよう。



 そんな企みをしつつ俺は宣誓の言葉を口にする。



「俺、レイドは正々堂々と戦うことをここに誓います」


「僕、マサムネは正々堂々と殺し合うことを誓います」



「これよりレイド対マサムネの決闘を始める。これは私からの諸注意しょちゅういだが皆、騎士を目指しているのならこの二人の真剣勝負にケチを付けるような真似はしないで欲しい。また、かなり参考になる一戦になるのでよく学ぶと良い。それでは、始め!」



 ロゼリアさんの手厚いフォローの言葉と共に俺とマサムネの決闘というなの殺し合いが幕を開ける。



 開始の合図と共に初めに動いたのはマサムネの方だった。



「居合切り」



 腰を低くして一瞬で間合いを詰め、俺の首目掛けて放たれたその技はしくも俺とマサムネが初めて戦った時と同じ技だった。



「剣王抜刀」



 だが、それに対する俺のアプローチは以前のものとは異なっている。俺はマサムネの放った居合切りの間合いの外から剣王抜刀を放ち剣と刀の衝突でそれを相殺しようとして見せる。



一刀表裏いっとうひょうり



 しかし、マサムネもそんなことは想定済みだと言わんばかりに霊装を一瞬の間で一度仕舞い再び顕現させるという妙技で俺の剣王抜刀を交わし、その上で刀を手放すことで届かない間合いを確保して変則的な投擲とうてき攻撃を仕掛けてくる。



 それに対して俺は未だに振り切っていない右手は放置して腹筋に刺さりそうになっているマサムネの刀を左肘と左膝で挟み込むようにして止め、次のマサムネの切り返しを予測して剣王抜刀の勢いそのままに右足を軸に一回転して剣を振り抜く。



 すると案の定、左肘と左膝で受け止めていた刀の感触が消え一瞬後には俺の振り抜きとマサムネの切り返しが高質な音を立てて衝突する。



「良いねぇ、霊力を纏わせて強化出来る剣なんてレイドにピッタリだね」


「マサムネとの決闘のためにわざわざ準備したからな、存分にその切れ味を味わってくれ。覇王剣」



 軽い口調でお互いに会話を交わしつつ俺は剣をすぐさま上段に構え直しマサムネの脳天目掛けて覇王斬を叩き込む。



微風そよかぜ



 しかし、俺の放った覇王斬はマサムネの完璧な受け流しによってその威力を全て殺されてしまい、俺は受け流しと同時にマサムネから放たれた前蹴りをバックステップで交代することでギリギリかわす。



「テンポを上げるぞ、マサムネ」


「良いよ、頑張ってついて行こう」



 それだけ話すと俺は身体強化と霊眼を使用して一瞬で間合いを潰すとマサムネの首目掛けて突きを放つ。それに対してマサムネは右足を軸に回転することで突きを躱するとそのまま俺の首目掛けて刀を振り、今度はそれに対応するように俺が左肘でマサムネの刀の腹を叩き軌道を上に逸らしてからまた一度距離を取る。



 そこからは俺とマサムネ恒例のどちらが先に相手に一撃を入れられるかの勝負が始まった。



 しかし、先に一撃入れた方が勝ちという遊び心とは真逆に俺とマサムネの攻防はその全てに死を纏わせたものになっている。



 お互いに生半可な所は狙わずに基本狙うのは首の切断、頭の両断、喉への突き、心臓への突き、両目を潰す、手首を切り落とす、足の筋を切る、その他にも実際の殺し合いで確実に致命傷になり得る部分にお互いに攻撃を仕掛け合う。



 それは、今まで俺がこの学園で見せてきた戦闘とは違い遊び抜きの本物の殺し合いだ。しかし、一歩間違えば死という状態でも何故かマサムネなら間違えないという信頼が俺の中にあるのが分かる。きっと、マサムネも同じ気持ちなのだろう。



 だからこそ、この命のやり取りの最中でもお互いに殺気も無ければ余裕もない、真剣な遊びによる会話が成立しているのだ。



 俺の剣をマサムネがギリギリで躱せば少し口角を上げることで「今のは危なかったんじゃないか?」と挑発をして、今度は刀による突きを俺がギリギリで躱せば「そっちこそ危ないよ」と笑い返される。



 たった三度の戦歴でありながら、俺とマサムネはお互いに絶対領域アブソリュートゾーンと観察に長けた霊眼により、相互理解を深め合ってきた。この会話はわばその戦歴の産物なのだろう。



 その後もお互いに途絶えることのない攻防を繰り返すがそれもとうとう終わりの時がやって来る。



燕返つばめがえし」



 そう言ってマサムネから放たれた技は初手で上段からの振り下ろしをした後すぐに流れるような動作で下段からの切り上げを行うというシンプルにして実に躱しにくい技だった。



 しかも、タチの悪いことにマサムネはその技を俺の逃げ道を事前に封じることで体を反らすことでしか避けられない状況を作った上で、さらに二度目の切り上げの際にわざと刀を握っている手を離して間合いを伸ばして来るのだ。



 結果、俺とマサムネのどっちが先に一撃入れられるかの勝負は見事に頰を切り裂かれ

たことによって俺の負けになってしまった。



「流石はレイドだねぇ、今のはしっかりと目を狙ったつもりだったんだけど、頰を薄く切る程度で終わっちゃったか」


「いや、かなり良い技だったぞ。それに場所はどうであれ一撃は一撃だ」



 俺に傷が刻まれたことで俺とマサムネは再び距離を離すと油断なく互いを睨み合いながらお世辞を言い合う。実はこの流れも二回戦目以降は毎回やっていたりする。



 だからこそ、俺もマサムネもお互いにここからが本番だと理解している。



「行くぞ!嵐剣乱舞」



 初めに動いたのは俺の方だった。俺は韋駄天で闘技場を高速移動しながら四方八方からマサムネを切り付けていく。その速度はもはや目で追うことすら出来ず、普通の人間なら何も出来ずに切り刻まれて終わりだろう。そう、相手がマサムネでなければ。



「その技は少し僕と相性が悪いかな」



 嵐剣乱舞の厄介な所は剣撃の威力よりもそのどこから攻撃が飛んでくるのか分からないランダム性と単純な速度による手数の多さにある。そのため、絶対領域アブソリュートゾーンなどという行動予測の頂点みたいな霊装を持っているマサムネには通用しない。



「こっちも行くよ」


「なっ!しま」



 マサムネの反撃開始の合図と共に韋駄天で高速移動していた俺は剣を上手く逸らされたのち腕を掴まれる感覚を味わったことで自身の失策を悟る。そう、嵐剣乱舞は一見凄い技ではあるが速度が速過ぎるため単純な動きしか出来ないのだ。



 そのため、一度動きを理解されてしまうとカウンターを受けやすい。それを証明するかのように腕を掴まれた俺はその勢いを利用され空中を一回転するかのように回され投げ技の要領で地面に叩きつけられてしまう。



「がはっ」



 ドンという衝撃音と共に地面に背中から叩きつけられた俺は見事に肺の空気を吐き出し一瞬硬直してしまう。当然、そんな致命的な隙をマサムネが見逃してくれるわけもなく、軽い脳震盪のうしんとうかすむ視界で俺は自分の首を容赦のない軌道で跳ね飛ばそうとする刀を捉えていた。



「終わりだね」


「それはどうかな」



 咄嗟に刀をどうにかすることを無理だと判断した俺は身体強化の力そのままにマサムネの足首を掴み、力任せに投げ飛ばすことで危機的な状況を脱却して見せる。



超速抜刀ちょうそくばっとう


「剣王抜刀」



「瞬光五化閃」


「剣王連斬」



「嵐剣乱舞」


神域抜刀しんいきばっとう



「燕返し」


「死突」



「覇王剣」


「微風」



「一刀表裏」


「剣王斬」



「刹那」


「神速抜刀」



 試合開始からどれだけの時間が経ったのか、俺とマサムネの攻防は経過する時間と共にその激しさを増して行き、気づいた頃には俺とマサムネは多くの傷を作りながらも互いに笑い合っていた。



 こうして直接戦ってみると改めてマサムネの強さを再認識させられる。以前、マサムネ本人が言っていたことだがマサムネはこれと言った強さの象徴となるものを持っているわけではない。



 だがその一方でマサムネは決して揺らぐことのない基礎という強さを持っている。だからこそ、俺とマサムネの最後はいつも小細工なしと決まっていた。



「はぁ、はぁ、流石だねレイド、いくら動きを理解しても対応が間に合わないなんて僕の師匠を除けば君くらいしか出来ない芸当だよ」


「それはマサムネだって同じだろ」



 そんな会話をしながらも俺とマサムネは試合開始の立ち位置と同じ闘技場の中央で向かい合う。



「その剣なら、存分に全力を振るえるよねレイド」


「あぁ、この剣なら俺の全力にも耐えるだろうな」



 不敵な笑みでそう言うマサムネの姿は言外に全力で来いと言っているようだった。だから俺も心配入らないと答える。レイの平穏が懸かっている以上俺が手を抜くことはない。



「これで最後だね」


「あぁ、そうだな」



 合図などなく、それでも俺とマサムネは互いに最後の一撃を放つために構えを取る。そして、お互いの構えはしくも全く同じ正眼の構えだった。



「行くぞ!絶剣!」


「受けて立つよ!鏡面万花きょうめんまんか



 俺が放ったのは入学試験の時にクライツ姉さんに放ったのと同様に技量、速度、威力の全てを次元昇華アセンションで強化した最強の一撃だ。もちろん、思考加速、超集中、身体強化、霊眼、息吹などのバフも余すことなく乗せている。



 対するマサムネは絶対領域アブソリュートゾーンを最大限に活用して、俺の放つ絶剣に対して最適の受けと最善の切り返しによるカウンター攻撃で迎え撃つ。



「はぁあああああああああああああああああ」


「はぁあああああああああああああああああ」

 


 裂帛れっぱくの気合いと共に俺の剣とマサムネの刀が衝突する。



 バキッ、バリッ、ピキッ、バリン!



 しかし、その結末はお互いが想像していたものとはひどく乖離かいりしたものとなる。そう、俺の絶剣の威力に耐えきれずにマサムネの霊装の方が初撃の衝突で砕け散ったのだ。



「ぐはっ」



 結果、マサムネは闘技場の外の壁にクレーターが出来るほどの威力で吹き飛んで行き、最後まで闘技場に立っていたのは俺だけとなった。



「マサムネ戦闘不能によりこの試合の勝者はレイドとする。教師陣は急いでマサムネを保健室まで運んでくれ」



 ロゼリアさんの宣言により明確に俺の勝利が告げられる。しかし、俺とマサムネの戦いの激しさのせいか未だに観客席にいる生徒たちは唖然あぜんとしたまま何の反応も示してこない。



 だが、今の俺にそんなことを気にしている暇はない。というか余裕がない。それ程までにロゼリアさんの視線が恐ろしい。

 


「レイド」


「あっ、はい」


「マサムネ共々説教だ。後で理事長室まで来い」


「はい」



 その後、俺とマサムネは長時間に渡り説教されたのだった。

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