第42話 サクヤの1日

 レイドとマサムネくんが決闘をした日の翌日、僕はいつも通り朝の四時半に起きてお味噌汁とウサギさんクッキーを作っていた。



 朝五時になりレイドが起きる時間になると僕は狙い澄ましたかのように作ったお味噌汁を持ってレイドの寝ているベットの横までやってくる。



「うっ、まだ腕が痛むな」



 はぁ、全く。起きて早々、腕をさすってそんなことを言い出すレイドに僕はため息しか出ない。いくらレイちゃんの為とはいえ決闘の場であんな大技を使うなんて、僕の心配も少しは考えて欲しい。



「もう、あんな大技を使うからでしょ。はいこれお味噌汁」


「ありがとう、でもサテラ先生にも見てもらったし自己治癒力も上げてるからじきに治るよ」



 もう、レイドはいつもそうなんだ。自分のことは大切にしないのに他人のことになると無自覚にお節介を焼くんだ。それも自分の優先順位が低いのが余計にタチが悪い。



「あんまり腕が痛むなら僕が飲ませてあげようか?」


「それは流石に大丈夫だ」



 無理はして欲しくないと思っての僕の提案はレイドによってあっさりと却下されてしまう。そんな姿を見て僕は自然と安心する。レイドは僕の親友のようにまだ末期ではない。でも、これだけは聞いておかないとね。



「レイド、お味噌汁は美味しいかな?」


「あぁ、美味しいよ」



 もう何度も繰り返してきたやり取りに流石のレイドも少し呆れ気味なのが伝わってくる。それでも、この問答だけは出来るだけ毎日するようにしないとレイドが壊れる兆候ちょうこうを見逃すことになりかねない。



「そういえば、今日はレイドは実家に帰るんだよね。はいこれ、ウサギさんクッキー」



 今日は月末の土曜日ということもあってレイドは実家に帰省することになっている。その為、僕は朝から焼いていたウサギさんクッキーをレイドに手渡した。



「ありがとう、いつも悪いな」


「趣味でやってることだから気にしなくても良いよ」



 この言葉は本当だ。僕は子供の頃から料理や裁縫さいほうなどの比較的に女の子向けのことをするのが好きだった。そのせいで学園に入ってからいじめられることもあったけど親友のおかげで今はそれもなく、この学園では堂々とした日々を過ごしている。



「どうせ実家に帰るんだったらレイドもしっかりと休んでね」


「分かってるよ、ありがとうな」



 そんないつも通りのやり取りをして僕はそっとレイドを見送ったのだった。




◇◆◇◆




「あっ!もうこんな時間」



 レイドが学園を去ってから裁縫さいほうとか読書をして時間を潰していた僕はタヌキの目覚まし時計の針が七時を回ったことを確認してやっていた作業を一度中断する。



 僕の所属する部活動である料理部は土曜日にも活動を行なっている。基本的に料理部は月曜日、水曜日、木曜日、土曜日に活動していて参加するしないは自由になっている。理由としてはその日によって作るもののジャンルが異なるためだ。



 例えば、僕みたいに料理が趣味で入った人はお菓子作りだったり郷土料理だったりを作る日には大抵顔を出したりする。その一方で野外訓練のためのサバイバル料理なんかを作ることを前提としている部員はお菓子作りには参加しない傾向があるんだ。



 けど、僕はそういうのは気にしないので花柄のエプロンと三角巾を持って調理室へと足を運ぶ。


 

「失礼します」


「あら、いらっしゃいませサクヤちゃん。やっぱり来てくれたのね」



 調理室に入るなり僕のことを出迎えてくれたのは三年生で頼れる先輩のシャロ先輩だった。でも、



「もう、いつも言ってますけど僕は男の子なんですからね、せめて君付けでお願いします」


「いやよ〜、だってサクヤちゃんはサクヤちゃんなんだもん。お姉さんのサクヤちゃんはこれで良いんです」



 そう言って抱きついてくるシャロ先輩に僕は無駄だと分かっているので抵抗をするのを諦めている。本当にこの先輩は僕が男の子だと分かっているのに無防備に抱きついてくるんだから心配になってしまう。



「いつも思ってましたけどなんでそんなに僕に絡んで来るんですか?」


「だってサクヤちゃんは可愛いし、料理も上手でお裁縫も出来て、あと可愛くて可愛いんだもん。本当に毎朝お味噌汁を作って欲しいくらいよ」



 全く、こんなに過度にスキンシップを取られて褒められたら僕でなければ勘違いしてしまうことだろう。でも、シャロ先輩にとっては可愛いは正義らしく何故かその可愛いの枠に僕が収まってしまっているのだ。



「他の男子にはこんなことしないでくださいね」


「あら?ついにデレて嫉妬してくれたの?」


「違います」



 そんな会話をしていると調理室の扉が開き二人の人物が入って来る。



「ははっ、相変わらずやってるな」


「サクヤちゃんもシャロ先輩も仲良しですよね」



 僕とシャロ先輩の半ばコントのような会話に割って入って来てくれたのは二年生のダルク先輩と同じく二年生のハルカ先輩だった。ダルク先輩は僕と同じ男ということもあって比較的話しやすくて愚痴を聞いてくれるし、ハルカ先輩も後輩思いの良い先輩だ。



「あら?今日は二人だけなの」


「はい、他の子は欠席みたいです。なので今日は私たち四人で頑張りましょう!」


「「「おぉ〜!」」」



 なんの脈絡もなく掲げられたハルカ先輩の拳にみんなで合わせるように拳を上げて声を出す。もちろん、この料理部のノリに慣れている僕も喜んで参加する。



「それでは今日は牛肉を使ってブフ・ブルギニョンを作って行こうと思います。予算はもちろん学園持ちです」



 シャロ先輩の声に反応して僕は内心少しだけガッツポーズを取る。この料理部は作る料理の予算を学園側が出してくれるのだ。その為少しお高めのものでも簡単に作ることが出来てしまう。



 まぁ、それでこの前試しにチャラピタをお願いしてみたところ見事に却下されちゃったんだけどそこは今後に期待かな。



「良し!前はハルカがダイエット食とか言って変なやつ食べさせて来たからな」


「はっ?ビーツは立派な野菜です、ダルクくんなんかこの前熊肉持って来て大惨事になってたじゃん!」


「それはお前が下処理を適当にやったからだろ、なんだよ「ささっと茹でたら匂いは無くなります」って野菜脳も大概にしとけ」


「一流レストランの味を再現とか言ってフルコース全て肉料理を出す野生児には言われたくないんですけど」



 そんなことを僕が考えているとダルク先輩とハルカ先輩が口論を始めてしまう。けど、これはいつものことなので僕は特に慌てることもなく楽しそうだなぁと呑気のんきに二人のやり取りを観察する。



「はい、あの二人は放っておいてサクヤちゃんと私は料理の下準備をしちゃいましょう」


「はい、分かりました」



 その後も僕たち料理部は勝手なアレンジと雑談を交えながら楽しい時間を過ごすのだった。






 楽しい料理部の時間も終わり先輩方が帰った頃、僕はシャロ先輩に話があると呼び止められてしまい今は二人で机に座っている。



「それで話って何ですか?」



 シャロ先輩に呼び止められてしまった理由には心当たりがあるけど僕は直接シャロ先輩が口を開くのを待つことにする。



「えっとねぇ、これは単なる先輩のお節介なんだけど最近どうかなって思っちゃってね。ほら、サクヤちゃんは噂のレイドくんと同室じゃない。サクヤちゃん自身が嫌ってないのは分かってるんだけど他の人の反応までは分からないから」



 すると案の定、シャロ先輩の口から出たのはレイドに関係することだった。確かに、僕の所属するBクラスでもレイドに対する悪い噂は絶えることはない。まぁ、本人もそれなりのことをしているあたり真っ向から否定出来ないのが辛いところではあるけどね。



「大丈夫ですよ、皆さん騎士を目指しているだけあってレイドと仲良くしているだけでは特に害はありませんから。それに、レイドには僕がついていてあげないとダメなんです」



 レイドは僕なんかとは比べ物にならないくらい強くて、カッコよくて、それでいてすごく脆い人なんだ。



「ふふっ、そのレイドくんって子は愛されてるのね、嫉妬してしまいそうだわ。でも、サクヤちゃんがそれで良いのなら私から言うことはないわよね。頑張ってね」



 頑張ってねと言ってくれるシャロ先輩の表情は少し心配そうではあるもののそれでも僕に対する強い信頼が感じ取れる。本当に今の僕は恵まれ過ぎているのだと思う。



「呼び止めちゃってごめんなさいね。でも、折角だからもう少し雑談して行きましょう」


「そうですね、僕も暇ですし付き合いますよ」


「あら?付き合うなんて告白かしら?」


「話にですよ、話に!」



 そんなやり取りをしつつ僕とシャロ先輩はクッキーをつまみながら楽しくお互いのことを話し合うのだった。




◇◆◇◆



 誰もが寝静まったクルセイド騎士学園の夜、僕は一人自分の部屋で静かに覚悟を決めていた。



「大丈夫、僕ならきっと上手くやれる筈」



 まるで暗示でも掛けているかのように自分で自分を安心させていく。そう、これは必要なことなんだ。親友のためにもこれだけは僕がやらないといけない。



「良し、行こう」



 覚悟は決まった。いや、覚悟ならもう既に決まっている。あと必要なのはただ一歩を踏み出す勇気だけだ。



 決意を新たに僕は懐に拳銃をしまい仮面を付けて足音を立てないようにそっと部屋を後にする。



 その後、なんとか誰にも見つからずに男子寮を出て校舎内に侵入した僕はあらかじめ入手していた見回りの人がいないルートを選んで本来なら鍵のかかっている筈の屋上を目指して進んで行く。



「はい、はいそうです」



 無事屋上についた僕は本来なら鍵が閉まっている筈の扉が開いているのを確認して聞こえて来た声に耳を傾ける。



「はい、確かにその日はあの女も空けているので絶好の強襲日和だと思われます」



 聞こえて来た声は女性のものでそれは僕も少しだけ聞き覚えのあるニ年B組の担任のカルヒネ先生のものだった。話している相手までは分からないけど何か特殊な機械で誰かと連絡を取っているのは分かる。



 カルヒネ先生が話に集中している間に足音を殺して屋上内に侵入した僕はそのままカルヒネ先生の話が終わるのをただただ静かに待っていた。



「はい、はいそれでは失礼します」


「こんな夜中に何をしているんですか?カルヒネ先生」


「なっ!」



 話を終えたと思って僕がカルヒネ先生に声を掛けるとカルヒネ先生は心底驚いた様子で勢いよく振り向いてくれる。



「クソ、見られた以上は」



 今更僕の存在に気がついて悪態を吐くカルヒネ先生を他所に僕は親友の末路を思い出していた。



『ねぇ◼️◼️◼️、お味噌汁作ったんだけど良かったら飲まない?』


『味がしないのに飲む意味があるのか?』



『なんで◼️◼️◼️は僕を頼ってくれないんだよ!◼️◼️◼️は一人じゃない、僕は◼️◼️◼️の味方なんだよ!』


『弱いお前が居て何になる?はっきり言って目障りだ。俺の邪魔をするな!』



 うん、君を取り戻すためなら僕は何だってするよ。



「見られた以上は処分させてもらうわ!来なさい私の霊装、変在剣オディマス



 シュッ!



 カルヒネ先生は僕を始末しようと霊装を顕現させようとするけど、その行動は僕が懐から取り出したサイレンサー付きの拳銃から発砲された一発の弾丸によって封じられてしまう。



「がはっ、な、なん、で」



 僕の発砲した弾丸は狙い違わずカルヒネ先生の心臓を打ち抜きその命を刈り取った。



「ごめんなさいカルヒネ先生。これが僕の考えた最善なんです。さようなら」



 それだけを言い残して僕は地面に落ちている通信機器を砕いてから拳銃を分解して証拠隠滅をして誰にも見つからずに部屋に戻るのだった。

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