第43話 犯人探し

「レイド、すごく上機嫌だけど何か良いことでもあったの?」



 休日明けの月曜日、普通なら面倒くさいという感情が湧いて来るであろうこの日、俺はひどく上機嫌だった。そして、登校中隣を歩いているサクヤにそのことを指摘されてしまう。



「あぁ、実は妹に対する懸念が払拭されたんだ」



 そう言って、俺は歩きながら土日に確認したレイの様子を軽くサクヤに説明することにした。



 実は今回、俺が帰省した理由の大半はレイの置かれている現状を確認するためだった。俺が犯罪者の息子ということが学園全体に広がったことでレイにまで悪影響が出ているかも知れなかったからだ。



 剣舞祭の時にレイは俺が兄であることを学園の友達に話している上にレイの通っている学園にクルセイド騎士学園の関係者がいないとも限らない。実際にレイの父親が犯罪者だということは学園の皆に知られていた。



 まぁ、流石に俺もそこまで呑気ではないので俺が犯罪者の息子だと知られた時点でベルリアにレイの身辺警護と学園内での人間関係やイジメの有無などについて調査はしてもらっていた。



 その結果は少し距離を置かれてはいたものの目立ったイジメもなく友人と話している姿が確認出来る程には良いものだったが、それでも心的負担に関しては直接話をしてみないと分からないと判断した俺は普通を装ってレイとそのことについて話し合って来た。



 その結果が今の上機嫌な状態である。そのことから察せられると思うが実はレイは学園では俺以上に上手く立ち回っていた。恐らく、父さんの処刑で一度周りの人間の掌返しを見ていたこともあって、レイは例え父親が犯罪者であっても人が集まってくるほどには人気の地位を築いていたのだ。



 あとは信用出来る友達一人にだけ予め父さんのことを話していたのも大きかったのだと思う。俺自身もそれが出来なくてフレアさんの機嫌を損ねた節がある。



 でも1番大きかったのはやはりクライツ姉さんの存在だろう。レイとクライツ姉さんの仲の良さはご近所中にも知られているほどでよく本当の姉妹見たいだと言われている。



 そんな状態のレイに今更不信感を抱く人は少なく寧ろ、ご近所の世話焼き連中からより可愛がられている程だ。それに、明確なレイへの敵対行為はクライツ姉さんが許しはしないだろう。あの人はあれでも現役の上級騎士であり普通の国民からすれば手放しで敬意を払われる存在なのだ。

 


「まぁ、という訳で妹の無事が確認出来たからいつもより上機嫌なんだと思うぞ」


「レイドって実は重度のシスコンだよね。その心配を少しは自分に向けられないの?」



 俺の話を聞き終えたサクヤは少し頬を膨らませてそんなことを聞いてくる。だがこればかりはそういう性分と割り切る他ない。俺は冒険者ブランとして父親が犯罪者どころではないくらいのことをしている。そのことを考えると寧ろ今の状況は優しすぎるくらいだ。



「別に、俺にはサクヤも生徒会の先輩方もいるし武力行使も通用しない以上そこまで心配することもないだろ」



 本当は学園の全てから敵視されたところで特に心が痛むこともないのだが、それでも信用されて嬉しくないと言えば嘘になる。基本的に俺にとっての敵対行動とはレイを傷つけられることであって俺に対する害意はその範囲に含まれてはいない。



 その証拠に、殺し合いから関係がスタートしたベルリアやマサムネとも今では良好な関係を築いている。



「じゃあ、僕はBクラスだからここでお別れだね」


「あぁ、また後でな」



 その後、Aクラスの教室の前まで来た俺はサクヤと別れて教室へと入って行く。相変わらず、俺に向けられる視線には敵意の色が乗っかっているがもうすっかりそんな視線にも慣れてしまった。



「おはようレイド、腕の方は大丈夫?」


「マサムネの方こそ、もう動いて良いのか?」



 俺が教室に入るなりマサムネが腕の心配をして来たので俺は少し呆れながら言葉を返す。



 俺の腕は絶剣を使った後遺症によるものだがサテラ先生の治療と自己治癒力の強化で割とすぐに治る程度だ。それに引き換えマサムネの傷は割と深かったので本当なら今日も授業を休んで寝ていても良いと思う。



「いやぁ、あの一撃はかなり効いたよ。サテラ先生には感謝しないとね」



 なんでもない風にそう言うマサムネにいつも通りだなぁと思いながら俺は自分の席へと向かうのだった。



「おはよう、ソフィアさん」


「………」



 自分の席に着いた俺がまず初めに行ったのは隣で眠そうに座っているソフィアさんへの挨拶だった。当然、ソフィアさんからの返答はないのだがこの朝の挨拶は半ばルーティンになってしまっているので無視されてからも変わらずに続けている。



 ソフィアさん自身もっと敵意丸出しで俺に接してくれれば俺の対応も違うものになっていたのかも知れないが別にソフィアさんは俺を目の敵にしているわけでも、恨んでいるわけでもない。ただ自分の中で気持ちが整理出来ていないだけなんだと思う。



 入学初日の自己紹介でも言っていたことだがソフィアさんは騎士である父親を殺されている過去を持っている。だからこそ、頭では俺が悪くはないことを分かっていても騎士殺しというワードがそれを拒絶しているのだと思う。



 別に、だからといって俺が毎日挨拶をする理由にはならないのだが、強いて言うなら俺はソフィアさんに同族意識を持ってしまっているのかもしれない。親を殺される悲しみを知っている身としてはあまり突き放すようなことをしようとは思わないのだ。



「お前ら席に着け、ホームルームを始めるぞ」



 バンス先生の登場に立って話していた生徒や顔を伏せて眠っていた生徒たちが一斉に静かになる。そんな中で俺は一人ある違和感を感じ取っていた。



 そう、今日のバンス先生の様子がなんだかおかしいのだ。別に体調が悪そうとかではないのだが元気がないというか、空気が重いというか全体的に負のオーラが感じ取れる。そして、そんな俺の予感は直後にバンス先生から放たれた言葉で驚愕と共に肯定されてしまう。



「まず、お前たちに言わないといけないことがあるから心して聞いてくれ。生徒の混乱を避けるために昨日は発表しなかったが、昨日の早朝に二年Bクラスのカルヒネ先生がこの学園の屋上で遺体として発見された」



 バンス先生の言葉によって数秒の沈黙が教室中を支配する。



 誰も言葉を発しない。それ程までにバンス先生から告げられた言葉は衝撃的なものだったのだろう。本来、騎士を育成する機関であるはずのクルセイド騎士学園で教師が死亡するなど異例の事態だ。



 だが、問題はそこではない。問題なのはそれが事件なのか事故なのか、また内部の者の犯行なのか外部の者の犯行なのかだ。



「バンス先生、それって殺されたって認識で良いんですか?」



 俺と同じ疑問を持ったのかマサムネが代表してバンス先生に聞いてくれる。



「あぁ、そうだ。死因は心臓を拳銃で撃ち抜かれたことによる即死で、死亡したと思われる時刻は土曜日の夕方頃から日曜日の早朝までだ。本来なら犯人探しはしないと言いたいところだが今回ばかりはそうも言っていられない」



 拳銃というワードに少し不穏な気配を覚えつつ俺は現状を整理する。まず、俺自身のアリバイに関しては問題ないだろう。犯行が行われたと思われる時間俺は実家に帰省していたし、そのことはクライツ姉さんが証言してくれる筈だ。



 問題は寮の部屋で荷物検査をされた場合に冒険者ブランとしての拳銃や毒付きナイフが見つかるリスクだがそこはまぁ最悪ロゼリアさんにだけ事情を話してどうにか乗り切ろう。



「まず、このクラスで今回の事件について何か知っている者はいないか?」



 バンス先生の問いかけにクラスの誰も反応しようとはしなかった。というよりもまだ誰もまともに現状を整理出来てない様子だ。まぁ、生徒の中に犯人が居るかもしれない状況では普通冷静では居られないだろう。



「あぁ、ちなみに俺は今回の件は外部の人間の仕業だと思っているから気軽に声を上げてくれ。まぁ、一応生徒や教員という線も捨てきれないがな」



 うん、犯人探しをするつもりはないとか言って尋問し出すよりも真っ向から疑ってますよと言ってくるバンス先生のスタイルは嫌いではない。まぁ、ただでさえ悪い噂も立っていることだし、ここは保身も兼ねて発言をしよう。そう思い俺は真っ直ぐ手を上げる。



「レイド何かあるのか?」


「はい、俺はその時間実家に居たので何があったのかは知りませんが荷物検査などはしないんですか?」



 さりげなく自分の無実をアピールしつつ、俺は荷物検査の有無について尋ねてみることにする。事前にあると分かれば隠せる時間だって作れるという思惑だ。



「いや、学園側が真っ先に生徒を疑う姿勢を見せると余計ないざこざを生みかねないので荷物検査はやらないことに決まっている。それに拳銃ならもうどこかに捨てられてるだろ」



 しかし、バンス先生から帰って来た返答は俺に取っては非常に良いものだった。恐らく、今回の事件は学園側でも外部班の犯行で片づけたいのだろう。



「あっ、ついでにマサムネは何か知らないのか?マサムネの霊装なら怪しい動きをしている人間くらいわかるんじゃないか?」



 そして、ついでに俺と同じでヘイトを買っているマサムネへとフォローの意味も込めて言葉のパスを送る。俺たちに関しては先に無実を証明しておかないと冗談抜きで疑われかねないのだ。



「あのねぇレイド、僕は確かに常時霊装を顕現しているけどそれはあくまで顕現であって能力は自分の間合いくらいで留めてるよ。それに、事件があった時間帯なら僕はずっと保健室で安静にしてたから怪しい人すら見てないよ」



 マサムネも俺の意図を理解してくれたようで丁寧に自分の無実をアピールしてくれる。まぁ、俺とマサムネなら人目をい潜って油断している上級騎士を一人殺すくらいわけないことだが、それは言わぬが花というやつだろう。



「でも、カルヒネ先生も上級騎士なんだから結局俺たち生徒じゃあ返り討ちにあうのがオチじゃないんですか?」


「そうだよね!やれるとしたら上級騎士を倒せるレベルの犯罪者しか居ないよね」



 俺とマサムネのアリバイを話し終えたところで今度は生徒の中からそんな意見が飛び出してくる。まぁ、騎士としての戦闘しか想定していない彼らからすればそう思い込むのも無理のないことなのかもしれないがその認識はかなりズレている。



 正直な話、不意打ちで人を殺すのに強さはあまり関係ない。まぁ、一流の暗殺者にもなるとどんな事態にも対応するために実力を身に付けてはいるが拳銃を使うのだとしたらただ無防備で無警戒のところにバレないように引き金を引けばそれだけで済んでしまうのだ。



「はぁ、生徒同士でギクシャクしても始まらないからな。俺たち教員も犯人探しをするがお前たちは必要以上にお互いを疑うなよ。けど、一人で行動するようなことは避けてくれ」



 バンス先生の言葉に誰も返事を返すことなく朝のホームルームは静かに幕を閉じてしまう。



 結局その日はなんの手がかりもないまま一日が終わるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る