第44話 グランドクロス襲来

 カルヒネ先生が殺害されてから二週間が経った頃、未だに犯人の手掛かりすら見つかっていないまま学園内には微妙な空気が蔓延まんえんしていた。



 学園側の方針では外部の侵入者による犯行の可能性が高いと言われているものの、もし生徒や教員の中に犯人がいたらと考えて皆疑心暗鬼になってしまっている。



 そして、そんな微妙な雰囲気のまま午前の授業を終えた昼休み、あと十分で午後の授業のチャイムが鳴る頃に俺は何故か人の寄り付かない校舎裏でサクヤに呼び出されていた。



「ごめんねレイド、昼休みなのにわざわざ呼び出しちゃって」


「いや、別に構わないぞ。それで要件は何なんだ?」



 俺が校舎裏に着くとそこにはどうにも落ち着かない様子のサクヤが居た。普段のサクヤなら笑顔の一つも見せてくれるのに今日は少し様子がおかしい。



「えっとね、実は僕レイドに謝らないといけないことがあるんだ」



 謝らないといけないこと、そう言われても俺には一切の心当たりがなかった。サクヤは良い人間だし俺に対して敵対行動を取るようには考えられない。しかし、次のサクヤの行動は俺の予想を大きく上回るものだった。



「"これ"のことなんだけど」



 そう言ってサクヤが懐から取り出したものは刀身が剥き出しになっているナイフと実弾の入ったリボルバーだった。それを見て俺はサクヤが何について謝っていたのかを正しく理解し、同時にこの事態をどう切り抜けるかに思考を巡らせる。



 今サクヤが取り出したのは十中八九俺が自室に置いている冒険者ブラン用の仕事袋に入っていたものだ。見つけ出したきっかけは恐らく今回起こった学園内での殺人事件だろう。



 今回の事件について俺には確実なアリバイがある上に、本当に犯人ではないがもしこれを学園側に報告されると面倒なことになるのは必至だった。この際、サクヤになら俺のことを話しても良いかと思ったその時サクヤから思いもよらない言葉が飛んでくる。



「そんなに焦らなくても良いよ。僕は別にレイドが今回の事件の犯人だなんて思ってないんだから」



 サクヤから発せられたその声は何処までも優しく穏やかで本当に俺のことを微塵みじんも疑っていないことが感じ取れた。



「じゃあ、何でこれを俺に見せに来たんだ?疑っていないんだとしたらわざわざこんな所に呼び出す理由はないだろ?」


「うん、それはそうなんだけどね。なんて言ったら良いのかな、本当に我儘わがままで勝手な言い分なんだけどね、僕もっとレイドのことが知りたいんだ」



 俺の質問にそう答えたサクヤは意を決したかのように続きの言葉を紡ぎ始める。



「僕はレイドが凄く強いことを知ってる。でも、何でそんなに強いのかを知らない。一緒に住んでるから嫌でもわかっちゃうんだよ。レイドは優しいのに冷たくて、頼りになるのに何処か脆くて、心配要らないのに心配になって、他人のことを気にするくせに自分のことはどうでも良くて、ひずんでて、壊れてて、矛盾してて、どうしようもないくらい見ていられない!」


「それは」



 間違っているとは言えなかった。サクヤの言っていることは正しい。確かにもう既に俺は壊れているんだと思う。いや、正確には壊れることが出来ないからこそ狂ってしまったのだろう。



「ねぇ、レイド。僕は何でも受け入れるからたとえ今じゃなくても良いからレイドが必要だと感じた時、もう話しても良いと感じた時は僕にレイドのことを教えてくれないかな?このままだとレイドがどこか遠い所に行っちゃう気がして凄く怖いんだ」



 そう言って上目遣いで俺の顔を覗き込んで来るサクヤの表情は必死そのものだった。まるで何かを恐れているような、すがり付いて来るような、普段のサクヤとはかけ離れたその感情の発露を見て俺は何故かサクヤになら自分の過去を話しても良いと感じた。



「はぁ、仕事袋も見られたことだしサクヤになら俺の過去を話しても良いかもな」


「本当?なら僕は自室で待ってるから絶対にレイドの過去を聞かせに来てね。絶対にから」



 俺の言葉を聞いたサクヤは今までの心配そうな表情が嘘かのようにニコニコと笑いながら、手に持っていたナイフとリボルバーを俺に渡すと足早にその場を後にする。



「本当に何なんだろうな」



 もうすぐ昼休み終了のチャイムがなるので俺はサクヤから手渡されたナイフとリボルバーを仕方なく懐にしまいサクヤを追いかける形で教室へと戻るのだった。




◇◆◇◆




 Aクラスの教室に戻った俺はいつも通り若干の負の視線を感じながら授業を受けていた。と言っても教科書に書いてあることは応用も含めて全て頭に入っているので真剣に聞いてますよアピールをするだけだ。



 それでも、時折先生の持論が展開されたり、未だに解明されてない分野に足を踏み入れたりと全てがつまらないわけではない。



 そんな俺の隣ではソフィアさんが頭を抱えて今しがた出された問題に悪戦苦闘している。普段表情の変化があまり見られないソフィアさんだけど実はこういった場合には度々表情を変えることがある。



「分からないなら教えようか?」


「………」



 一応の親切心もとい暇潰しでソフィアさんに話しかけて見るも無視を決め込まれてしまう。まぁ、自分で考えて答えを出すのも良いと思う。



「因みに、問いの二番の三行目にミスがあるよ」


「………」



 俺の指摘に一応しっかりと耳を傾けて消しゴムに手を伸ばしたソフィアさんに温かい目を向けつつ先生の言葉に合わせて頷いていると俺は学園内の空気が一気に変わったのを感じ取り授業中だということも気にせず席を立って窓側へ移動する。



 すると、本来なら空や建物が見えるはずの学園の敷地内はドーム状の霧で覆われていた。



「お前ら、どうしたんだ?」



 バンス先生の問い掛けを無視して俺は同じように窓側へと移動したマサムネへと近づき情報の詳細を聞くことにする。



「マサムネ、どこまで把握してる」


「敵は三人、上位の上級騎士クラスが一人、ロゼリア先生級が一人、よく分からない歪なのが一人、既に警備の騎士が二人死亡して学園内は霧の結界で覆われてる」


「了解」



 マサムネの霊装の便利さに感謝しつつ俺は今得られた情報を速やかに精査する。学園を襲撃してきた連中の狙いは分からない、戦力的に考えても俺とマサムネ以外の生徒は今回は殆ど使い物にならない。



 強さだけで言うなら生徒会のメンバーなら時間稼ぎくらいは出来そうだけど、目の前で仲間が殺されても冷静に立ち回れるかと問われれば答えは否だ。



「バンス先生、ロゼリアさんは?」


「今日は運の悪いことに出張で外に出ている。襲撃者に関しては俺も確認したが状況はかなりまずいぞ」



 この期に及んでの最悪の情報に俺はため息が出るのをなんとか堪える。このタイミングでロゼリアさんが居ないとなればそれは十中八九襲撃者たちの作戦通りだろう。



 そこまで考えると今度は学園全体へ向けて放送が流れ始める。



『緊急連絡です。今この学園は襲撃を受けています。敵は三人、生徒の皆さんは絶対に教室の外へ出ないでください。また、外に居る生徒は速やかに校舎内に入り教室へ避難してください』



 生徒会長であるティア先輩の放送で皆も状況が飲み込めたのか一斉に教室内がザワザワと騒がしくなる。そんな喧騒を余所に俺とマサムネの話し合いは続く。



「マサムネ、このまま教室に引きこもっている場合の被害はどうなる?」


「そうだね、少なくとも百人以上は殺されると思うよ。結界を張った霧使いとロゼリア先生級の化け物は理性的だけど、最後の一人が今のやり取りの間にも三人ほど殺してるからそいつの足止めをしない限りは死者は増え続ける」


「それは逆に言うとそいつさえどうにかすればあとは問題ないのか?」


「もちろん保証はできないよ。でも、他の二人が警備の騎士を無力化だけに止めて殺してないのは確かだね。それに霧使いの方は結界に全力を注いでいるせいで戦力にはカウントされない。まぁ、そのせいでレイドの全力でも壊せないくらい強固な結界を貼られてるんだけどね」



 なるほど、本来こういう場合は生徒は下手に出しゃばらずに先生に対応を任せるのが正解なのだろうけど警備の騎士が殺されてる以上は先生たちでどうにか出来る保証もない。



「そいつの相手は先生たちで務まると思うか?」


「まず無理だろうね、勝負は何が起こるか分からないし霊装の相性次第では可能性はゼロではないけど僕の見立てでは少なくともこの学園の教師じゃあ束になっても勝てないかな」



 この学園の教師は決してレベルが低いわけではない。寧ろ、霊装を使える上級騎士クラスの人間でないとクルセイド騎士学園の教師は務まらない。そんな先生たちが束になっても勝てないと言うのなら敵の戦力は相当なものだろう。



 せめて、敵の目的さえ分かれば作戦くらい立てられそうなものだけど、今の段階では情報が少な過ぎる。敵がロゼリアさんの居ない時間帯を狙って襲撃を仕掛けて来たのだとしたら急ごしらえの作戦は寧ろこちらの首を絞めかねない。



 今俺の持っている手札は霊脈剣シドロワンドとサクヤから受け取ったベルリア謹製きんせいの毒付きナイフに残弾六発のリボルバー、選択肢としてはこのまま何もせずに大人しく教室で待機するかマサムネからもらった情報を頼りに敵を倒すかの二択、学園内を霧の結界で覆われている以上逃げるという選択肢はない。



 別に無理して戦う必要はない。冷たいことを言うようだけど俺からしたらこの学園の生徒がいくら殺されようと心が動かされることはない。顔も知らない誰かの為に命を懸けられるほど俺は高尚こうしょうな人間ではないのだ。



 そう、顔も知らない誰かの為に俺が動くことはない。



 では、隣で戦意をたぎらせているマサムネがもし一人で突撃して命を落としてしまったらどうだろうか?生徒会のメンバーが殺されたら?サクヤは?ソフィアさんは?フレアさんは?リリムさんは?バンス先生は?サテラ先生は?イースト先生は?



 顔も知らないと言うには無理がある程度には親しい人たち、もし彼らが今回の事件で死んでも俺が壊れることはないだろう。精々、二日三日悩んでから気持ちを切り替えるだけに終わるだろう。



 人の死には慣れている。たとえ親しい人の死でもレイ以外の人間なら俺は受け入れる。それでも、死んでほしくない気持ちはある。



「マサムネはこれからどうするんだ?」


「僕の目的はサムライの強さを証明することだからね。強敵と戦える上に強さの証明も出来る、こんな良い機会を逃す手はないよ。レイドはどうする?」



 何の迷いもなく俺の質問に明確な答えを示したマサムネにらしいなと内心苦笑しつつ俺も答える。



「俺は別に実績が欲しいわけではないけど折角騎士学園に居るんだから騎士ごっこでもしようかな」



 存外、俺も失いたくないものが多いらしい。

 


 今更、誰かの為になんて偽善を振りかざすつもりはない。俺が失いたくないから俺が勝手に命を懸ける。子供の言い訳みたいな考えではあるけれど、まぁたまにはこういうのも悪くない。

 


「待ってください。レイドさんとマサムネさんが行くと言うのなら私もついて行かせてください」



 俺とマサムネが大体の方針を決めたところで今度はフレアさんから待ったが掛かる。よくよく周囲を見てみると教室内は既に静まり返っていて皆が一様に俺とマサムネの方に視線を向けている。



「悪いけどそれは出来ない相談かな、足手まといを連れて行って勝てるほど今回の敵は甘くない」



 しかし、皆の視線を余所にマサムネはフレアさんの提案をあっさりと両断してみせる。まぁ、言い方はどうであれマサムネの意見は正しい。覚悟や気持ちでどうにか出来るほど現実は甘くないのだ。



「ッ!レイドさんも同じ考えですか?」



 マサムネに戦力外通告を受けたことで一瞬動揺を見せたフレアさんだが今度は俺の方に同じ質問をしてくる。



「そうだね、フレアさんだけでなくソフィアさんもリリムさんも他のクラスの全員も今回に限って言えば戦力には数えられない。純粋な実力もあるけど何より連携の取れていない共闘は弱体化を招くからね。フレアさんはフレアさんの出来ることをやってくれるとありがたいかな」



 本当は連携以前に戦力にならないと思うけどそれをこの場で言ってむきになられても困るので俺はなるべく慎重に言葉を選んでみんなに納得してもらうことにする。



「じゃあ行こうかレイド、時間が惜しい」


「そうだな、作戦を詰めるのは走りながらにしよう」



 それだけ言って俺とマサムネは周りの視線を気にせずに教室を出て廊下を駆けるのだった。

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