学園襲撃

第37話 犯罪者の息子

 生徒会室で祝勝会を終えてラシア先輩の告白を断った翌日、俺はいつも通り五時に目を覚ました。


「おはようレイド、はいこれお味噌汁」


「おはようサクヤ、毎朝ありがとうな」



 もはや、毎朝の恒例にもなっているそんなやり取りを交わしてから俺はいつも通りサクヤの渡してくれた味噌汁に口を付ける。



 しかし、そこで俺はある違和感に気が付く。そう、いつもなら俺が味噌汁に口を付けるタイミングでサクヤから味の感想を聞かれる筈なのだ。毎回、美味しいかと聞かれて美味しいと答えるのがお約束の筈なのに今回はそれがない。



 そんな疑問を抱いてサクヤを見るとそこには不安そうな瞳で俺を見つめているサクヤの姿があった。



「どうかしたのか?」


「実はね、僕どうしてもレイドに聞きたいことがあるんだ」



 そんなサクヤの様子をいぶかしみ俺がどうしたのか?と聞いて見るとサクヤはすごく真剣みを帯びた瞳でそんなことを言ってくる。その雰囲気は普段のサクヤとは異なり自然と俺も気を引き締めてしまう。



「ねぇ、レイドがロイドの息子って本当なの?」



 一瞬の静寂、次に俺の頭に浮かんで来たのは何故という疑問だった。何故、サクヤがそのことを知っているのか?



 いや、問題はそこではない。俺からしたらレイに危害さえ加わらないのなら父さんのことがバレても特に問題はない。だが、父さんの情報をどういうルートで手に入れたかによっては話が違ってくる。



「何処でそれを知ったんだ」



 自分でも声のトーンが低くなっているのを実感しているがそれでも抑えることが出来なかった。しかし、そんな俺の声を聞いてもサクヤは一切萎縮いしゅくすることなく俺に一枚の紙切れを渡してくる。



「実はね、朝起きたら扉の前にこれが落ちてたんだ。僕てっきりレイドのものだと思ってたんだけど」


「はぁ、なるほどな。これまた厄介な」



 サクヤから受け取った手紙の内容を見て俺はため息を吐く。そこには、『レイドの父親はあの最悪の犯罪者ロイドである』とデカデカと書かれていた。



 犯人探しは恐らく難しいだろう。こんなことをした理由が嫉妬なのか憎悪なのかは知らないが俺が犯人ならまず間違いなくこの紙を学園中にばら撒いて俺の味方を消して行くだろう。サクヤにこのことが知られている時点で相手がこの事実を盾に俺を脅してくることは恐らくない。



 愉快犯ゆかいはんならまだ良いが相手に計画性があったのなら尚のことタチが悪い。だが、それは何も悪いことだけではない。



 俺がこの学園に来た目的は父さんが守ろうとしたものの価値を見極めることにある。ならば、今回の件は良い判断材料になるかもしれない。果たして、彼ら騎士見習いは俺を犯罪者の息子として見るのかただのレイドとして見るのか。当然その事実だけで結論を出すつもりはないがそれでも俺の探している答えに一歩近づくのは確かだろう。



 そう結論づけた俺はまず目の前のルームメイトに聞いて見ることにした。



「そうだよ、俺は八年前に国家転覆を企んだ上級騎士ロイドの息子だ」



 そう告げた俺の声には動揺や恐れの感情は一切乗っていなかった。他の人からすれば父親が犯罪者なのは嫌なことかもしれない。それでも、俺は父さんを尊敬しているのだから堂々と宣言して見せた。



 しかし、次に帰ってきたサクヤの解答は俺の予想を超えてくるものだった。



「そうだったんだ。うん、本当ならもっと早く言ってほしかったけどレイドにはレイドの事情があるんだもんね」



 そう言ったサクヤの声音は酷く落ち着いていて、まるで聞いている俺を安心させるかのようだった。



「それだけか?てっきり幻滅げんめつしたり罵倒ばとうされたりすると思ってたんだが」



 これは嘘だ。俺は入学してから少しの間だがサクヤと共に過ごしてみてサクヤがそんな人間でないことはよく分かっていた。それでも、怒られたりはするだろうし、文句の一つも言われるとは思っていた。



「何で?僕だってレイドに両親のことは話してないし、仮に僕の両親が犯罪者だったとしてもレイドなら笑って受け入れてくれるでしょ」



 そこに嘘は一切ない。代わりにあるのは俺に対する全幅ぜんぷくの信頼だ。



「でも、騎士を目指しているみんなが同じことを思うわけじゃないからね。それでも忘れないで、僕はレイドを信じているし他にもレイドを信じている人は居るからね」


「本当にサクヤには敵わないな、肝に銘じて置くよ」



 そんな会話を交わしてから俺は初めにこのことを話したのがサクヤで良かったと思いながらいつも通り朝練へと向かうのだった。




◇◆◇◆




「ね、ねぇ、あれって本当のことなのかな」


「でも、レイドくんだし」


「本当だったらヤバイよね」



 朝練を終え教室に向かっていた俺はその道中多くの生徒たちからコソコソ話をされていた。まぁ、それもその筈で朝練の時にも発見したが今この学園には先程俺の部屋に届いていた紙と同じものが大量にばら撒かれているのだ。



 もう既にこの学園には俺が父さんの息子だということを知らない人間はいない筈だ。だが、それもただの悪戯いたずらという可能性もあるため皆まだ直接俺に何かを言ってくることはない。



「レイドさん!これは本当なのですか?」



 そうこうして教室まで辿り着いた俺は教室に入るなりフレアさんからそう詰め寄られる。



「レイドさんがロイドの息子だというのは本当のことなのですか?」



 そう言って例の紙を俺に突き付けているフレアさんの瞳には強い怒りの感情が乗っかっている。そして、周りを見てみるとそこでは多くのクラスメートたちが次の俺の言葉を鋭い目線で待っていた。



 唯一マサムネだけは面白そうだとニヤつきながら俺のことを見ていたがそれ以外は大半が怒りや軽蔑けいべつの視線で俺を見ている。他にはリリムさんだけが心配そうな顔をしていることくらいだろう。



「うん、本当だよ。俺はロイドの息子だ。で、それがどうかしたの?」



 あくまでも何か問題でもありますかというスタンスで俺は冷静にフレアさんへと聞き返す。しかし、そんな俺の言葉に先に反応したのはフレアさんではなく、それを見ていたクラスメイトたちだった。



「ふざけるなよ!」


「うっわ〜、あの噂本当だったんだ」


「最低だな」


「今まで俺たちをだましてたんだ」



 俺に向けられる見事なまでの敵意の数に俺は逆におかしくなって笑いそうになってしまう。まぁ、彼らの気持ちも分からなくはない。これが普通の犯罪者だったのならまだここまで酷いことにはならないだろうが、父さんがやったとのは騎士の中では絶対にしてはいけないとされている仲間殺しだ。



「何故、そんなにも平然としているのですか?」


「だって、俺は俺だから。父さんがどうであれ俺は決して変わらない。それだけのことだよ」



 未だに怒りをにじませているフレアさんに俺は何でもないことのようにそう宣言する。少しだけサクヤの受け売りみたいになってしまったがこれは紛れもない俺の本心だ。



 だって、父さんがどれだけ誇り高い生き方をしていたとしても、俺が汚れていることに変わりはないのだから。



「何故、何故なんですか」



 しかし、俺の言葉はフレアさんにとっては納得のいくものではないらしく未だに俺を睨む目線は緩まない。



「何故、私に何も話してくれなかったのですか!そんなに私は信用出来ませんか?レイドさんにとって私はその程度の人間なんですか!」



 あぁ、なるほど。そこまで言われて俺は今更になってフレアさんの怒りの原因を理解する。フレアさんが怒っているのは俺が犯罪者の息子だからではない。そのことを隠していたというフレアさんへの信頼の無さだ。



 でも、それは事実だった。



「言う必要があった?」


「ッ!、もう良いです」



 それだけの言葉を残してフレアさんは自分の席へと戻ってしまう。



「おはようソフィアさん」


「………」



 そして、いつもならおはようを返してくれる筈のソフィアさんも今日は無言で何も答えてはくれなかった。



「さて、お前ら席に着け。今日も授業を始めていくぞ」



 かなり重苦しい空気の中でバンス先生はいつもと変わらずに授業を開始する。相変わらずの放任主義に少し安心しながらも俺の一日が幕を開けたのだった。




◇◆◇◆




「失礼します、レイドです」


「入ってください」



 全ての授業が終わった放課後、俺は呼び出しを受けて生徒会室までやって来ていた。



 許可を取り生徒会室の中に入った俺は室内の重たい雰囲気にため息をつきたくなるのを我慢する。きっと、昨日のラシア先輩の告白も響いているのだろう。



「今日レイドくんをここへ呼んだのは他でもありません。レイドくんがロイドの子供であることの真偽の確認とこれからの処遇についてです」



 そう言うティア先輩の瞳は真剣そのものでレオ先輩もラシア先輩も同じように真剣に俺を見ている。



「はい、まず俺の父親がロイドであることは事実です。これに関してはロゼリアさんも知っていることなので確認してください。処遇に関しては好きに決めてもらって構いません」



 さて、この学園が選んだ生徒会のメンバーはどのような結論を出すのか。やはり、学園の威信のためにも俺は置いておけないのか、それとも父さんの件は俺と切り離して考えるのか。どちらにしても、このままでは他の生徒に示しがつかない以上何かしらの策は取るべきだろう。



「そうですか。まず伝えておきますが私たち三人はレイドくんのことを拒むことはありません。生徒会長としても私個人としてもレイドくんは守るべき大切な生徒です」


「そうだよ、レイドくんが私を尊敬しているように私もレイドくんのこと尊敬してるんだから。それに、昨日のあれが優しさっていうのも分かっちゃったし」


「僕も、思うところがない訳ではないけどレイドくんの優秀さや真面目さは理解しているつもりですからね。君のような人材を手放す気はありませんよ」



 先輩方が口々に言ってくれる肯定の言葉に俺は少し嬉しくなってしまう。だが、それと同時に甘いとも思った。



「ですが、まだ今回の件の犯人の目的すら分かっていない上に他の生徒がどう出るのかも分かりません。俺の予想では俺の生徒会脱退を求める声とかかなり多そうですよ」



 生徒会とはわば、学園と言う組織のトップのようなものだ。なので、本来なら俺一人を切り離して学園全体の統制を取るのが仕事の筈だ。大切なものの為にそれ以外を切り捨てる、組織のトップには時としてそう言う決断も求められる。



「そうですね。私もそうなることは予想しています。なので、午前中のうちに三人で話し合ってその解決策を考えました。その結果、レイドくんの実績ならば問題ないと判断しました」



 そう言ってティア先輩は俺の実績を順番に上げていく。筆記テスト満点、上級騎士との引き分け、学年次席、ボランティア部への助言、生徒会への加入、フレアさんとソフィアさんの危険行為の仲裁、剣舞祭への大将での出場、剣舞祭優勝への貢献、改めて聞かされると意外と多いことに自分でも驚いてしまう。



「いやぁ〜、挙げてて思ったけどレイドくんって改めて凄いよねぇ」


「それに加えて、普段の生活態度も問題なし。これぞ日頃の行いってやつですね」


「これだけの材料が揃っていれば問題ないでしょう。私たちの方でも今回の件の犯人探しはさせてもらいます。レイドくんもこれから大変かもしれませんが辛い時はいつでも私たちを頼ってください」



 ティア先輩たちの話を聞いて俺は何とも言えない気持ちになってしまう。本当に先輩たちは騎士らしい。だからこそ、俺はここに居るべきではないと思ってしまう。



「ありがとうございます」



 俺はティア先輩たちに頭を下げて本心からのお礼を言ってから生徒会室を後にした。






「はぁ、居心地が良いのか悪いのか。やっぱりそう簡単に答えは得られないか」



 生徒会室を出てすぐ俺はそう独りごちる。一体、父さんはあの時どんな光景と未来を見てあの決断をしたのか未だに俺には理解できない。



「騎士にしか分からないのかな」


「あ、あのレイドくん!今良いですか?」



 考え事をしながら歩いていたせいか、俺にしては珍しく後ろから掛けられた声に少し驚いてしまう。だが、その声の質からそれが誰のものかはすぐに分かった。



「リリムさん、俺に何か用?」



 そう、俺に声を掛けてくれたのはリリムさんだった。まだオドオドはしているけど、身体つきを改めて観察すればあの決闘からかなり頑張って修練したのが感じ取れる。



「は、はい!私どうしてもレイドくんに言いたいことがあるんです」



 さて、俺はそろそろ帰りたいところではあるんだけど、足を震わせて普段よりも大きな声を出していることからリリムさんが今、かなり勇気を出して俺に接して来てくれているのが分かる。流石に、こんな様子を見たら無下には出来ないだろう。



「良いよ、どんな言葉でも受け止めるから遠慮なく言って」



 俺がそう言うとリリムさんは一度深呼吸をしてから改めて口を開く。

 


「え、えっと、わ、私は、レイドくんを尊敬しています。さっきも教室でお父さんのことを堂々と言っていたこととか私はカ、カ、カッコいいと思います。だ、だからその、元気出してください!」



 あぁ、なるほど。確かに、サクヤの言う通り俺のことを思ってくれてる人は存外居るようだ。そう思い俺はそっとリリムさんの頭に自分の手を置いた。



「え?えっ!」


「ありがとうリリムさん。元気が出たよ」



 それだけを言い残して俺は未だにポカンとしているリリムさんを置いて自室へと帰るのだった。



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 突然ですが次回から小説投稿日を水曜日と日曜日の週二に変更しようと思います。今後も応戦よろしくお願いします。

 

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