第36話 祝勝会と告白

 三日間で行われる剣舞祭も全て終わり、全学年の結果が発表されたクルセイド騎士学園はその日盛大に盛り上がっていた。



 俺たち一年生は言うまでもなく誰一人として一敗もしていないという伝説的な記録を残して鮮やかなる完全優勝を決めた。



 続く二年生の試合では生徒会メンバーであるティア先輩、レオ先輩、ラシア先輩の三人が出場してこれまた華々しく優勝を勝ち取ることが出来た。流石に俺たちみたく全勝や無傷とまではいかなかったもののそれでもティア先輩に関しては全勝な上に優勝したことには違いない。



 そして、最後の三年生は主に剣術部や弓術部などの戦闘系の部活の部長連中を中心に奮闘した結果、かなりギリギリではあったものの一、二年の勢いもあってなんとか優勝することが出来た。



 つまり、今年のクルセイド騎士学園の剣舞祭の成績はなんと全学年優勝という完全勝利で幕を下ろしたのだった。そして、その結果が学園に与えた影響は少なくなかった。



 生徒は皆、自分の通う学園に誇りを持っているようで歩く姿は普段にも増して堂々としているし、校舎にも完全優勝とデカデカと書かれた横断幕がぶら下げられていたりする。



 その他にも実際に剣舞祭に出場して活躍していた俺たち選手は盛大な歓迎を受けているし、学園内の食堂もこの日ばかりは大賑わいで特別メニューまで出している始末だ。



 そんな盛大なお祭りムードの学園の放課後、俺とフレアさんは祝勝会と評して生徒会室にお呼ばれされていた。



「それでは、我が学園の完全優勝を祝って乾杯!」



「「「「乾杯!」」」」



 ティア先輩の音頭で皆が一斉に各々の飲み物が入ったグラスを突き合わせて乾杯する。今生徒会室に居るのは生徒会メンバーであるティア先輩、レオ先輩、ラシア先輩、俺、フレアさんの計五人だけだ。



「本当にマサムネさんは来なくても良かったのでしょうか」



 皆が思い思いに用意された高級そうなお菓子に手を付けている中、ふとフレアさんがそんなことを口にする。



 そう、本来なら剣舞祭で無傷で全勝したマサムネはこの場に呼ばれる筈だったのだが、俺とフレアさんが祝勝会に誘ったところマサムネはしたいことがあるからとその誘いを断ったのだ。



「まぁ、マサムネくんにも事情くらいはありますよ。それよりも今はこの場を楽しみましょう」


「はい、そうですね」



 フレアさんとティア先輩がそんな話をしている最中、二人とは少し離れた所でマカロンを食べていた俺はいつの間にか隣に座っていたラシア先輩へと視線を流す。



「俺になにか用ですか?ラシア先輩」


「いやさぁ、前に私が話したこと覚えてるかな」



 何処かぎこちない感じでそう話を切り出してきたラシア先輩に対して俺は過去の記憶をさかのぼる。



 と言っても俺とラシア先輩にはそれほど接点があるわけではない。たまに昼休みに生徒会室で昼食を食べている時に雑談をしたり、生徒会の仕事で手伝いをしたりとその程度だ。



 だが、ラシア先輩の表情を見れば自然とその答えは見えて来る。普段元気いっぱいといった様子で明るく振る舞っているラシア先輩がこういう表情をするのは大抵がボランティア部のことを考えている時だ。



「ボランティア部のことですよね。前って言うと、部活動見学の時の話ですか?」


「そう!それなんだけどね、見てみてよこれ」



 そう言って嬉しそうな顔でラシア先輩が俺に差し出して来たのは一枚の写真と手紙だった。


 

「これは、随分と新しい建物ですね。それに子供たちの顔も」



 ラシア先輩から渡された写真に写っていたのは作り立てかと思うほどに新しい孤児院らしき建物とその前で笑っている子供たちの姿だった。



「実はね、あの時レイドくんに子供たちを見下してるって言われてから私あの子たちのこと知りたくて学校休んで一週間だけ一緒に過ごしてたんだよね」



 それは衝撃の告白だった。いや、確かに一時期家の用事とか言って一週間ほど学校に来ていなかった時期があったのは覚えているけどまさかその間に孤児たちと一緒に暮らしているなんて予想すらしていなかった。



「それでね、髪をボサボサにして服もある程度汚して銅貨八枚くらいを持って住んでいた家が全焼したって設定であの子たちに近づいたのね」



 嬉しそうにそんな話を始めるラシア先輩に俺はもう何処からツッコんだら良いのか分からない。そもそも、普通の騎士なら、ましてや貴族であるラシア先輩がそこまでのことをする必要が何処にあるのか。



「初めはあの子たちも警戒心剥き出しだったんだけどね、私の話をしたら住処まで案内してくれたんだ。そこからはもう驚きの連続で、私がお礼に持っていた銅貨を渡そうとしても大切に使えって言って優しく返してくれるし、ボロボロの寝袋を貸してくれるし、ご飯だって盗んで来たものだけど私に分けてくれるの」


「そ、そうなんですか」


「そうなんだよ。その後もね、逃げるための便利な裏道を教えてくれて、あの環境で生き抜くための術も教えてくれて、あんなに酷い環境で生きてる筈なのにみんなとっても優しかったんだ」



 本当に嬉しそうにそんな話をするラシア先輩を見て俺は素直に尊敬した。ラシア先輩は本物だ。上辺だけで孤児たちを助けたいと言っている訳ではない。本気で孤児たちが幸せになれるように尽力している。



「それで、何故今になってそれを俺に言うんですか?もっと早く教えてくれても良かったのに」



 それは当然の疑問だった。時期的に考えてもラシア先輩がその生活を送っていたのは4月の後半で今までに俺に話す機会なんていくらでもあった筈だ。



「いやぁ、実はその写真に写っている子供たちが私が一緒に過ごさせてもらった子供たちで一週間お世話になったお礼として孤児院を立てることにしたんだよね。ほら、実体験を交えてお父さんに交渉したらお金はなんとかしてくれたし、何よりみんな仲良しだからあの子たちなら問題は起こさないし、仮に起こしてもリーダーのアリサちゃんが仲裁してくれるから大丈夫」



 その言葉の隅々からラシア先輩の孤児たちに対する思いやりと信頼が見て取れた。



「だからね、私に気づくきっかけをくれたレイドくんには孤児院を立て終わってから伝えようと思ったんだ。どうかな?」



 どうかな?と聞かれてもどう答えたものか。孤児院を一軒建てるのにどれだけのお金を使ったのか、周りの人間の反対をどう押し切ったのか、聞きたいことは山ほどあるし俺個人としてももっとラシア先輩の話を聞いてみたい。



 だけどまずは、素直に今思っていることを口にする。



「ラシア先輩が俺の先輩で本当に良かったです。素直に尊敬します。それとすみませんでした。ラシア先輩にあの話をした時、俺はラシア先輩がここまでのことをするとは思ってませんでした。所詮は学生の身だとあなどってました」



 あの時俺はラシア先輩のことを確かに侮っていた。気持ちは本物でも精々食料配布が関の山だと思っていた。なので、まずはそのことを謝るのが先だ。



「良いんだよそんなこと。そもそもレイドくんが居なかったら本当に私は何も出来ずにいたんだから。それでも、成長出来たのはレイドくんのおかげだから、そこは本当にありがとうね」



 剣舞祭の祝勝会の筈なのに、何故か俺とラシア先輩はそれからもずっと孤児たちの話に花を咲かせていた。祝うべきは孤児たちの幸せな暮らしでこの場の高級なお菓子をお見上げに出来ないかと話し合う。



「そうだ!はいこれ、後で読んでねレイドくん」



 そして、祝勝会も終わりに差し掛かった所で俺はラシア先輩から一つの手紙を受け取った。それは初めにも持っていたものでてっきり孤児たちからの贈り物だと思っていたのだけどどうやら違うらしい。



「これは?」


「良いから生徒会室を出て寮に帰ったら読んでね。絶対だよ」



 手紙の内容は分からない。それでも、ラシア先輩の瞳には確かな決意の色が乗っていた。そう、それは無下にしてはいけない部類のものだ。



「分かりました。後で絶対に読みますね」



 それだけを返して、俺たちの祝勝会は幕を下ろしたのだった。




◇◆◇◆




 生徒会室を出て少し経った頃、俺はクルセイド騎士学園の校舎裏までやって来ていた。理由は先程もらったラシア先輩からの手紙にあった。



 先程もらったラシア先輩の手紙には少し震えた文字で校舎裏に来て欲しいと書いてあった。そんな手紙に俺は嫌な予感を覚えつつも指示に従って校舎裏へと向かう。



 校舎裏へと着いた俺が見たのは俺の存在に気がついていないようで忙しなく自分の髪をいじっているラシア先輩の姿だった。そこには普段の快活なラシア先輩からはあまり想像できない可愛らしさがあった。



「手紙通りに来ましたよ。それで、俺になんのようなんですか?ラシア先輩」


「えっ!レイドくん、もう来てくれたんだ」



 俺が声をかけるとラシア先輩はあからさまに動揺してしまう。そんなラシア先輩の姿を見て俺は自分の中の嫌な予感がさらに強くなるのを感じる。



「はい、それで要件はなんですか?」


「えっと、そのさぁ、レイドくんってモテるでしょ。今付き合っている人とか居るのかな?」



 さて、どう答えたものか。確かにこの学園に来てからの俺はモテている。顔も良いし、性格も取り繕っているので皆からはよく見えていることだろう。



 また、騎士を目指している生徒が大半のこの学園では強さというのも一つのステータスになる。その点で言えば俺の強さは一種の憧れのようなものになるのだろう。



 他にも、フレアさんやリリムさんと関わってみて分かったことだが俺の価値観は珍しいらしくそれもまた魅力の一つになっているのだろう。なので、これらのことを総合的に考えると俺はモテる。



 それでも、付き合っている人は一人も居ない。



「付き合って居る人は居ませんよ」


「そうなんだ。だったらさぁ、私とかどうかな?」



 少しおどけた口調でそう言うラシア先輩に俺はその言葉が嘘ではないと見抜いていた。



 不安と恐れを宿した綺麗な瞳に、少し紅潮した頬、隠しているつもりのようで一切隠されていない握り締められた小さな手。



「ほら、私これでも貴族だし生徒会にも選ばれてるんだからかなりの優良物件だと思うんだよね」


「先輩は俺のことが好きなんですか?」



 あぁ、俺は最低だ。答えなど分かりきっているのにこんなことを聞いてしまう。それでも、この質問は俺にとっても必要なことなのだ。



 もし、ラシア先輩が俺のことをただの優良物件として告白して来たり、例え好きでもそれが一時の気の迷いだったのなら俺も適当に断るだけで良い。でも、もしラシア先輩の気持ちが本物なら俺も本心で答えるべきだろう。



「あはは、レイドくんは意外と意地悪なんだね。でも、そうだよね。自分が傷付かないように保険を掛けるなんてそれじゃあ本心が伝わらないよね」



 そう言ってラシア先輩は今度こそ決意の宿った瞳で真っ直ぐ俺を見つめてくる。



「うん、私はレイドくんのことが好きです。ボランティアの提案で私の思い違いを正してくれた時からずっと気になってました。レイドくんの強さが好きです。剣舞祭の時もずっと観戦してて先輩なのに私もああなりたいななんて思っちゃいました。生徒会の仕事だっていつも手伝ってくれてなんなら私よりも仕事出来ちゃうし、誰にでも優しくて一緒にいて落ち着くし、私本当にレイドくんのことが好きなんです」



 そこまで言ってラシア先輩は一度言葉を区切ると最後の言葉を口にする。



「だから、私と付き合ってください!」



 頭を下げて差し出されたその手を見て俺も気持ちを固める。ラシア先輩は逃げずに俺に好きを伝えてくれた。なら、俺も本心で答えよう。



「すみません、俺は誰とも付き合うつもりはありません。だから、ラシア先輩の手を握ることは出来ません」


「なんで………なんで誰とも付き合わないんですか?」



 なんで付き合わないのか。その答えなら幾つもある。まず俺の父さんは世間一般で言えば犯罪者だ。そんな俺が恋人だと知られればラシア先輩にだって迷惑をかけてしまう。冒険者ブランとしてだって俺は多くの恨みを買っている。そんな俺に恋人がいると分かれば報復対象に成りかねない。俺の手は血に汚れすぎている。こんな汚れた手で誰かを幸せに出来るとは思えない。俺はレイが大切で愛している。仮にラシア先輩と付き合ったとしてもラシア先輩をレイ以上に愛することはできない。



 それでも、一番の理由は怖いのだ。命の軽さを知っているから、失う悲しみを知っているから、俺は大切なものを失うくらいなら大切なものなんて作りたくないと思ってしまう。



「俺は大切な人を失うことが怖い。だから、大切な人を作りたいとは思わない。ラシア先輩は悪くありません、俺が臆病おくびょうなだけです」


「じゃ、じゃあ、もし私がレイドくんよりも強くなったら私と付き合ってくれる?」



 それでもなお食い下がってくるラシア先輩に俺はたった一言、されど致命的な一言を口にする。



「ごめんなさい」


「ッ!………わ、私は、ひっぐ分かり……ました。でも、今まで通り、ひっ、先輩後輩で、い、良いんだよね」



 叶うならばその涙だけでも拭ってあげたい。それでも、俺にそんな資格はない。自己嫌悪に陥って自分に酔うことも、レイやラシア先輩を守る為だと免罪符めんざいふを使うことも許さない。



「はい、もちろんです。例えどんな関係になったとしても俺はラシア先輩を尊敬しています。そこだけは決して揺らぎません」


「そっか」



 その言葉だけを残してラシア先輩は校舎裏を後にする。きっと明日からもラシア先輩は普段通りに振る舞ってくれるだろう。



 甘い考えの俺はそんなことを考えて自室に戻るのだった。

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