第35話 弟子と妹
剣舞祭も無事終了して表彰式を終えた直後、俺、マサムネ、フレアさん、ロゼリアさんの四人は本来なら万々歳で帰路に着くところをクルセイド騎士学園用に設けられている控え室を借りて皆で休んでいた。
そもそも、霊装を使っての本気の戦闘が想定される剣舞祭なので実は毎年優勝した学園や準優勝した学園などはその疲労などからこうして休むことが恒例となりつつあるのだが今回俺たちが休んでいる原因はフレアさんにあった。
「皆様、ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません」
そして、俺たちを足止めしてる罪悪感からかフレアさんは申し訳なさそうに謝って来る。そんなフレアさんを前に俺とマサムネは互いに顔を合わせてから苦笑を浮かべてしまう。
実はフレアさんは決勝戦の試合で疲労は溜まっていたものの、それでも帰れないまでではなかった。では、どうして今俺たちが休んでいるのかというとそれはその後のフレアさんの行動のせいである。
決勝戦の先鋒戦を終えて救護班に運び出された後、フレアさんはマサムネが戦っている副将戦の最後の辺りで目を覚ましたのだという。そして、目を覚ましたフレアさんは安静にしていろという救護班の言葉も聞かずにボロボロで回復しきっていない身体を引きずってなんとか俺の出る大将戦を見に来たのだ。
それも、ただ座って観戦するのではなく俺やタロットさんの動きを観察してその一挙手一投足を見逃すまいと全神経を集中させていた。そして、そんなことをすれば当然疲労は回復するどころか寧ろ悪化して今に至るというわけだ。
「いや気にする必要はないぞフレア。そもそもの話剣舞祭が終わった後に控え室で休息を取るのは当たり前のことだ。それに、今回の大会で一敗もしていない君を責めることなど誰にも出来はしない」
「ですが………」
そして、そんなフレアさんを慰めているロゼリアさんとは対照的に何故俺とマサムネが苦笑するだけで何もしていないのかと言うとそれはフレアさんが罪悪感を感じている原因の大半が俺たちにあるからだ。
「はぁ、気持ちは分からんでもないがそう気にするな。そもそも、無傷で全勝するマサムネや決勝戦の舞台で指導試合のようなことをし始めるレイドがおかしいだけで君は至って普通なんだ」
そう、フレアさんが何故ここまで罪悪感を抱いているのかと言うとそれは同じような環境でより強い相手と戦っている俺とマサムネが平然としているからだ。マサムネの無傷は言うまでもなく俺だって
まぁ、これに関しては本当に比べる相手が悪いとしか言いようがない。
「すんまへん、中入れてもろても良いですか?どうしてもうちのタロットはんが話あるみたいで」
そんないたたまれない雰囲気を壊してくれたのは意外にもドア越しに聞こえていた外部からの声だった。
独特の
「レイラか、あぁ構わないぞ遠慮なく入ってきてくれ」
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもろて失礼させてもらいますわぁ〜」
「失礼します」
そう言って入って来たレイラさんの後ろには何故か先程まで俺と戦っていたタロットさんの姿があった。まぁ、入室前からタロットさんが話があるとは言っていたけどそれでもどんな話なのか見当がつかない。
「それで、何の用なんだレイラ。お前のことだ素直に優勝祝いの言葉というわけではないのだろう」
「いややなぁ〜、うちだって勝者に賞賛を送るくらいできますよって。まぁ、それはそれとして今回はここに居るタロットはんがどうしてもレイドはんとお話がしたいそうで、うちはその付き添いなんよ」
そう言うレイラさんに合わせるようにタロットさんは一歩前へ出ると何やら真剣な顔でこちらを見つめてくる。
「俺に何か用があるのかな?タロットさん」
「タロットで良いです」
何か用があるのかと聞いてみるとタロットさんは真っ先にそう口にした。まぁ、確かに試合の時に散々呼び捨てにしておいて今更さん付けも変な話か。
「じゃあ、タロットは俺に何の用があるのかな」
「単刀直入に言います。私を弟子にしてください!」
そう言って深々と頭を下げるタロットを見て俺は内心ため息を吐いた。いや本当に、人選ミスもここまで来ると清々しい。
そもそもの話、俺に誰かの指導は向いていない。いや、指導するだけならそこら辺の教師よりも上手く出来る自信はある。レイに色々と教えていたせいかどう教えれば相手が理解しやすいかは分かっているし、色々なものを見てきた分深いことだって言えるだろう。
だが、師弟関係というのはやはり同じものを目指していることが好ましいと俺は思う。その点で言えば剣聖を目指して騎士の道を進んでいるタロットさんに俺が教えられることはない。
「さっきも言ったけど、俺を真似てもタロットの剣には重みは乗らないよ」
「それは分かっています。レイドさんの剣の根底は守ることで、私の剣の根底は極めることです。なのできっとレイドさんの真似をしても私は剣聖にはなれません」
ならば何故と問おうとしたところで俺よりも早くタロットの方が口を開く。
「それでも!私は貴方の剣を綺麗だと思ってしまいました。誰かを守るためだけに極められた温かくて優しい剣。私は貴方の剣が大好きになってしまいました。惚れてしまいました。あんな剣の在り方を知ってしまってはもう好きだけで剣を振れる気がしません」
新手の告白かと思いつつも俺はこの先どうしたものかと考える。俺は別に自分の剣の在り方に後悔はしていない。だから、剣を褒められるのは嬉しくはあるのだがそれがタロットの在り方を歪めてしまうのは好ましくない。
出来ることなら好きのその先が見てみたい。そう思わせてくれるほどにはタロットの剣は綺麗だった。
「はぁ〜、誰の入れ知恵かは知らないけど気持ちだけは本物なのが余計にタチが悪い」
そう、相手に罪悪感を抱かせつつ唯一の解決の糸口を見せて交渉の場に引きずり込む。お願いの仕方としては本当に良く出来ている。全く、どこの腹黒が教えたのか。
「いややわぁ〜レイドはん、うちはただタロットはんの想いに感化されて少しお願いするときのコツを教えてあげただけよって、ただの親切心ですわぁ〜」
そう宣った元凶であるレイラさんは実に良い笑顔を俺に向けてくる。
「諦めろレイド、それに交渉で勝つのは難しいぞ」
そしてロゼリアさんのその一言で確信する。そもそも、俺とて人間観察は得意とするところ、故に分かってしまう。恐らく、今の俺ではレイラさんに口論で勝つことは出来ないと。
「お願いしますレイドさん。私はどうしても貴方の剣を知りたいんです。私はレイドさんの剣を知った上で自分の好きの剣を極めます。だからどうか、私を導いて下さい」
そう言って差し出されたタロットの手を見て俺は本日何度目になるかも分からないため息を吐く。もし仮に、ここで俺がこの手を払い除けたとしてその代償が俺に対する冷めた目線一つなら俺は喜んでこの手を拒もう。
だがその末に下手に俺を真似て彼女の剣がただの殺人剣になってしまうのは後味が悪すぎる。所詮は他人事、俺の関与するところではない。それでも、
「はぁ〜、惚れた者の弱みかね」
言い訳ならいくらでも出来る。ここでタロットに恩を売ればいざという時に伯爵家の力を借りることが出来る。彼女に何かを教えることでもしかしたら父さんの気持ちを少しでも理解できるかもしれない。
でも、やはり一番はあの剣を汚したくなかった。
「俺は別に良い人間って訳ではないからな。タロットが剣聖になる手伝いはする。それでも、俺の良い所だけを盗んで悪い所は反面教師にでもしてくれ」
「それでは!」
今にも飛び跳ねそうなタロットの手を掴み返すことで俺は明確な答えを示した。
「よろしく頼むよ、我が弟子」
「はい!こちらこそよろしくお願いします。レイド師匠!」
こうして、思いもよらぬ形ではあったものの俺に一人弟子が出来たのだった。
◇◆◇◆
タロットとレイラさんが部屋を出て行って直ぐのこと、思いのほかタロットさんとの話が長引いてしまったこともあってフレアさんの疲労もある程度は回復した。
「もう大丈夫です。歩けるようにはなりましたのでそろそろ帰りましょう」
そう言ったフレアさんはまだ少し無理をしているようだったがそれでも歩いて帰ることが出来るのは本当だろう。そう判断した俺たちはフレアさんの言葉に従って皆で控え室を後にする。
「それにしてもまさかレイドに弟子が出来るなんて思わなかったな」
「そうですね。私も驚きました」
「まぁ、人に教えることで学べることもあるだろう。精進しろよ」
控え室を出て通路を歩いている途中、静寂を嫌ってかマサムネたちはそんな話に花を咲かせていた。まぁ、うちと同じくらい名門のセイクリット騎士学園の大将を弟子にするのは今にして思えばそこそこおかしい自覚はあるので俺は口を挟まない。
そうして、少し三人の話を聞きながら歩いていると俺は見覚えのある二人の影を視界に捉えた。
「レイド兄さん」
「ッ!」
しかし、聞こえてきたその声に俺は驚愕の色を隠せずにいた。近づいてきた二人の影がレイとクライツ姉さんのものだということは初めに理解していたからこれは驚くことではない。そして、二人がこの会場に来ていたことも決して驚くことではない。
では俺は何に驚いたのか?それはレイが俺を呼ぶ声の元気のなさだ。普段のレイなら優勝した俺を見れば真っ先に駆け出してきておめでとうを言ってくれることだろう。だが、今のレイからはそんな素振りはまるで感じられず側から見ても弱々しかった。
「何があったのレイ?」
手の届く距離まで接近した俺はそっと優しくレイの頭に手を触れてそう聞いてみることにする。
「………」
「実はレイちゃん、少し見栄を張っちゃって」
何も言わずに黙り込んでしまうレイの代わりに事の経緯をクライツ姉さんが教えてくれた。
それは俺が大将として順調に勝ち上がっていた時のこと。国民的イベントである剣舞祭の会場で知り合いに会うことなど珍しいことでもないためレイは学園の同級生の子たちとばったり出会したらしい。
そこでレイは同級生の子に対して今大将を務めているのが自分の兄だとそれはそれは誇らしげに語っていたと言う。しかし、そんなレイの自慢話に乗っかる形でその同級生の子が大将を務めているのだから当然、レイの兄は首席なんでしょうと聞いてしまう。
普段のレイならそこで真実を告げる筈なのだが魔が刺してしまったのかその時レイは同級生相手に堂々と自分の兄は首席だと宣言してしまったという訳だ。
その話を聞いていたフレアさんやマサムネ、ロゼリアさんは何か微笑ましいものを見るような瞳でレイを見ていた。
一方、クライツ姉さんからレイの話を聞いた俺はどうしようもなく嬉しい気持ちになってしまった。
普段からレイは大人びていることが多い。それは決して生まれつきのものではなく、多くを失い理不尽を見てきたからこそのレイ自身の価値観だ。
そんなレイが同級生相手に嘘をついたのだ。それは決して生きるためでも守るためでもない。普通の子供らしく無意味な見えを張って年相応の嘘をついて、それを後悔して反省している。その普通が俺にとってどれだけ嬉しいことか。
「ごめんなさい、レイド兄さん。私、嘘ついちゃって」
今にも泣いてしまいそうなレイを見て俺は心の底から安心する。そう、今この子は普通を生きているのだ。本来ならこういう所で
少し甘い気もするがレイ自身も反省している以上ここは俺が下手に怒る必要はない。今俺がするべきことは一つだけ。それはこれからのレイの学園生活で今回のことがきっかけで問題が起きないように嘘を本当にしてあげることだ。
「大丈夫だよレイ。レイは嘘つきなんかじゃない。俺が首席っていうのを本当にしてあげる。もし学園で同じことを聞かれてもレイは堂々と自分の兄は首席だと言って良いんだよ」
「本当?」
「あぁ、本当だ。でも嘘はダメだからね」
「うん!」
それだけの会話をしてからレイはクライツ姉さんに連れられて帰ってしまう。そして、その場に残ったマサムネ、フレアさん、ロゼリアさんの三人は静かに俺の言葉を待っていた。
「もう要件は分かってるよな、マサムネ」
「もちろん、僕はこの時をずっと待ってたんだよレイド」
詳しい説明などもはや不要と俺とマサムネは主語のない会話を続ける。
「時期は俺の準備もあるから最低でも五月の末にしてくれ」
「僕は挑まれればいつでも良いから、その時は声を掛けてね」
そう言うマサムネの声はとても楽しそうだ。だが、俺とて今回ばかりは本気で負ける訳にはいかない。
「「決闘だ(だよ)、マサムネ(レイド)」」
俺たち二人はそう互いに宣言をして今度こそ闘技場を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます