第34話 大将戦

「おめでとうマサムネ。良い試合だった」



 一切のお世辞なく俺は試合から帰って来たマサムネへと心の底からの賛辞を送る。今回の大会に出ている選手の中でも間違いなく強い部類に入るクロウ・ローレンス選手相手に無傷で勝利するのは容易いことではない。



 それを平然と行えるあたりやはりマサムネは少し格が違うということだろう。



『これより決勝戦最終試合、クルセイド騎士学園大将レイド選手対セイクリット騎士学園大将タロット・シリウス選手の大将戦を始めます。両騎士学園の選手は闘技場の上まで上がってください』



 さて、本当ならもっとマサムネに賛辞の言葉を送りたいところだけど名前が呼ばれてしまった以上は仕方がない。そう思い俺は堂々と決勝戦の最終試合の舞台へと足を進める。



 闘技場の中央で俺を待っていたのは腰あたりまで伸ばした白髪に澄んだ青色の目をしている女子生徒だった。



 確か、フレアさんの情報によるとシリウス伯爵家の長女にして剣の才女と呼ばれている現在無敗の少女だ。そもそも、シリウス伯爵家自体が元々は騎士ではなく剣士の家系だったらしく一応貴族を名乗っているものの今でも一族の悲願は最強の剣士と呼ばれている剣聖を生み出すことなんだとか。



「初めましてレイドさん。私はシリウス伯爵家が長女タロット・シリウスと申します」


「こちらこそ初めましてタロットさん。俺の名前はレイド、ただの一般生徒です」



 互いに名乗りを上げて友好の証として握手を交わし、お互いに指定された位置へと移動して俺はタロットさんと向かい合う。



『それでは試合始め』



「そうです。私レイドさんにお願いがあったのですが聞いてもらえませんか?」



 試合開始の合図と共にどう攻撃が来るのかと予想していた俺はいきなりのタロットさんの言葉に不意を突かれてしまう。普通こういう会話は試合開始前にやるものだろう。



「実は私は今どうしても欲しいものがあるんです。それを手に入れるためにまずは霊装無しの純粋な剣技のみで戦いたいのですが宜しいですか?」



 ふむ、本来なら剣の才女と呼ばれているタロットさん相手に剣術のみで戦うのは少しリスクが大きい。だが、生憎と今日はレイがこの試合を観戦しているのだ。お兄ちゃんとして良いところを見せるチャンスは逃したくない。



「良いですよ。俺で力になれるのなら協力します」


「いえ、これに限ってはレイドさんでないとダメなんです。今私が最も欲しているものをレイドさんは既に持っています。出来ればそれを確かめたいんです」



 そう語るタロットさんに俺は疑問を抱いてしまう。今のタロットさんは嘘をついている気配はなくその瞳は真剣そのものだ。だが、剣の才女と呼ばれている彼女が持っていなくて俺が持っているものに心当たりはない。



「それでは行きます。ハッ!」



 そう考えているとかなり自然な流れで既にタロットさんは攻撃動作に入っていて気が付けばその剣は俺のすぐ目の前まで迫っていた。きっと本人に不意打ちのつもりはないのだろうがマイペースなのは確かだろう。



 ガキンという硬質な音を響かせてタロットさんの一撃を剣で受け止めた俺はその一度きりの攻防でタロットさんの求めているものを理解する。



「なるほど、そういうことか」



 その後も流れるような自然な動きで繰り出されるタロットさんの剣撃の嵐に俺はなんとも言えない感覚におちいってしまう。



 はっきり言ってタロットさんの実力は想像以上のものだった。剣の一撃一撃にしっかりとした筋が通っている上にその技巧は既にこの歳の少女が持ち合わせている筈のそれではない。



 戦闘経験豊富な俺ですら霊眼なしでは捌くのが厳しくかなり集中して相手の体全体を観察して動きの先読みをしてようやく渡り合えるほどだ。



「驚きました。まさかこんなにも私と渡り合えるなんて副将のマサムネくんと言い今年のクルセイド騎士学園には優秀な人材が揃ってるんですね」


「まぁ、今年のうちが特別強い世代って言うのは認めるよ」



 俺が普通にタロットさんの剣撃を捌いているのがよほど驚きのようで未だ攻防は続いているというのにタロットさんは余裕そうな表情で平然と俺に話しかけて来る。まさかとは思うがこれで小手調べとは言わないよな。



「それではもう少しギアを上げて行きますね」



 どうやら俺の嫌な予想は当たっていたようでその言葉を発するよりも早くタロットさんの剣撃のキレも威力も一段階上昇する。



「これにも対応してくれるんですね」



 しかし、それでも尚集中力を高めて互角の撃ち合いを演じていた俺へとタロットさんはさらに冗談のようなことを口にする。



「あぁ、やっぱり剣の撃ち合いは楽しいですね。良し!ここからはさらにギアを上げて全力で行きます。着いて来てくださいねレイドさん」



 そう言うが早いか、タロットさんは剣撃のキレを先程の二、三段階は上昇させて来る。目で追うのもやっとの剣速に一振りで三から五回は斬りつけて来る斬撃。そんな非常識な強さに俺はある種の畏怖すら覚える。



 それは彼女の悩みの根本的な原因であり彼女を化け物たらしめている根源。マサムネのような器用さではなく、ベルリアのような全般的な才能でもなく、唯一剣技というものにのみ特化した天賦の才覚。



 剣を振るためだけに特化したような生まれ持っての身体構造に、剣技のみに特化された圧倒的なまでの才能。そして何より剣を振ることを心の底から楽しいと思える精神構造。恐らく、剣の才能だけで言えば彼女を凌ぐ逸材はこの世界に三人と居ないだろう。



「本当にすごい才能だな。まさか霊装無しの打ち合いとは言え俺がここまで押されるとは思っても見なかったよ」



 そう言ってタロットさんと距離を離した俺は改めて数ヶ所の薄い切り傷に目をやる。霊装なしで俺がここまで押されるなんて本当に珍しい。



「いえ、私の方こそ驚いています。まさか私の全力相手にここまで持つなんて本当に凄いです」



 興奮気味にそう言ってくれるタロットさんに俺は再びなんとも言えない気持ちになってしまう。そう、この気持ちを一言で表すのならそれは"憐れみ"と言うのが最も相応しいだろう。



「ねぇ、タロットさん。俺に傷を付けた褒美に君の探し求めている答えを見せてあげようか?」


「ッ!私の手に入れたいものが分かるんですか?」



 俺の誘いにタロットさんは面白いほどに食い付いてくれる。それはそうだ、誰だって自分の探し求めている答えが目の前に転がっていたら

食い付かずにはいられないだろう。



「あぁ、それは重みだろ」


「ッ!!!」



 驚愕といった様子で目を見開きこちらを凝視して来るタロットさんに俺は自分の答えが正解だと再認識する。そう、彼女が求めて止まないそれの正体は重み。言い換えるなら覚悟や決意と言ったものだ。



「初めの一撃を受けた時点で薄々は理解してたんだ。タロットさんの攻撃にはそのどれも重みを感じなかった」


「その通りです。私はずっと剣聖に至るために剣の重みを探していました。でも、何故か私にはその重みが手に入りませんでした。それは何故なんですか?」



 う〜ん、正直そこまで話す義理もないんだよね。それに、ただ答えを教えるだけではきっとタロットさんは成長できないだろうし、俺を参考にでもした日には彼女は騎士では居られなくなってしまう。



「それは君自身が自らの手で見つけるものだよ。重さとは言い換えればその人の人生そのものだからね。俺がどれだけ口で説明したところで意味なんてない」


「そうですか」



 けど、これも何かの縁ではあるのだろう。だから俺は少しだけ彼女を手伝うことにした。



「だけど少しだけならタロットさんの探しているものの片鱗を見せてあげる」



 重みとはどれだけ苦労したかによって決まるものだ。俺ならば、両親を失い、貧困を味わい、理不尽の中で剣を振り、レイを守るために道を踏み外し、人を沢山殺し、そうしてようやく俺の剣には重みが乗っかっている。



 それに対してタロットさんは生半可な理不尽はその才能で蹴散らせる上に、本来重みとなる筈の修練の日々ですら楽しいと言う感情が邪魔してただの娯楽とかしてしまっている。だからせめて本物を見せてあげよう。その才能に押し潰されて俺みたいに道を踏み外さないように。



「だから、死ぬなよタロット」


「ッ!来て。霊装、継承剣ロストブログ



 タロットさんに重みを教える上で俺がまず初めに行ったのは殺気を放つことだった。本来なら人を殺すのにわざわざ殺気なんて放たないが今回は恐怖を知ってもらう意味も込めて特別濃厚なものをプレゼントする。



「そう慌てるなよ、剣王連斬」


流水りゅうすい、ガハッ」



 次に小手調べ程度に剣王連斬を放つがそこはやはり天才か、俺の放った斬撃は全てタロットさんの巧みな受け流しによって無力化されてしまう。なので、俺は予備動作なしで前蹴りを入れることでタロットさんを吹き飛ばした。



「ゲホッ、ゲホッ、さっきまで全力じゃあなかったんですか?明らかに技のキレが違う上に口調も雰囲気も別物になってます」


「いや、初めに言っただろ俺は一般生徒だと。騎士を目指す学園の一般生徒程度の配慮をした上では十分全力だったぞ。それよりもお喋りしてる暇があるのか?真斬」


「くっ、道刃とうは



 そんな言い合いをしつつも俺の放った真斬は同じく斬撃を飛ばす系統の技であるタロットさんの放った道刃と競り合い、数秒の後に俺の真斬がタロットさんを再び吹き飛ばした。



「重さを知るにはまず理不尽を知ることだ。だから、俺は今から君の技を全て攻略する。出し惜しみはなしで来いよ、タロット」


「もちろんです。私の霊装は先人たちの積み重ねによって出来ているものです。それを否定させることは絶対にさせません」



 決意は十分、けれどそこに重みはなし。だからまずは敗北から学んでもらおう、本物の理不尽というものを。



「行きます!天貫てんかん



 そう言って突進しながら突きを放って来るタロットさんの姿を見て俺は素直に感嘆した。改めて霊眼を使用してタロットさんの動きを見てみるとそこには一切のブレも無駄もなく、突進の推進力と全体重が一つのロスもなく全て剣先の一点に乗っかっていた。



「だけど、その程度。死突しとつ


「なっ!」



 しかし、そんな技巧の詰まったタロットさんの突きを前に俺が行なったのは至ってシンプルな相殺だった。ただ同じ角度でこちらも突きを放つだけ、違いがあるとすれば俺は身体強化を使っているため拮抗などせずにタロットさんを吹き飛ばしたことだけだ。



「はぁ、はぁ、まだまだです!天断てんだん



 吹き飛ばされながらもすぐに体勢を立て直して再びこちらへと距離を詰めて来たタロットさんが次に放った技は空中跳躍からの振り下ろしだった。見た感じは俺の剣王斬に酷似しているが純粋な技量だけならタロットさんの方が上だろう。



「覇王斬」


「キャァァァァッ」



 だから俺は少し悪いと思いつつも技量勝負ではなく力押しをすることにした。その結果、俺が放った威力のみを強化した斬撃である覇王斬は空中で踏ん張りの効かないタロットさんを容易に闘技場の外の壁へと叩きつける。



「ゲホッ、ゲホッ、まだまだです!閃曲せんきょく!ハァァァァァァァァァァ」


「良い技だな」



 それでも諦めずにタロットさんは再び俺へと向かって来ると、今度は凄まじい速度の連撃を放って来る。その剣速は一振りで七回は斬撃を繰り出し、一本芯の通った剣を使っているにも関わらずその軌道は変幻自在で正しくレイピアのそれだ。



 だが、霊眼を使用している俺はそれらの軌道を全て読み切り一撃一撃に的確に対処していく。そんな攻防を続けること数十秒、そこには無傷の俺と肩で息をしているタロットさんの姿があった。



「はぁ、はぁ、はぁ、レイドさんは化け物ですか?私の霊装が使える六個の技のうち既に四個も破られてしまいました」


「そうだな、剣の才能だけなら確実に君の方が上だろう。だが、俺と君では練度が違う。どれだけ最高級の鋼を使って剣を打ったとしてもたかだか十数回鍛錬たんれんした程度では底が知れている。一方でそこそこの鋼を用いても何千何万と鍛錬を繰り返し研ぎ澄ました剣は前者を遥かに凌駕する」


「私がその剣だと言うんですか」



 まぁ、タロットさんが怒るのも無理はない。今の俺の言い方ではまるでタロットさんが一切努力をしてないように聞こえてしまう。だが、そんな歪曲わいきょくした事実でも力がなければ否定すら出来ない。



「不満なら実力で示して見せろ。次は流水を破るぞ、嵐剣乱舞らんけんらんぶ


「くっ、」



 そう宣言した後、俺は韋駄天を発動して目にも止まらない速さでタロットさんに四方八方から剣王斬をお見舞いしていく。本来ならこの攻撃で勝負がついてもおかしくない筈だが俺の予想に反してタロットさんは見事に嵐剣乱舞を凌いで見せた。



 しかし、その体には複数箇所に軽い切り傷が作られていて流水が敗れたという事実を明確に示していた。

 


「レイドさんは本当に凄いですね。これが剣の重みというものなんですか。私のようにただ剣を振るだけではない、その結末を理解していながらなんの躊躇いもなく斬れてしまう。好きでは決して辿り着けない境地です」



 初めの頃よりも覚悟の宿った瞳で剣を構えているタロットさんを見て俺は内心ため息を吐いた。確かに、俺の剣は殺人剣でその重みは間違いなく命を狩る部類のものだろう。だが、それは正解でもなければ本質でもない。



「やめておけ、俺の剣の根底には守る覚悟も背負う覚悟も乗っかっている。外側の形だけを真似た所で君の剣には重みは乗らない」



 安易に安い殺意を乗っけたタロットさんの剣を前に俺はそう切り捨てる。そして、ここらへんが潮時だろう。



「一つだけ訂正をさせてもらう。君の剣に重みが乗っていないのは君が未熟なだけだ。好きも極めれば立派な覚悟になる。出来ることなら君にはその好きを貫いた末に剣聖になってほしい」



 それはただの俺の我儘でありエゴだ。それでも、なんの覚悟も乗っかっていない純粋無垢なあの剣を綺麗だと思ってしまった以上、俺はタロットさんの剣を変えたいとは思えなかった。



「これで最後だ。楽しめよ、タロット」


「はい!」



 それだけ告げて俺は持っている剣を納刀すると腰を下げて抜刀の構えを取り集中力を高めていく。対するタロットさんも静かに正眼の構えを取ってその時を待っている。



 観客たちもこれが最後の衝突だと分かっているようで闘技場全体が静寂に包まれている。



「行きます!六九六むくろ



 裂帛れっぱくの気合いと共にタロットさんから放たれたのはもはや人のことわりすらも超えた超連撃だった。上下左右四方八方から容赦なく迫って来る計二十一回の斬撃。それを一切の時間差もなくほぼ同時に放つ正しく極技。



 それでも、俺には届かない。



刹那せつな



 対する俺が放ったのは最速の抜刀だ。一瞬で爆発的な力を発揮する息吹、最適化された最高の抜刀術を行う剣王抜刀、剣の速度を強化する飛剣、目にも止まらない速度で移動する韋駄天、その他にも思考加速、超集中、霊剣化、身体強化など抜刀に使える要素の全てを次元昇華アセンションで昇華させた最高の抜刀。



 数秒の静寂の後、背後から聞こえたバタリという人が倒れた音と共に俺の持っていた剣がバキンという音を立てて半ばから折れてしまう。



『なんということでしょう。激戦の末に勝利を掴んだのはクルセイド騎士学園大将レイド選手です。文句無し、剣舞祭の優勝はパーフェクトゲームという形でクルセイド騎士学園の手に渡りました』



「「「ウォォォォォォォォォォ」」」



 凄まじい大声援を前に俺は軽く手を上げて応えてから闘技場を後にするのだった。

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