第33話 副将戦

 フレアさんが倒れて救護班に運び出されているのを横目に僕は少しだけ勿体ない気持ちになってしまう。彼女らも才能におごらずに努力しているのは分かるけど、それでもまだ"必死"にはなれていない。



「はぁ、お互い良いものを持ってるのにやっぱりここら辺が努力と才能の限界かな」


「まぁ、これからもっと強くなるだろ。それよりも、次の副将戦に勝たないと起きたフレアさんから説教されるぞ」


「はいはい、しっかり勝って来ますよ」



 僕の独り言をしっかりと拾ってくれたレイドからお小言をもらったので僕は座っていた席を立ち手をひらつかせながらゆっくりと闘技場の上まで歩いていく。



『これより決勝戦第二試合、クルセイド騎士学園副将マサムネ選手対セイクリット騎士学園副将クロウ・ローレンス選手の副将戦を始めます。両騎士学園の選手は闘技場の上まで上がってください』



「キャァァァァ、クロウ様ァァァ!」


「薔薇の王子様、今日も素敵」


「そんな人やっつけちゃえ」



 僕が闘技場に上がるなり聞こえて来たのは相手選手であるクロウ・ローレンスという人物への熱烈な応援の嵐だった。いやぁ、レイドもそうだけど人気者は大変そうだね。



「負けるなよマサムネ」


「いや、大将はレイドくんなんだしいっそのことここで負けても」


「サムライかなんだか知らないけどこれを機に騎士の凄さを改めて理解すれば良いのよ」



 対する僕の背後にあるクルセイド騎士学園の応援席はというとこれまた辛辣しんらつな言葉の嵐だった。まぁ、レイドが居るのは確かだし彼らからすれば僕の勝敗なんてどうでも良いんだろう。寧ろ、ここで僕が負けて一対一の状態で大将戦をする方が観客からの受けも良い筈だ。



 でも、そんな事情僕の知った所ではないし、これまで通りサムライの強さの証明のために勝たせてもらうとするかな。



「随分と嫌われてしまっているようだねマサムネくん。応援してくれている人には優しくしてあげなくちゃダメじゃないか」



 闘技場の中央で僕にそう声を掛けてくるのはもちろん、対戦相手であるクロウ・ローレンスという選手だ。なんというか、言動から見た目まで全て合わせて王子様といった印象の人だ。


「ご忠告どうもありがとう。でも、もともと僕と彼らとでは剃りが合わないのだから仕方がないよ」


「ふむ、それはそれは困ったことだね。僕で良ければいつでも力になるよ。これも騎士の役目というやつさ。ハーッ、ハッハッハッ」



 笑顔でそう言ってのけるクロウくんに僕は純粋に騎士らしいなと思う。だけど、僕が彼にこの悩みを相談することはないだろう。だって、僕は別にどれだけの人間から敵視されていようと気にも留めていないのだから。



 幼い頃から侮蔑も罵倒も慣れている。それでも僕はサムライの強さを証明するだけだ。



『それでは試合始め』



 試合開始の合図と共に先に動いたのはクロウくんの方だった。



「さぁ、薔薇の王子の本懐ほんかいを見せようじゃあないか、来たまえ僕の美しい霊装。刮目せよ薔薇園ローズマリー



 急に前髪をかき上げたり、その後の変なポーズだったりとツッコミ所は多いもののそれでも、クロウくんが顕現させた薔薇の模様が刻まれた一本の剣からは確かな力強さが感じ取れる。



 能力は薔薇やその茎を自由自在に操るタイプの自然系に近い霊装、恐らく攻撃範囲はこの闘技場全体、彼自身の身体能力は僕よりも下で技量も僕のほうが上か。



 いつも通り一瞬で大体の相手の情報を解析し終えた僕は次に来る攻撃に備えて腰に差してある刀へと手を添える。



「おや、マサムネくんは霊装を出さないのかい?これから僕はマサムネくんを攻撃するから出来れば霊装を出して防御して欲しいのだけど」


「いや、僕の霊装はこの刀だよ。僕は普段から霊装を顕現させているんだ」


「それは良かった。僕も霊装を使う前の人間に霊装で攻撃なんてしたくないからね。では気を取り直して行かせてもらうよ。薔薇の鎖ローズチェーン



 戦闘中とは思えない軽い会話を交わしつつ僕は絶対領域アブソリュートゾーンの解析の有効範囲をこの闘技場全体に設定してクロウくんの攻撃に備えることにする。



 クロウくんから放たれた攻撃は剣から薔薇を伸ばして僕の周囲を囲ってから体を拘束するというシンプルなものだったがその実、この技は外から見るよりもかなり厄介なものになっている。



 そもそも、クロウくんの操る薔薇の強度は植物のそれではない。鉄塊とまでは言わないけど細い針金を束ねたくらいの強度はある筈だ。そして、そこそこの速さで動く物質に刀の刃を入れると横からの抵抗で刀を持って行かれるため並の剣士ならこの技に抵抗すら出来ないだろう。



「まぁ、僕には関係ないんだけどね。超速抜刀」



 例え動く金属であろうとも僕の抜刀術なら切ることなど容易だ。自身の周囲に散らばる薔薇の残骸を見ながら僕は次はないのかと言った視線でクロウくんを見つめる。



 折角の剣舞祭の舞台なのだから、もっとサムライの強さを証明できる攻撃をして欲しいものだね。



「良い、実に良いよマサムネくん!それでこそ僕の美しさも際立つと言うものさ。薔薇の制裁ローズハンマー



 続いて飛んできたのは薔薇を何十本も束ねることによって作り出した巨大なハンマーによる上からの振り下ろし。あの威力なら闘技場にクレーターくらい作れそうではあるけど、



「まぁ、斬れば問題ないかな。瞬光五化閃」



 振り下ろされる薔薇の制裁ローズハンマーに対して僕は自ら飛び上がり距離を詰めるとそのまま高速の五つの斬撃により薔薇の制裁ローズハンマーを切り刻む。



「ふふっ、流石だね。だけど、足元がガラ空きだよ。薔薇の鞭ローズウィップ



 流石に空中で止まっている状態の僕を見逃してくれる筈も無く、クロウくんは地面に剣を突き刺すとそのまま地中を伝い無数の薔薇の鞭を地面から出して攻撃してくる。



「数は多いけど全て斬れば問題なしだね、神域抜刀」



 地面から飛んで来る無数の薔薇に対して僕は絶対領域アブソリュートゾーンの範囲を自身の刀の間合いまで狭めるとそのまま全ての意識を抜刀術へと注ぎ込む。



 数秒後、絶対領域アブソリュートゾーンに薔薇が触れたのと同時に僕は脊髄反射レベルで抜刀術を放ちそれを幾度となく繰り返すこと数十回、地面へと着地した僕は無傷でその代わりに無惨にも切り刻まれた薔薇たちが僕の周囲を舞っていた。



「さて、後何回切ればその薔薇は枯れるのかな」


「枯れはしないさ、この僕が輝いている限りはね。でも、これ以上僕の薔薇が切られることで小鳥たちを不安にさせてはいけないからね。少し本気で行かせてもらうよ。薔薇の化身ローズリリー



 その言葉と共にクロウくんの剣は膨大な量の薔薇を放出し続ける。そして、完成を待つこと数十秒、そこには胸元に剣を納めている一体の巨人の姿があった。



「なるほど、高硬度の薔薇で形成された十メートルの巨人とは、これは切り刻み甲斐がありそうだね」


「やれるものならやってみると良いさ、薔薇の波ローズウェーブ



 なるほど、薔薇の化身ローズリリーの中からでも他の技を放てるのか。そうなると少し面倒かな。



「瞬光五化閃」


「流石だねマサムネくん。でもこれならどうかな?」



 僕が薔薇の波ローズウェーブを切り刻むと開けた視界の先では既にクロウくんの操る薔薇の化身ローズリリーの拳が目の前まで迫っていた。



「確かに質量兵器は厄介だけど、斬れないことはない。神速抜刀」



 迫る拳を前に納刀して抜刀術の構えを取った僕は斜め上に跳躍しながら超速抜刀を遥かに凌ぐ速度の抜刀を繰り出し薔薇の化身ローズリリーの片腕を両断して見せた。



「なっ!僕の薔薇の化身ローズリリーが切られただって。だが、花とは成長し進化するもの。薔薇の再生ローズリカバリー



 しかし、切られた筈の薔薇の化身ローズリリーの腕は数秒と経たずに再生されてしまう。まぁ、あの技の原理を理解していれば別段驚くほどのことでもない。



 その後も、僕とクロウくんの激戦は続いて行く。クロウくんは細かい技を織り込みながら薔薇の化身ローズリリーで攻撃を仕掛けてくる。その一撃の威力は大きくまともに喰らえば僕とてタダでは済まないだろう。



 細かく織り込まれてくる攻撃も上下左右斜めと薔薇の柔軟さを活かしてか四方八方から僕に傷をつけんと迫ってくる。



 それでも僕は一切傷を負うことなく薔薇の化身ローズリリーを切り刻む。激戦を演じてはいるものの実の所クロウくんでは絶対に僕に勝つことはない。その確信は油断でも慢心でもない必然という名の事実だった。



 僕の霊装である絶対領域アブソリュートゾーンはフレアさんやソフィアさんのように派手な強い技を放てるわけではない。リリムさんのように眷属を召喚できるわけでもなければ、クロウくんのように多彩な技が放てるわけでもない。



 では、レイドのように身体能力を強化出来るのかと言われれば当然出来ないし、ましてや斬撃を飛ばすなんていう芸当も出来ない。



 ないこと尽くしの僕の霊装が出来ることはただ指定した範囲内の事象を理解して分析することだけだ。



 故に、僕が負けることはない。



 もう既に僕はクロウくんの全てを理解しているのだから。薔薇の強度、迫って来る速度、攻撃の威力、脆い弱点となる部分、再生速度、技を発動するまでの時間、クロウくん自身の剣の技量、同時に発動できる技の数、薔薇の操作の限度、全てが手に取るように頭に入って来る。



 そう、僕の霊装の強さは何も特別なことではない。ただのちっぽけな人間の限界だ。



 威力の高い攻撃は刀でその威力を受け流し無力化する。見えない速度の攻撃には攻撃の来る地点を予測して予め刀を置いておくことで対応する。無数の攻撃もその軌道を完璧に把握して避ける。相手の攻撃のタイミングを完璧に掴んでカウンターを入れる。全ての斬撃を相手の動きに合わせて完璧な軌道で打ち込む。



 そこに特殊性は存在しない。ただ人間の身体能力と身体構造で物理法則に則った完璧な動きを繰り返すだけ。故に、そこには小細工も不意打ちも逆転も存在しない。



 僕に勝つ方法はたった一つ。僕に手のうちの全てを理解された状態でそれでも尚勝てるほどの絶対的な実力を持っていることだけだ。



 まぁ、レイドみたいな強者相手には純粋な自分の実力を試すためにあえて一騎打ちをして負けるのがお約束なんだけどね。いつか、レイドの全力が見てみたいものだよ。



「さて、そろそろお終いかな?」



 そうこう考えていると僕の予想時間ぴったりにクロウくんの薔薇の化身ローズリリーは再生をするだけの力が無くなりゆっくりと崩壊していってしまう。



「十分持つのは凄いことだね。まだ戦えるだけの力は残ってるかな」


「はぁ、はぁ、はぁ、まさかこの僕の薔薇の化身ローズリリーを前にここまで戦うなんて世間は広いということだね」


「世間か、まぁ僕の師匠なら君相手にボロボロの刃こぼれした刀一本で圧勝するだろうし、僕自身もまだ一撃すら入れられないから確かに世間は広いのかもね」



 あの人外の最強のサムライは除外するにしてもロゼリア先生やレイドが居るのだからやはり世間は広いんだろう。



「その話には少し興味をそそられるけど、僕はまだ戦えるよ。薔薇の鎧ローズアーマー



 そう宣言するとクロウくんは自分を薔薇の鎧で覆って再び剣を構える。クロウくん自身は今回の戦いでまだ明確な戦闘行動は取っていないものの薔薇を操っているだけで多くの体力を消耗しているのは目に見えて分かる。

 


「いざ尋常に勝負!」



 そう言ってこちらに走り出したクロウくんに対して僕も刀を構えて応戦する。きっと彼の体力的にもこの一刀が最後の攻防になるだろう。



「ハァアアアアアアアア」


「お疲れ様、一刀表裏いっとうひょうり



 猛烈な気合いと共にクロウくんの斬撃が僕の刀と衝突する最中、僕は霊装である刀を一瞬だけ仕舞い、彼の剣を通り過ぎた所で再び顕現させ勢いそのままにクロウくんを切り捨てた。



 それは本来なら霊装の能力としての技。けれど、リリムさんにクラリッサさんと二度も同じような技を見せられては模倣くらい出来るというものだ。



「一瞬で霊装を仕舞い、一瞬で霊装を顕現させる。それだけで透過する斬撃の完成。名付けて一刀表裏ってね」



『なんということでしょう。あれだけ苛烈な戦闘の中で無傷で勝利を掴んだのはクルセイド騎士学園副将マサムネ選手です』



「「「ウォォォォォォォォォォ」」」



 滅多に受けることのない大歓声と共に僕は余裕の表情で闘技場を後にした。



「どうだったレイド。しっかり勝って来たよ」


「おめでとうマサムネ。良い試合だった」



 それだけの会話を交わして僕とレイドは互いに拳を突き合わせる。



 さて、僕もリベンジマッチに備えてレイドの試合の観察に集中するとしますか。

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