第88話 合同合宿当日

 セイクリット騎士学園との合同合宿が行われる水曜日の早朝、俺、マサムネ、フレアさん、ソフィアさん、リリムさんの五人は校門の前で迎えが来るのを待っていた。



「ねぇ、レイド。向こうのタロットさんってどれくらい強いの?」



 迎えが来るのを待っているとマサムネからそんな質問をされる。タロットの強さは正直表現の仕方が難しい。一般生徒と比べて破格の強さを持っていることは事実だが俺やマサムネと同等かと言われるとそれはない。



 けど、剣の才能に関しては俺とマサムネでは太刀打ち出来ないのもまた事実だ。



「そうだな、実力はともかく剣の才能だけなら世界でも三本の指には入ると思う。現に俺だっていつ抜かされるか分からないからな」


「へぇ〜、いいねぇそれ。是非一度斬り合ってみたいな」


「機会はあるだろうからその時は存分にやってくれ」



 マサムネは強い。霊人となった今のマサムネならタロット相手に遅れを取るということもまずないだろう。そんな相手と本気で斬り合えばタロットが成長するのは確実だ。



「レイドは戦ってくれないのかな?」


「俺が霊人になるまで待つと言ったのはマサムネだろ」



 挑発的な口調で放たれたマサムネの言葉に俺は笑顔で答える。あの時は自分が勝つと確信してたのに今更誘ってくるなんて、まぁ気持ちは分からなくもないけどな。



「だってさぁ、退屈なんだもん。僕はねぇ、自分が最強なんて言うほど奢ってない。けど学園ないに僕の相手が出来るほどの実力者がロゼリア先生を除いていないのも事実なんだよ」



 どこまでも傲慢に聞こえるセリフだが、その根源が地道な努力に裏打ちされた確固たる実力であることを知っている俺には嫌味には聞こえなかった。



「俺もその一人なんだろ?」


「レイドはなんていうか、霊人になってなくても今の僕といい勝負が出来る気がするんだよね」



 そこで勝てるかもと言わないあたり霊人とそれ以外には隔絶した差があるのだろう。それがどうにも悔しいと感じてしまう。



「まぁでも、戦ってみるのも良いかもな」



 ふと、自分の口から無意識に言葉が溢れる。今の俺が霊人になる為に何をすれば良いのかは分からない。でも、実際に霊人となったマサムネと戦うことで得られるものはきっとある筈だ。



「本当!じゃあ合宿中に時間を見て殺り合おうか」


「あぁ、けどロゼリアさんへの言い訳は考えないとな」


「そんなもの、クルセイド騎士学園の実力を見せるだとか、指揮の向上だとかその辺りで良いと思うけど」



 まぁ、なんだかんだ言ってロゼリアさんも戦闘狂なところはあるので俺たちの殺し合いもロゼリアさん立ち会いの下だったら了承してくれるだろう。



「またお二人は物騒な会話をしているのですか?クルセイド騎士学園の生徒として示しの付く振る舞いを心掛けてくださいね」



 俺とマサムネの会話を聞いていたフレアさんからお小言をもらってしまう。よく見ればソフィアさんとリリムさんからもジト目を向けられている気がする。



「でも、実際にこういうことも大切だと思うよ。だってセイクリット騎士学園の連中って襲撃とか受けてないでしょ」



 マサムネの言葉に少なくともこの場に居る五人は何が言いたいのかを理解していた。俺たちはグランドクロスによる学園襲撃で殺すことと殺されることを味わっている。俺とマサムネは除いてもソフィアさんなんかは他二人よりも更に実感していることだろう。



 ここに居る五人は騎士を理想としてだけではなく現実の職業として捉えることが出来ている。騎士が日々戦っている犯罪者の恐怖を理解している。ここら辺の差は実際の戦闘においても割と影響してくる。



「まぁ、それも含めての合同合宿なんだから互いに学べるところを学んで盗めるところを盗んで行こうか」


「そうですね、少なくとも慢心して足元を掬われることだけはないようにしましょう」



 それからしばらくしてロゼリアさんの乗った馬車が来ると俺たちは合同合宿の開催される場所へと移動を開始したのだった。




◇◆◇◆




 馬車に乗って移動すること数時間、俺たちは合同合宿の場所へと辿り着いた。それなりに大きな宿泊場所でクルセイド騎士学園ほどではないにしても試合場はトレーニング施設ぐらいはありそうだ。



「ロゼリア先生、ここはどういう場所なんですか?」


「あぁ、ここは私が国に言って作らせた合同合宿用の施設だ。私もレイラもそれなりに国家に貢献してるからな。私たちのお願い、それも後進の育成のためと言えば断れまい」



 フレアさんの質問にロゼリア先生はなんてことはないようにそう言い放つ。生徒として嬉しい反面、そんな所に国家の予算を使って良いのかとも思う。後進の育成は確かに大事だが利用出来るのなら使っていない施設を再利用する方が効率は良い筈だ。



「どうやらもう向こうの生徒は着いてるようだな。皆挨拶をするぞ。私について来い」



 外に停められているもう一つの馬車を見てセイクリット騎士学園の生徒が既に着いていることを知った俺たちはロゼリアさんの後に続き施設の中へと入って行く。



 合宿場の中は新築なだけあって綺麗な内装をしている。そして、入り口から入ってすぐの机とソファーが置いてあるスペースには見覚えのある人たち、セイクリット騎士学園のメンバーが寛いでいた。



「おはようございます、レイド師匠。合宿中ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」



 そして、俺の姿を見るなり周囲の目を一切気にせずタロットが俺に向かって全力で頭を下げる。普段以上の畏まった言動に元凶と思われるレイラさんの方へと視線を向けると和やか笑みが返ってくる。



「タロット、そこまで畏まらなくて良いよ。ここでは同級生なんだから」


「いゃ〜同級生とはいえ師弟の礼儀は欠かさずにとは言うたんやけどな、ここまでなるとは思わんかったわぁ〜。レイドはんはほんまに好かれとりますなぁ〜。同じ指導者として立ってがないわぁ〜」



 白々しい。害意も敵意もない分レイラさんからの揶揄いにも似たこういう行動は対処がし辛くて困る。



「まぁ、レイラもそこら辺にしてまずはお互いの自己紹介と行こうか。まず私のことは皆知ってると思うが聖騎士をしているクルセイド騎士学園の理事長ロゼリアだ。よろしく頼む」


「「「「はい!よろしくお願いします。ロゼリア様」」」」」


「あははっ、ほんまに人気やなぁ〜ロゼリアはんは」



 ロゼリアさんの自己紹介にセイクリット騎士学園の生徒が一斉に起立して頭を下げたことで俺は改めてその人気を再認識する。いくら化け物であっても味方なら英雄に他ならないのか。



 と、どうでも良いことを考えているとロゼリアさんの視線が一瞬自分の方を向いたので流れを考えて一歩前に出て俺も自己紹介をすることにした。



「もしかしたらタロットから話を聞いているかもしれませんがタロットの師匠のレイドです。同じ一年生として友好を深められたらと思っているので短い間ですがよろしくお願いします」



 既に俺のことはタロットから聞いているかもしれないが一応丁寧に自己紹介をして次のマサムネへと視線を向ける。



「じゃあ次は僕だね。僕の名前はマサムネ、最強のサムライを目指してるから僕と戦いたい人がいたら気軽に声を掛けてね」



 初めの自己紹介の時は騎士よりも侍の方が優れてることを証明すると言ってたのに今は最強を目指してるか。もしかしたらマサムネの中でも霊人になったことで何か変化があったのかもしれない。



「次は私ですね。私はモーメント公爵家が長女、フレア・モーメントと申します。この度の合同合宿では互いに切磋琢磨し合いより高みへ行けたらと思っています。よろしくお願いします」



 そう言ったフレアさんの瞳は微かに相手メンバーのクラリッサさんに向いていた。剣舞祭の決勝戦で戦った相手だからこそライバル意識でも向けているのかもしれない。

 


「私はソフィア、誰も殺させない騎士道を目指してこの合宿でも成長出来たらと思ってる。よろしく」



 淡白でそれでいて堂々としているソフィアさんの宣言に俺を含めた皆が思うところがあった。ペインのことも復讐のことも言わずに己の決めた騎士道を貫く意志を見せた今のソフィアさんはきっと俺が戦った時よりも強くなっているだろう。



「わ、私はリリム・フロートって言います。こ、この合宿では自分の霊装をより一層使いこなせるようにするつもりなので、その、よ、よろしくお願いします」



 深々と頭を下げるリリムさんは言葉の端々から緊張が読み取れるものの少しは自信が付いてきている気がする。何より、あの厄介な霊装が現時点でどれだけ使いこなせるようになっているのか気になる。



「それじゃ、次はこっちの番やね。知っとると思うけど、うちは聖騎士兼セイクリット騎士学園理事長を務め取るレイラ言うものです。この合宿では皆のレベルを上げるつもりなんでそこの所よろしゅうなぁ〜」



 聖騎士レイラ、剣舞祭の時はあまり知らなくて後から調べてみて彼女も十分化け物だと分かった。突然のような霊人に至っているレイラさんからはきっと学べることも多いだろう。



「次は私ですね。私はレイド師匠の弟子をしているタロット・シリウスです。夢は我がシリウス家の悲願である剣聖へと至ることで、今回の合同合宿ではその一歩になるように皆様と剣を交え仲を深めて行けたらと思っています。よろしくお願いします」



 そういえば、あまり意識しなくなってたけどタロットは伯爵家の貴族でありこういう時の礼節などは俺よりも出来てるのかもしれない。剣を握っていない時はお嬢様を演じれそうなものだが試合になれば豹変するし気にしないでおこう。



「僕はクロウ・ローレンス。薔薇のように美しく強い棘を持つ騎士さ。君たちとの合同合宿は僕を更なる高みへと誘ってくれると確信しているよ。強く美しい騎士になる為にこの合宿を有意義なものに出来ることを願っている」



 マサムネと戦っていた時も思ったけど独特な人だな。王子様キャラというかナルシストというか実力はそれなりだがそれとは別に芯の強さのようなものを感じる。まぁ、悪い人ではないだろう。



「私はクラリッサと申します。この度の合同合宿ではより理想の自分に近づけるように精進していこうと思っていますのでよろしくお願いします」



 剣舞祭でフレアさんと戦ったクラリッサさんは非常に簡潔に自己紹介を終えた。何というか真面目を絵に描いたような人で苦労人気質が読み取れてしまう。



「次は私たちですね。私はルクスの姉のカルトです。クルセイド騎士学園の皆さん、ルクス共々よろしくお願いします」


「僕はカルトの弟のルクスです。クルセイド騎士学園の皆さん、カルト共々よろしくお願いします」


「カルトとルクスは双子で連携が売りなんですよ。機会があれば是非二対一で戦ってみてください」



 タロットの言葉で締められたカルトさんとルクスくんの自己紹介は双子というだけあってかなり似ていた。けど、それよりも双子の連携というのがどれほどのものなのか気になる。



「さて、自己紹介も終わったことだし皆を各部屋へと案内しよう。荷物を置いたら早速身体能力を測定したいので各自体操服に着替えて体育館に来るように」



 そうして俺たちの合同合宿が始まったのだった。

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