合同合宿

第87話 合同合宿のメンバー

 ペイン殺しの件でサテラ先生やフレアさんを始めとして色々な人から説教を受けてから少し俺は特に反省することもなく朝練をしていた。



「はっ!」



 腰を低く落とし爪先から指の足まで全ての体の部位を意識しながら正拳突きを放つ。緊張感やプレッシャーなんてなくても最高の一撃が放てた。それでも、何か物足りないと感じてしまう。



「この感覚は焦りか」



 空を切った正拳突きが俺に懐かしい感覚を思い出させてくれる。この感情の正体は焦りだ。母さんを失った直後に強くなろうと無茶をしたあの日々では毎日のように感じていたストレス。それが今になってこの身を襲う。



「強くなりたい」



 フレアさんやソフィアさんに聞かれれば文句を言われるかもしれないがそれでも俺は強くなりたいという焦りを抑えることが出来ない。



 俺は自分よりも格上の人間を沢山知っている。聖騎士であるロゼリアさんにレイラさん、六魔剣のギルガイズにその筆頭候補の千変の魔女ザリア。グランドクロスのリーダーであるノワールは当然として他にも俺より強い奴なんてゴロゴロいる。



 もしそんな奴らが俺の大切を脅かして来たとして今の俺にどれだけのことができるだろうか?時間稼ぎや小細工は出来るかもしれない。けど、現時点で単独で勝つ事はまず出来ないだろう。



「ままならないな。本当に」



 自分から危ないことに首を突っ込むつもりはない。それでも今回のソフィアさんの件で一つ確信出来たことがある。もし今後生徒会のメンバーや友達に危機が迫った時俺は絶対に自らの意思で動いてしまう。



 そうなった時、相手が格上だった場合俺は何も救う事はできない。今回の事件の犯人がペインではなくギルガイズだったのなら俺は同じ行動を取り死んでいただろう。



「やっぱり、霊装開放しかないか」



 正直な所、俺は自身の霊装を使いこなしている自覚がある。100%とは言わないが基礎も応用もしっかりと出来ているはずだ。その上で今の自分の強さに限界を感じている。



 恐らく、今の俺は工夫や視点の変化でどうこうなる段階ではない。今必要なのは次のステージに上がるための更なる力、つまり霊人になるしかない。



「なんだ、案外青春してるじゃないか」



 ふと、自分の現状を俯瞰して笑ってしまう。マサムネが霊人になって友達が危機に陥って早く強くならないとと焦る。それだけ見れば俺は今十分に青春を謳歌している。



「もしかしたら、こんな悩みも大人からしたら可愛い物なのかな」



 よく大人から見たら子供の抱いている悩みがあまりにも小さくて可愛く感じることがある。もし、俺の今抱いている悩みがその部類に入るのならどれだけ良いだろうか。



「はぁ〜、ダメだな。あまり朝練に集中できない」



 昔なら考えることすらなかった思考の変化。もう、レイさえ無事ならあとはどうでも良いと考えることはできない。この学園で俺は人と関わり過ぎてしまった。失う恐怖を思い出してしまう程には大切と呼べるものが増えてしまった。



 だからこそ、あんな想いだけはもう二度としたくない。もう、大切な人を失ってから力に目覚めるなどという茶番はこりごりだ。どうせ力を得るのなら失う前に得る必要がある。



 だから、



「今は一度でも多く剣を振ろう」



 集中力を高めて朝練を再開する。それでも出来ることの繰り返しで現状維持以外の成果を得ることは出来なかった。




◇◆◇◆




 朝練を終えシャワーを浴びてから登校した俺はいつも通り席に着き先生が来るのを待っていた。だが、教室に入ってきたバンス先生ではない人物に教室に居た全生徒がざわつき出す。



「おはよう諸君、今日は私から君たちに話したいことがあったのでこうして時間を取らせてもらった。さぁ、席へ着きたまえ」



 教室に入って来たのは何を隠そうこの学園の理事長であり、最強との呼び声も高いロゼリアさんその人だった。突然の有名人の登場にも関わらず皆がすぐに席についたことでロゼリアさんのカリスマ性が良く分かる。



「さて、授業時間を潰す訳にも行かないので早速説明させてもらう。実は前々からある生徒にセイクリット騎士学園との合同合宿が出来ないかと相談を受けていて今回それが実現する運びとなった。今回はその前段階として私が選出した五名の生徒にお試しとして合同合宿に参加してもらいたい」



 いきなりのことにクラスの大半が驚いている中相談をしていた張本人である俺は静かに机の下で拳を握る。以前にも合同合宿の話が進んでいるという報告は受けたがこんなに早いとは思わなかった。恐らく、タロットもレイラさんにお願いしてくれたのだろう。



「すみませんロゼリア先生、少し宜しいでしょうか?」


「何かな、フレア?」


「ロゼリア先生は今回の合同合宿を前段階と言いましたが本来はどれくらいの規模のものを考えているのですか?」



 確かにその辺は俺も気になる。俺がセイクリット騎士学園との合同合宿を提案したのはタロットの為でありそれ以外の目的はない。なので規模感や合宿の目的などには一切触れてない。



「そうだな、今のところ考えているのは上位一クラス分での合同合宿だ。学年全体を面倒見れる場所もあまり無いからな。時期的には剣舞祭の後少し経ってからを想定しているが、まぁそれも来年からになる。他に質問のある者はいるか?」



 誰も手を挙げなかったことでロゼリアさんは話を続ける。



「居ないようならこのまま続けさせてもらう。今回の合宿の目的は先ほど話した通り実際に行う合同合宿の前段階でありお試しの意味合いが非常に強い。そのため参加人数を五名と絞った訳だが今からその五名を発表する。参加するしないは本人の自由で強制するつもりはない。だが、今後の糧になることだけは保証しよう」



 自信満々に言い切るロゼリアさんに俺は納得する。タロットを含て三大騎士学園と呼ばれているだけあってセイクリット騎士学園の生徒はレベルが高い。それにもし引率でレイラさんが付いてくるのなら是非一度試合してみたい。



「では、今から呼ぶ生徒は立ってくれ。レイド、マサムネ、フレア、ソフィア、リリム」



 半ば予想していたのか名前を呼ばれた皆ははいと返事をしてから素早く起立する。



「確認だがこの五名の中に合同合宿を辞退する者、或いはこの五名よりも自分の方が相応しいと考える者は居るか?」



 ロゼリアさんの確認に誰も異論を唱えない。当然と言えば当然だが、この5人が呼ばれた時点でセイクリット騎士学園からも霊装使いが出てくることは容易に推測出来る。強くなりたいと思うものは多くても実力と才能の差を認めれない者はこのクラスにはいない。



「それでは了承を得たということで今呼んだ五名は放課後理事長室まで来てくれ。それと、今回の合同合宿のように生徒の利となる行事が増えることは学園側としても私個人としてもありがたい。何か意見や提案がある者はその是非を問わず私の所に来ると良い。忙しくなければ話くらいは聞こう」



 そう言って話を締めてからロゼリアさんは教室を後にした。残ったクラスメイトたちは話は終わってないと言わんばかりに合同合宿の話題について話し始める。



「レイド、なんだか嬉しそうだね」


「そうかな?まぁ、霊装使いと戦えるのは良い経験になるしタロットにも会えるからね」


「そう、負けないから」



 密かに瞳に闘志を灯すソフィアさんに何に負けないかを聞くのは野暮だろう。それよりも今すべきなのはまた得られたチャンスを最大限に活かすこと。合同合宿を理由にしてマサムネと戦えば少しは得られるものがあるかもしれない。



「本当に楽しみだ」



 グランドクロスによる襲撃がないかは気掛かりだが襲われればまた返り討ちにすれば良いだけだ。




◇◆◇◆




「ねぇ、今回の合同合宿を提案したのってレイド?」


「それは私も気になっていました。可能性的にはレイドさんが一番ありますよね」


「そうなんだ」


「た、確かに決勝戦でタロットさんと仲良さそうでしたもんね」



 一日の授業が終わった放課後、ロゼリアさんから指名を受けた俺たち5人は雑談を交えながら理事長室へと向かっていた。



「確かにあの提案をしたのは俺だけどこんなに話が早く通うとは思わなかったよ」


「やっぱり嬉しそう」


「リリムさんは知らないかもしれないけどレイドはタロットさんを弟子に取ってるからね。嬉しいのは当然だよ」


「えっ??そ、そうだったんですか?」


「お二人は知らなかったのですね。レイドさんとタロットさんは決勝戦の後すぐに控え室で師弟関係になったのですよ」



 そういえば、ソフィアさんとリリムさんにはタロットの件を言ってなかった。まぁ、言ったところで特に変わることはないので別に構わない。



 だから、リリムさんが一層やる気になっているのも気のせいだろう。



「と、もう着いたみたいだから私語は慎もうか」


「そうですね、では入りましょう」



 何気に理事長室に何度か来ている俺は特に気後れすることなく扉を開けて部屋の中に入る。



「失礼します。合同合宿の件で来ました」


「「「「失礼します」」」」



 部屋に入るとそこには机に向かって書類の処理をしているロゼリアさんの姿があった。当たり前だけどこの人もちゃんと仕事してるんだな。



「よく来てくれた。放課後なのにわざわざ呼び出して済まないな」


「いえ、問題ありません。それで話とはなんでしょうか?」



 五人を代表してフレアさんが聞くとロゼリアさんは早速俺たちを呼び出した要件を話し始めた。



「なに、そんな大した要件ではない。ただ、将来有望な君たちに一つ激を飛ばそうと思ってね」


「激ですか?」


「そうだ。まだ若い身で既に霊装を使える君たちは将来きっと良い騎士になれるだろう」



 六歳の頃に熊に見下ろされたのが気に食わなかったという理由で霊装を目覚めさせた人間に言われてもいまいち説得力に欠けるがそれは言わないでおく。



「たが、一部の者を除いて君たちは実戦経験が圧倒的に不足している。どれだけ強い霊装を持っていても、どれだけ日々の鍛錬に力を入れていようと、死ぬときは簡単に死ぬ。そうならない為に今君たちに最も必要なのが実戦経験だ。そこの二人を見ていれば嫌でも理解出来るだろう」



 明らかに俺とマサムネが名指しされているがロゼリアさんの言っていることは正しい。何せ俺とマサムネがこの三人よりも一つ二つ飛び抜けている理由の幾つかは実戦経験で得たものなのだから。



「今回セイクリット騎士学園から出て来る一年の五名は皆霊装使いだそうだ。成長する為の舞台は準備してやるから存分に自らの糧にすると良い」



「「「はい!」」」



 三人の返事に満足そうに頷いたロゼリアさんは次に俺とマサムネに視線を向けた。



「今回の合同合宿には授業の進行上の都合でクルセイド騎士学園からは私が、セイクリット騎士学園からはレイラが引率として同行することになっている。たっぷり揉んでやるから楽しみにしておけ」



「「はい!」」



 ロゼリアさんの言葉に俺もマサムネも口角を上げる。本当に充実した合同合宿になりそうだ。

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